第70話 さよなら家族

 さっきまで騒がしかった路上から、馬車もシャルの家族も消えていた。

 路上に残っているのは魔方陣の跡と、小さなセオだけだ。


「セオ。馬車はどこへ行ったの?」

「今は多分、国外の平野を走っているよ。二~三日走り続けたら採掘場がある山に着くよ」

「あそこは空気も綺麗でいいところだぜ。山しかないけどな。それに採掘量で給金が変動するからな~。あんな怠け者共じゃ、一生かけても借金は返せないかもな~。──ほら、お前はシャルのところに行けよ。いつかなんて言ってないで、ずっと近くで守ってやらないとな」


 ハルはルシアンの背中を押した。

 ルシアンは戸惑いながら、シャルを見つめた。


「ルシアン。シャルの隣に赤髪の子どもがいるだろ? あいつは昼間は子どものふりをしているけどな。夜になるとシャルを困らせる狼さんになるんだぞ~」

「ええっ!? あの魔法使いのお兄さんが!?」

「ハル。変なこと吹き込むなよ!?」

「嘘なの?」

「嘘じゃない。半分ぐらいは本当だ!」

「じゃあ、僕を雇ってくれる話は? 僕だってシャルお姉様の力になりたいんだ!」

「よぉし。だったら、うちの店で働いてもらうからな」

「うん! シャルお姉様」

「ルシアン」


 二人はやっと抱き合い喜び合った。

 ヴィリアムはそんな二人に笑顔で声をかける。


「お前達は、血が繋がっていなくても仲が良いのだな。──シャル。これで借りは返せただろうか?」

「は、はい。ありがとうございました」

「シャルお姉様は、王子様と結婚するの?」

「し、しないわよ。ヴィリアム王子様は、私がアシル様と結婚したくないことを知っていたから、そう言ってくださっただけなのよ」

「そっか。王子様って優しいんだね!」

「優しいことなどない。シャルには借りがあっただけだ。しかし、私は嘘が嫌いなのだ。先程言ったことは事実になって良いと思っている」

「えっ……それって……」


 シャルはヴィリアムと見つめ合ったまま頬が赤く染まっていった。子ども版セオが慌ててヴィリアムとシャルの間に割って入る。


「ヴィル! シャルは駄目だ!」

「セオドリックとの契約はもう解除されたのだろう。なぜ口を挟む」

「シャルは──俺と家族になるんだ!」


 小さな体で、真っ赤な顔をしてセオは言った。

 シャルも同じ顔をしている。


 ヴィリアムは恥ずかしそうに俯くシャルの顔を覗き込んだ。


「そうなのか? シャル?」

「は、はい」

「私が隣にいても、シャルは笑顔になれないか?」

「そ、そんなことはないです。でも、ヴィリアム王子様は完璧に格好良すぎて直視できないんです! ごめんなさいっ」

「ふっ。はははっ。そんな断り方はないだろ……全く。アリスの本当の笑顔を見ることも叶わなければ……シャルの笑顔も私では力不足か」

「アリス姫は……」

「アリスなら国を出たよ。騎士クレスと一緒にな。セオドリックの誓約を打ち消そうと必死だったよ?」


 アリスはやはり、誓約を消し去り呪いの力を取り戻そうとしていたようだ。


「あれは、シャルの力だ。俺じゃない」

「そうか……。王妃はアリスに監視をつけると言っていた。アリスを守るために。そして、二度と道を間違えないようにするためにな。近々、アリスは病死したと発表される。隣国との婚約はなしになったよ」

「王子様、寂しいの?」

「ん? まぁ、そうだな。ルシアンといったな。君はシャルに似ているな。お姉さんを、ちゃんと守るんだぞ」


 ヴィリアムはルシアンの頭を撫で、セオを横目で見た。


「だから、俺を見るなってば!」

『そりゃ~。見るでしょ~! 首から上が毛先まで全部真っ赤ですもの!』

「あ、アネットさん!?」


 アネットは庭の真ん中で、禍々しい黒いオーラを放つ大きな壺の前に立ち、微笑みながらシャルに向かって手を振っていた。



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