第9話 ただの魔法使い

「ごめんなさい。はしたないところを見せてしまったわ」

「いやいや。気にするなって……」


 苦笑いのセオに、シャルは恥ずかしくて目を合わせられなかった。


 穴があったら入りたい。

 知り合って間もない男の人に泣きついてしまったのだから。


 そんなシャルの膝の上で、当たり前のように寛ぎながら、にゃん子サマは言った。


「そうじゃ。気にすることはない。人間色々あるのじゃ」

「にゃん子サマは人間じゃないだろ?」

「ほぅ。セオも言うようになったのぅ。……ところで、シャルはこれからどうするのじゃ?」

「えっ……私?」


 シャルは気まずくて口ごもった。これ以上アフリア家の事情に二人を巻き込むことを、申し訳なく思う。


 しかし、シャルの沈鬱とした表情を、セオはただ見ているだけではいられなかった。


「悪いと思ったんだけどさ。シャルの妹の声がデカくてさ。大体の事情は聞こえちゃたんだよな……気兼ねせずに話せよ」

「そうね。……私、この家を出ようと思うの。身分を捨てて、教会のシスターになろうかなって」

「ほぅ。教会に知り合いでもおるのかのぅ?」

「いいえ。いないわ。何となく……教会なら、誰でも受け入れてくれるかなって……」


 セオとにゃん子サマが顔を見合わせた。


「シャル。教会なんてつまらないぞ。それに、この家の奴らは、シャルを使用人のように扱っているんだろ? そう簡単に手放すとは思えない。ただで使える奴隷なんていないからな。連れ戻されるんじゃないか?」

「そんな……」


 確かに、教会は受け入れてくれるかもしれないけれど、シャルロットを守ってくれるとも限らない。


 だったら……。


「私の居場所は……どこにもないのね」


 シャルは視線を落とし、その瞳からは、一筋の涙が溢れた。

 その涙をセオが指で掬い上げた。


「シャル。……これも何かの縁だ。嫌じゃなかったら、俺のところに来ないか?」

「え?」

「おぉ。それはいい考えやもしれぬ。シャル。家に来るのじゃ!」

「ええっ? でも……あ、会って間もない人だし……」

「合わないと思ったら自由に出ていけばいい。食事の礼として、支度金ぐらい出してやるよ」

「ほ、本当に!? でも、悪いわ」

「そんなことないのじゃ。シャルはセオの命の恩人なのじゃ」

「そんな大層なことしていないわ。でも、もしかして……セオってどこかのご子息様なの?」


 セオは驚いて目を丸くし、そして立ち上がると笑って答えた。


「いや。俺はただの魔法使いだよ?」




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