第71話 魔女の呪い

「げ、北の魔女」


 セオが嫌そうな声を上げた横で、ハルはアネットを見て呆然としている。そしてゆっくりとアネットに近づくと、アネットの手を握り、瞳を潤ませながら見つめた。


「ぱ、パメラさん!?」

「えっ? 私はパメラさんの孫よ!? 気持ち悪いわね。手を離しなさいよっ!?」

「ま、孫?」

「パメラさんは俺の祖母なんだ。パメラさんも魔法使いだ……って言えば、大体の事は想像できるよな?」

「…………うん。俺は過去は引きずらない! これはきっとパメラさんのお導きだ。そう、運命なんだ!?──お嬢さん、お名前は?」

「キモい。どいて」


 アネットはわん子サマに命令してハルを弾き飛ばした。

 

「えーー……」


 撃沈したハルは地面に踞ってシクシクと肩を震わせている。


「シャルロットちゃん。お待たせ~。準備ができたのよ」

「準備って……。私はそんなことお願いしてないですよ」


 シャルの視線の先には、呪いの壺らしき物が置かれている。


「だって。あの男達、みんな反省してないじゃない。安心して、代金はお友達価格でいいから。あ、お料理が得意なんでしょ。それでもいいわよ!」

「シャル、こんな奴といつ友達になったんだ!?」

「アネットさんはいい人よ……多分」

「あれのどこが?」


 セオの指差す先には、卑しい笑みを浮かべなから壺の中身を混ぜているアネットの姿がある。


「あのお姉さん。怖いよ……」

「アリスもあんな風に、人を呪ったのだろうか……」


 ルシアンとヴィリアムも引き気味だ。


「嫌ね~。死の呪いと、私の呪いを一緒にしないでよ。こっちはもっと可愛い呪いなのよ。──さて、仕上げよ~」


 アネットは仕上げにパラパラと四本の髪の毛を入れ、呪文を唱えた。


「さぁ。クズ男共……みんな揃って豚になりなさい!」

「……豚かよ」


 セオがうんざりした顔で呟いた。

 アネットが呪いをかけるのが嫌なのか、それとも、豚なのが嫌なのだろうか。


「猫じゃないのね。セオは猫になったのでしょう?」

「な、何で知ってるんだよっ!? アネット! シャルに話しただろ!?」

「へっ? 私の名前……呼んでくれたの?」

「よ、呼んでない」


 ムキになって言い返すセオにヴィリアムは諭すように言う。


「セオドリック。家族とは、話し合えるうちに話し合った方がいいぞ。道を踏み外す前にな」

「あいつはもう道を踏み外してるんだよ! それなのに……」

「ごめんね。セオ。私が悪かったわ!」


 壺の中から、禍々しいオーラが四方へと飛び立つ中、アネットはセオに謝罪した。

 予想外の言葉に、セオは驚き、肩から力が抜けていくのを感じた。


「えっ?」

「私……その……」


 チビわん子サマを抱き抱え、アネットはもじもじと体をくねらせた。セオの視線を感じ、何を話したらよいのか分からなくなってしまったのだ。


「アネットさん。頑張って!」

「シャルロットちゃん……」


 アネットはシャルの言葉に背中を押され、セオに向き直った。

 セオは真っ直ぐにアネットを見ていた。


「セオ、私、反省してるのよ。家のお金使い込んじゃったり、セオを猫にしちゃったことも……。謝りもせずに家を飛び出したことも……それから、セオなんか嫌いって言ったことも。本当はね、セオのこと……大好きなんだから!」

「……んなこと……知ってるよ」

「ぅぅ。……セオ~」


 アネットが小さなセオを抱きしめた時、シャルのスカートをルシアンが引っ張った。


「シャ、シャルお姉様!?」

「どうしたの……。ルシアン? ええっ!?」


 姉弟の和解シーンを感慨深く眺めていたシャルだが、ルシアンの切迫した声に振り向き、視界に捉えた肌色の物体に目を疑った。


 庭の真ん中に、子豚が一匹フラフラと歩いていたのだ。


「ルシアン。豚なんて飼っていたかしら?」

「ううん。飼ってないよ。──うわぁ。こっち来るよ!?」


 子豚はシャル達に気がつくと、全速力で突進してきた。

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