第66話 自称婚約者

 アシルはナディアを指差し叫んだ。


「お前なんかと結婚するわけないだろ!? 父様。僕はシャルがいいです。母様だってナディアを気に入らないと言っていましたし……」

「酷いわ……。私はカエルになってもアシル様の元へ戻ってきたのに……」

「ああ。ナディア。可哀想に……」


 ナディアは両親に抱かれ、わざとらしく大きな声で泣き始めた。

 アシルは頭をかきむしるとシャルに目を向けた。


「シャル! 君は僕のことが好きだよな!? 僕と結婚したいよな。──あれ? な、なんでハルさんがここに!?」


 アシルの視線の先にいたのはハルだった。

 いつの間にか、シャルの隣に立っている。

 その後ろには白いローブを着た人もいるが、フードを目深に被り我関せずといった態度で壁に寄りかかっていた。


「あっ! シャルお義姉様の婚約者だわ!」

「ええっ!? あれがシャルの? 随分と趣味が変わったのね~」

 

 義母がハルを見てニヤつくと、ハルも同じような顔をした。


「初めましてお義父さん。お義母さん。私はシャルの自称婚約者です!」

「じ、自称だと?」

「はい。ロドリーゴ商会のハル。と申します。アシル様には申し訳ないのですが……この度、正式にシャルロットさんとの婚姻を認めていただきたく参上いたしました」


 ハルは律儀に父に挨拶したが、義母は急に真顔になって、ある疑問をぶつけた。


「でも、シャルが嫁に行ったら、あの魔法使いのところで働けないんじゃない? そうしたら──」

「はい。もちろん支払っていただきますよ。違約金として、金貨二千九百七十五枚をお支払いただきます」


 セオが懐から出した誓約書を見て、義母と父、そしてナディアは顔を真っ青にした。


「そ、そんなお金ないわよ。結婚は止めましょう。シャルも魔法使いのところで働きたいでしょ。魔法使いはシャルのタイプの顔でしょ。一目惚れだから永久就職したいって言ってたじゃない!?」


 義母の言う通りだけれど、皆の前で大声で言って欲しくなかった。


 シャルは顔を赤らめ、セオの方へと目をやると、セオも同じように赤くなっていた。


「おいおい。それじゃあ俺は、いつまで経っても自称婚約者のままかよ~」


 ハルはおどけながらセオに体当たりし、耳打ちした。


「んな顔してんなよ! アフリア家を潰すチャンスだったのに」

「あ……」


 セオは気まずそうに声を漏らし、咳払いして誤魔化している。


 一方、シャルの家族は返済を免れホッと安心している様子だ。

 そしてアシルは笑顔を取り戻し、ふんぞり返っていた。


「それぐらいの金なら払える! ですよね、父様!」

「払えるが……。そんな価値がその娘にあるのか?」

「価値……ですか?」


 首をかしげてシャルを見つめるアシルに、壁に背中を預け、皆の動向を見据えていたヴィリアムが動いた。


「ずっと聞いていたが、何とも見苦しい人々だな……」

「な、なんだと、貴様!?」


 アシルは憤慨し、白いローブの男を睨み付けた。しかし、男がフードを外すと、何度も瞳を瞬きしてその存在を確認し、義母とナディアと同時に叫んだ。


「「ヴィ……ヴィリアム王子様!?」」


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