『採掘場の猛る豚』後編
それから一ヶ月後。
ブルーノは働きもせず庭でごろごろし、近くの森の野草や木の実を食い漁り丸々と立派に太っていた。
反対に、採掘の仕事を強制されるペトラ達は毎日疲弊しきっていた。
そんな二人はある朝、ブルーノを豚小屋に連れて行くことにした。
「こいつ人間にならなかったわね。やっぱりただの豚よ!」
「そうね。こっちは苦労してるっていうのに、毎日ダラダラダラダラしやがってムカつくのよ! 何の役にも立たないただの豚っ。そう言ったら、ブルーノと一緒ね」
「そうね。お義父様は家にいた時も何の意味も無かったものね。本当に、爵位だけ持ってるだけで、豚みたいな人だったわ」
このまま行ったら食べられてしまう。
ヤバい。ブルーノは焦った。
食べられたくない。食べられたくない。
その一心で思いっきり縄を強く引き、ペトラからロープを奪い返した。
ペトラの悲鳴を背中で浴びて、後ろも振り返らずに走った。
とにかく走って走って、逃げた先は採掘場だった。
ここなら、一攫千金だって夢じゃないと思っていた。
なのに、この様だ。
ペトラもナディアも、ブルーノを馬鹿にし、見下していた。
しかし、自分は役立たずなんかじゃない。
一ヶ月ゴロゴロしてたけど、そのお陰で豚の体にはもう慣れた。
ブルーノは悔しさを糧に、落ちていたツルハシをくわえて壁を掘り始めた。
「ぶ、豚が採掘してるぞ!?」
「あ、あれはブルーノだ!」
鉱夫達のざわめきを背中で浴びながら、ブルーノはツルハシを投げ捨て、更に激しく壁を掘った。
「な、何よ。あの豚……。本当にお義父様なのかしら?」
「ブルーノはあんな猛々しい人ではないわ。──でも、あの豚、使えそうね」
その日から、ブルーノはペトラとナディアと採掘場で働いている。
「ほら、さっさと掘らないと食べちゃうわよ!」
「そうよ。昨日の原石は、ただの石っころだったのよ。今日こそ掘り当てなさい!」
ブルーノは二人の怒声を浴びながら、壁を掘り続けた。
採掘場に響く荒い鼻息。ブルーノは一心不乱に鼻と前足で壁を掘り進めている。
ここへ来て二ヶ月。
自分に出来ることは壁を掘ることだけだ。
この壁を掘り進めないと、ブルーノは食べられてしまうのだから。
「こらっ。お前達も掘れ!」
「きゃんっ」
ブルーノが命がけで壁を掘る後ろで、監督官の鉱夫に、ペトラとナディアはげんこつを食らわされていた。
◇◇
「お、お父様、何だか逞しくなっているわ」
シャルは荒ぶる豚を見て感動していた。
「採掘場の猛る豚。って呼ばれてるらしいぜ。でもさ、掘っても掘ってもただの石しか出てこないらしいんだけど、何か楽しそうだな~」
「良い物なんて見つけられる筈ないわ。あの豚は呪われているのよ? 悪いものしか寄ってこないわよ。でも……そろそろ効力は弱まってきているわね。長くても一週間もすれば人間に戻ると思うわ」
「そうなのね。良かったわ」
ホッと安心するシャルを、アネットは不思議そうに眺めていた。
あんな父親なのに、どうして心配するのだろう。
なんで、いい気味だなって、笑わないんだろう。
ボーッとシャルを見つめるアネットの耳に、ハルはフッと息を吹きかけた。
「きゃあっ。何するのよっ?」
「いや。なんかボーッとしてたからさ。どうかした? シャルが喜んでくれなくて不満?」
「そ、そんな事は……あるかも知れないわ」
「やっぱな~。アネットは誰かを呪って、何か残った?」
「えっ? 何か残ったか……?」
依頼人の女の子のほくそ笑む顔。
呪われた男達の苦しむ姿。
そしてアネットに向けられる怯えた瞳。
それから……。
「アネット。暗い顔してるぞ?……人を呪っても、自分は幸せにはなれないんだよ。誰かを呪うより、誰かを愛する道を探してみたら?──例えば俺とか!?」
「……はぁ!? 嫌よ。あんたなんかっ。もう帰る!」
アネットは席を立ち、家へと帰ってしまった。
「へへへ。アネットは可愛いな~。ちょっと意識させ過ぎちまったかな……」
ヘラヘラと鼻の下を伸ばすハルに、ルシアンは首を捻る。
「アネットお姉ちゃん、怒っちゃったの?」
「そんな事ないと思うわ」
「ああ。ただの照れ隠しだろ」
「おっ!? やっぱり~。脈ありだぜ~。やっほ~い!」
セオは喜ぶハルを鬱陶しそうに睨む。
「俺は認めない」
「おお? 俺は認めない~!? じゃあ、アネットには認められちゃったかな~。義理の弟が二人増える日も近いな! はっはっはっ」
「二人って……僕とセオ兄さん?」
ルシアンが尋ねるとハルは満面の笑みを浮かべた。
「もちろんだぜ! アリス姫が亡くなってもう二ヶ月過ぎたし、そろそろ二人も式を挙げるんだろ~?」
「えっと……。なんとなくタイミングが分からなくて」
「アリス姫とは関係ない。俺もシャルも式に呼びたい親類もいないしな」
「そうなのよね。そう言えば、アリス姫はどうしているかしら?」
「はぁ? アリス姫は死んだって……。おいおい。なんだよその気まずそうな顔は。……さてはアリス姫、生きてるんだな?」
察しのいいハルは、アリス姫の秘密について気付いてしまった……。
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