第69話 ルシアンの決意

「る、ルシアンっ。母親に何てことをするんだ!」


 シャルの父親は、ルシアンを怒鳴り付け、義母を支え背中を擦る。


 シャルは泣きながら震えるルシアンを抱きしめようとしたが、ルシアンに拒否された。

 いつもなら自分から飛び付いてくるのに、ルシアンはそうしなかった。


 ルシアンは義母に向かってありったけの声で叫ぶ。


「シャルお姉様を苛めないで! いつもいつも意地悪ばっかり。僕はお母様なんて大っ嫌いだ!」


 家族の誰もが、ルシアンの怒る姿を初めて見た。


 父や義母、それにナディアも驚いて固まっている。

 シャルは今度そこルシアンを抱きしめようとした。


「ルシアン……」

「シャルお姉様……」


 ルシアンはシャルの手を小さな手で包むとシャルを見上げて言った。


「僕はお母様と一緒に行くよ。僕の心配はしないで。シャルお姉様と一緒にいたいけど、僕のお母様はこの人なんだ。でも……でもね──いつか絶対、シャルお姉様を守れるような強い大人になって、シャルお姉様のところに戻ってくるからね!」

「ルシア──」

「うぉぉぉぉ!? 俺は感動したぞ! ルシアン!」


 シャルがルシアンを抱きしめようとした時、横から割り込んできたハルにルシアンが取られてしまった。


「うわぁっ。やめてよ!」

「よし! 君は超特別待遇で雇ってやるよ! 家も用意してやる。いいよな!?」

「え……。ルシアンを雇うですって?」


 義母はルシアンが金になると思ったのだろう。

 口元が緩んでいる。


 ハルは義母の顔を見ると更に饒舌になった。

 ヴィリアムに聞こえないようにシャルの両親を部屋の隅に誘い、商談を始める。


「いい話だと思うぜ。ヴィリアム王子様に睨まれたら逃げ場はないからな。俺はルシアンの男気に感動したんだ! そうだな……家は国外の緑の豊かな場所にしてやるよ。あっちの国はたくさん宝石が取れるから、裕福な奴が多いぜ? そうだ。給金も歩合で多くもらえるようにしてやるよ」


 ハルの言葉に、三人の瞳が輝いた。

 ナディアは玉の輿を夢見ているのだ。


「そ、そうだな。ハル殿の話に乗ろう」

「そうしましょう。こんな国出ていって、宝石に囲まれた生活をしてやるわ!」

「よし。決まりだな! セオ、借用書と契約書よろしく!」

「はいはい……」


 セオが魔法的拘束力を持った契約書と借用書を作成した。

 父、義母、そしてナディアがその契約書にサインした。ハルはサインを確認すると自分もサインし、一枚をシャルの父に、もしてもう一枚を自分の懐に仕舞いこんだ。


「よし! 外に馬車を用意してある。荷物は後で送ってやるからさっさと消えろ!」

「おいおい。そんな言い方しなくてもいいだろう?」

「そうよ。借金なんてさっさと精算して見返してやるわ!」


 ハルに何を吹き込まれたのか。

 父や義母、そしてナディアも意気揚々と支度を始め、ハルにエスコートされ、そそくさと用意された馬車へと乗り込んだ。

 馬車の前ではセオが地面に魔方陣を描いている。


 ハルは馬車の扉を閉める時に笑顔で言った。


「皆さんの活躍を期待していますよ! 働けば働いた分だけ稼げて、早く借金が返せますからね。金貨四千枚、全部返しきるまで逃げられないからな~。では、ごきげんよう!」


 矢継ぎ早に言い切ると、ルシアンを馬車から引きずり下ろして扉を乱雑に閉めた。


「金貨四千だと!? 増えているじゃないか!」

「当たり前だろ。金利がゼロな訳ないだろ。それから、ルシアンはまだガキだから別の仕事をしてもらう。採掘場での力仕事は子どもには無理だからな!」

「さ、採掘場だと!? 聞いてないぞ。下ろしてくれっ」

「契約書の裏にちゃんと書いてあるぜ。後で読めよ~」

「何ですって!?」


 義母とナディアが契約書の裏を確認するのと、セオが魔方陣を完成させるのは同時だった。


 セオは馬車の中で慌てふためく三人へ向かって言い放つ。


「二度とこの国に戻ってくるなよ。それから、ちゃんと自分で働くんだぞ! じゃあな──」


 セオが呪文を呟くと、馬車は魔方陣から発せられた光を浴びて姿を消した。

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