第65話 情報屋と王子様

 王都の一番街、シルヴェスト魔法店の前に、白いローブを着た長身の青年が立っていた。


 ハルはそのローブを見て驚いた。


 あれは王族がお忍びで王都を散策する時に着用するという噂のローブなのだ。実際に着て歩いている人を見るのは初めてだった。


「あの~。その店になんか用ですか?」


 ハルが背後から青年に尋ねると、青年はローブを深く被り、その場を去ろうとした。


「あ、ちょっと待てよ!? 俺はセオとは結構長い付き合いなんだ。伝言があるなら聞いてやってもいいぜ?」

「……いつ戻るか分かるか?」


 青年はハルを視界の端に捉えると短く尋ねた。

 ハルはその声で青年が誰なのか分かり、心の中で飛び上がって喜んでいた。


 王族とお近づきになれるチャンスなど滅多にない。

 これを逃す手はないのだ。


 人の良さそうな笑顔を全力で構築し、ハルは一歩、青年に近づいた。


「すぐ戻りますよ。良かったら私の店で待ちませんか? 向かいですから。──ヴィリアム王子様?」


 ヴィリアムは名を呼ばれると警戒心を顕にした。

 殺気だった目でハルを見下ろし、口を開く。


「……目的は何だ。お前は何者だ?」

「べ、別に変な目的はないですよ? 俺はロドリーゴ商会のハルです。表は宝石屋で、裏では情報屋です!」

「情報屋か……。なら、セオドリックかシャルに会いたいのだが、居場所は知っているか?」

「はい。知ってますよ! 今回は初回なので無料で提供しましょう」


 営業スマイルのハルに、ヴィリアムは金貨を一枚渡した。


「そういうのは結構だ。借りは作らない主義だ。足りなければ言いたまえ」

「ははは……大丈夫です。ってか、シャルとも知り合いなんですね」

「……君には関係ない。居場所を聞いた上で、私の行動を決める。言いなさい」


 ハルはヴィリアムの威圧的な態度を笑って受け流し、答えた。


「はいはい。セオとシャルは、アフリア家に行ってますよ。弟の様子を見にランチを持って出掛けました。昼も過ぎたし、そろそろ帰ってくるかもしれませんよ」

「成る程……好都合だな。助かった、失礼するよ」

「え……帰るんですか? お茶でも出しますよ~」


 ヴィリアムはハルを見ずに手だけ振ると、城へ歩いていった。


「やっぱガードが固いなぁ。──あれ?」


 ヴィリアムはまっすぐ城へと歩いていく。


 お忍びの場合、正門ではなく西門か東門から城へ戻るはずなのに……おかしい。


「もしかして……」


 ハルはこっそりとヴィリアムを尾行することにした。


 ◇◇


 その頃、アフリア家では──。


「か、カエルがナディアお姉様になった!!」


 ルシアンがメイドの影に隠れて叫ぶと、アシルが目を見開き、ナディアを突き飛ばした。


「きゃぁっ」

「カエルだとぉ!? お前、カエル女だったのか!?」

「ひ、酷いですわ。私は人間です! やっと元に戻れたのにっ」


 セオは身を起こそうとしたナディアに、そちらを見ないようにして自分のローブをかけてやった。


「きゃぁっ。私……は、裸でしたの!? アシル様、私の全てをご覧になったのでしょう? それに、二度も私と唇を重ねましたでしょ? 責任を取ってくださいませ。もう一度式を挙げましょう!?」


 ナディアはアシルを潤んだ瞳で見つめ、誘惑し始めた。

 しかし、アシルの目は変わらず嫌悪感に満ちていた。


「馬鹿なことを。君のようなヒキガエルみたいな女は御免だよ。僕はシャルとやり直すんだ!」

「な、何ですって? シャルはあの下っ端顔の商人がお似合いだわ。それに、私はアシル様のせいで呪いをかけられたのですわよ!」

「ぼ、僕のせいで呪いだと!?」

「ええ。貴族の間では有名な話ですわ。女の逆恨みを手助けしてくれる魔女がいますのよ。きっとアシル様をお慕いするどこぞの令嬢が、私に呪いをかけたのですわ」

「まぁ!? 可哀想なナディア。アシル様、どうかナディアを慰めてあげてください」


 義母とナディアが、アシルとその父に熱い視線を送る。セオはシャルに耳打ちした。


「シャル。もう帰ろうか。ルシアンもお父さんも元気そうだし。またアシルが馬鹿なことを言う前に退散しよう。茶番はもう見飽きたよ」

「そ、そうね……」


 シャルとセオは玄関に向かって後退りしていくと、シャルは後ろにいた誰かにぶつかってしまった。


「きゃっ。ごめんなさい」


 振り向くとそこには、ヴィリアム王子が立っていた。

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