第68話 契約不履行
「そ、そんなの無理だ。ソルボン伯爵、ナディアを嫁にやるんだし、少し援助してくれないか?」
「何を馬鹿なことを。お前とは古い付き合いだがこれまでだ。結婚もなし。縁も何もない。失礼するよ!」
「ま、待ってくれ。伯爵!?」
哀れな父の声がホールに響く中、シャルの耳には別の声が聞こえた。
『呼んでって言ったのにぃ~。忘れられて心外だわ~』
「アネットさん?」
シャルが小声で応答すると、モゾモゾとポケットから小さな手の平サイズのわん子サマが現れ、屋敷から出ていこうとするアシルとその父の元へと飛んで行った。
しばらくすると、またアネットの声が聞こえた。
『回収完了~。また後でね~』
わん子サマは四本髪の毛をくわえ、シャルのポケットへ、また帰っていった。シャルが不思議そうにポケットを見つめている横で、セオも不機嫌そうにポケットを睨んでいる。
ソルボン家の二人は逃げるように帰ると、ナディアは義父に怒りをぶつけた。
「お義父様、私はどうなるの!? 別の方を紹介してよ!」
「な、ナディア……」
「アフリア子爵にそんな力はないよ? 君の義理の父は爵位を失い貴族でなくなる。もちろん君も、君の母も何の権力もないよ。そうだ。……もしも期日までに借金が返せなければ、国の強制労働施設に送ってあげるよ」
床に凍りついた表情で座り込む三人へ、ハルは歩み寄り手を差し伸べた。
「借金なら俺が肩代わりしてやってもいいぜ? ついでに仕事も紹介してやるよ。強制労働よりは楽な仕事だぜ? たくさんの宝石に囲まれた仕事だ」
「ほ、本当かね!?」
「宝石ですって?」
「そうだわ。この下っ端、宝石商の息子だもの」
「そうね。ロドリーゴ商会なら……でも、借金なんて、嫌だわ。シャル、貴女が契約を破ったからこうなったのよ? いいのかしら、大切な両親を家から追い出して働かせるなんて?」
ハルの甘い言葉に父とナディアは顔を綻ばせたが、義母はそうはいかなかった。シャルを睨み付け責め立てた。
「そ、それは……」
「シャル。耳を貸すな。元々この家は君の母の物で、君が引き継ぐべき物なんだ」
「そうだとしても、何年も一緒に過ごしてきたのに、悲しいわ。……ねぇ? ルシアン」
義母はルシアンの手を引き自分の隣に来させ抱きしめた。
「ルシアン。シャルお姉様は私達を追い出すのよ。酷いわ。ずっとこの機会を伺っていたのよ」
ルシアンが初めて義母に抱かれていた。
こんな時だけ利用するなんて、シャルは許せなかった。
「ルシアンはまだ小さいわ。私が育てるわ」
「駄目よ。ルシアンは私の子だもの。母親が育てる事が子供にとって一番幸せなのよ」
「一度もルシアンに見向きもしなかったくせに、母親ぶらないで!?」
ヴィリアムはシャルが怒っていることに驚き尋ねた。
「シャル。ルシアンはあの女の息子だろう?」
「そんなこと関係ないわ。ルシアンはこの家に来てから、ずっと私と一緒に過ごしてきたのよ」
「シャルお姉さま……痛っ」
義母は、シャルから隠すようにルシアンの腕を強く引き、ルシアンを怒鳴り付けた。
「もうルシアンのお姉様ではないわ。あの女は家族を捨てたんだから!?」
怯え、震えながら耳を塞ぐルシアンをシャルは見ていられなかった。
シャルは義母の腕を掴み、ルシアンから引き剥がそうとした。
「や、やめてっ。ルシアンか痛がっているでしょ!?」
「触らないで!」
義母はシャルの腕を払いのけ、手を振り上げた。
シャルは叩かれると思い反射的に目を閉じた。
しかし、衝撃はなく、代わりにドスンっという音が床に響いた。
瞳を開けると、義母が床で尻餅をついている。
義母の横に泣きながら立っていたのはルシアンだった。
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