『豚伯爵の噂』後編

 ハルは集まってきた群衆に語った。


 アシルは結婚式の日に、婚約者に逃げられた可哀想な男だということを。

 しかし、もちろん話はそれで終わらない。


 アシルは婚約者がいなくなってすぐ、別の女性と結婚しようしたこと。

 だがその時、消えた婚約者がヒキガエルとなって現れ、アシルはヒキガエルとキスをし婚約者を取り戻したことを。


 聞いていた者は、皆思った。

 じゃあ、何で豚にされてしまったのかと。


 その時、貴族風の青年が青い顔で言った。


「き、北の魔女の仕業だ! あいつはそういう貴族を陥れる恐ろしい魔女なんだ!」

「二股かけただけで、豚にされたのか!!」

「しかし、令嬢がヒキガエルにされたのは、どういうことだ!?」

「北の魔女は、女性も呪うんだ!?」


 見物していた女性達からも悲鳴が上がる。

 男性陣は、震える子豚を見て顔を青くさせた。


 群衆は北の魔女を酷く恐れ、関わりたくないと去っていった。

 その噂は、王都を中心に貴族の間ですぐに広まった。


「広まっていった。じゃなくて、ハルさんが言いふらしたんでしょ?」

「ルシアン。それは言うなよ~」


「酷いわ! そのせいで最近依頼が来ないのね!? 私、女の子には意地悪しないのに……」


 アネットは最近退屈していた。

 呪いの依頼がパタっと来なくなったのだ。


「良かったじゃないか。呪いの依頼なんか来ない方がいいだろ?」

「せ、セオはその方が嬉しいの?」

「は? 別に……」


 素っ気なく顔を背けたセオに、シャルは隣で微笑んでいた。


「セオ。アネットさんのこと心配してるのよね?」

「シャル……。言わなくていいからっ」

「うっわ~。俺の前でいちゃつくなよ。ムカつくな~」

「ハルは、アネットさんが好きなんでしょ? だからランチに呼んだのに」

「シャル。分かってるじゃん。──こほん。アネット。呪いの依頼なんて受けなくても、俺が養いますよ」


 ハルはアネットの手を握りしめ、キメ顔で見つめた。


 アネットの心には全く響いていない。

 しかし、セオには感じることがあったようだ。


「ハル! そうやって直ぐに手を握るなよ!?」

「おやおや? セオドリック君はお姉さんが取られそうで怒っているのだね? はっはっはぁ~」


 セオはハルに怒っていた。


 アネットの為に怒っている?

 そう思うとアネットは気分が良かった。


 ハルの横顔を見て、こいつちょっと使えるかも。

 と、自分の中でハルへの見方が変わった。


 ハルは顔も平凡だ。

 今まで好きになったタイプとは全く違う。

 しかし、アネットを養うなんて口にする男は初めてだった。


「お? そんなに見つめられたら、手を握る次の段階に進んでいいって思っちゃうけど、良いかな?」

「えっ? ち、違うわよっ。──そ、そうだわ。用事があったの。帰るわ!」


 慌てて手を振りほどき、アネットは立ち上がると、呪文を唱えて消えてしまった。


「あ、アネットさん!?」

「アネット……。セオと違って素直で可愛いな! セオ、今日から俺の事をハル義兄さんと呼べ!」

「呼ぶわけないだろ。調子に乗るなよ」

「僕は嬉しいな。家族が増えるの」

「そうよね。ルシアン、みんな仲良しがいいわよね!」

「うん!」


「だよな~。あ、そうそう、それでソルボン家はな。──」



 それから、ソルボン家の豚伯爵と呼ばれるようになり、どんな貴族からも冷遇されるようになったそうだ。


 ソルボン家はその汚名を誤魔化す為に、養豚場を作り、別の意味での豚伯爵と呼ばれるよう工作しようとしているらしいが、ハルは常に裏でいいように情報操作をしているとか……していないとか……。



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