第72話 四匹の子豚
いざ子豚がシャルに近づくと、先程まで怯えていたルシアンは、身を呈してシャルの前に立ちはだかった。シャルを守りたい一心で。
「ルシアンっ」
シャルがそんなルシアンを庇おうとした時、シャルの頬を赤い髪が掠めていった。
「この豚野郎がぁ!?」
女性の怒声が響いたと思ったら、アネットが突っ込んできた子豚を蹴り飛ばす姿が視界に飛び込んできた。
アネットは地面に落ちた子豚をヒールでグリグリと踏みつけていた。
「あ、アネットさん……」
「シャルお姉様。怪我はない?」
「大丈夫よ。ありがとうルシアン」
シャルとルシアンがホッと抱き合っていると、ヴィリアムが庭の真ん中で何かを拾い上げていた。
「シャル。……これは?」
「えっ?」
ヴィリアムが拾ったのはハルの服だった。
それを見るとセオは服を手に取り、子豚と交互に見やり、そして、我慢できずに笑い転げた。
「……まさかあの子豚!?」
シャルはアネットに踏まれる子豚を庇うように手を伸ばした。
子豚は何故か、アネットに踏まれて至福の表情を浮かべているように見えたのだが、それは見なかったことにした。
「ハルっ!?」
「あ、シャルロットちゃ──」
シャルが子豚に触れると、子豚の身体から黒い靄のような物が抜け、身体から白い光が発せられた。
目を開けると、そこには白いローブに包まれたハルがうずくまっていた。
ハルは地面に伏せたまま叫んだ。
「ひ、酷いよ。アネット……。俺、こんな格好見られたら、お嫁にいけない。責任取ってくれーー!」
そんなハルの肩にヴィリアムは手を乗せ励ました。
「安心しろ。見られてないぞ」
「えっ? って誰だよ。ローブなんかかけやがった奴は……」
しかし、ハルはローブの色に気付くと口を噤んだ。
そして次なる作戦に出る。
ハルは目の前のアネットを泣きながら見上げた。
「アネット。俺に呪いをかけるなんて酷いよ。責任とって結婚して!」
「私はあんたみたいな尻の軽い男が大っ嫌いなのよ。シャルロットちゃんの自称婚約者とか言ってたじゃない。気持ち悪いのよ!!」
再びハルを踏みつけようとするアネットをシャルは止めた。
「アネットさん。ハルは違うんです。私を助けてくれようとして自称婚約者になってくれただけなんです」
「えっ? そ、そうなの?」
シャルに止められ、アネットは振り上げていたヒールを地面に下ろした。ハルはそれを寂しそうに見つめ、アネットの視線を感じると、ゆっくりと頭を起こして言った。
「そうです。僕はシャルを助けようとした友人の一人であり、そしてアネットに一目惚れした哀れな子豚なのです。僕と、結婚を前提にお付き合いしてください!」
そう言い切り、ハルは勢い良く立ち上がると、アネットの手を握りしめた。
その拍子にローブはハラリと地面に舞い落ちる。
「きゃぁっ。変態、手を離しなさいよ!?」
「嫌です。離しません。変態でいいです。むしろ俺は変態で──ふがぁっ」
アネットから手を離そうとしないハルに、セオの右ストレートがヒットした。
ハルはそのまま気絶して地面に倒れ込んでしまった。
◇◇
その後アネットに確認したところ、彼女はハルと、シャルの父、そしてソルボン伯爵とアシルに子豚の呪いをかけたそうだ。
アネットはセオがハルから自分を守ってくれたことが嬉しかったようで、ご機嫌で家に帰っていった。
そして、ハルは少し部屋で休んでから仕事へ戻り、ヴィリアムはアリスの婚約破棄によって揺らいだ隣国との友好関係を回復するために忙しくなると言って帰っていった。
屋敷に残ったのはシャルとセオ、そしてルシアンだ。ついでににゃん子サマ。
三人と一匹は、これからについて話し合うことにした。
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