第10話 契約
セオドリックが帰ることを義母に伝えると、義母は父親まで連れてきて、セオドリックは応接室に通された。
しかし、お茶を用意するのは勿論シャルロットの役目だ。
少し不安ではあったが、シャルロットはセオドリックを残して席をはずした。
お茶を入れ応接室に戻ると、テーブルの上に金貨が五枚置かれていた。
シャルロットがいない間に、義母は恥ずかしげもなくお金の話をしていたようだ。テーブルに並んだ金貨を見て、義母は瞳を輝かせていた。
そんな義母に向かって、セオドリックは涼しい顔で話を切り出した。
「シャルが戻ってきたので、これからの事を話してもよろしいですか?」
「これからの……事?」
セオドリックの急な申し出に、シャルロットの両親は顔を見合わせて首をかしげた。
そんな二人に構うことなく、セオドリックは話を進めた。
「実は……先日、俺を育ててくれた祖母を亡くしました。今まで食事の仕度や家の管理は全て祖母が行っていて、とても困っているんです」
「あら。大変ね。それで?」
「はい。それで……シャルロットさんを俺にください。彼女の作ったご飯が食べたいんです」
「へ? シャルを? それって……」
混乱する義母と、目を丸くして固まる父親。
義母は座るタイミングをしくじって立ち尽くすシャルロットを睨み付けた。
魔法使いを使ってこの家から逃げ出そうとしていると勘繰ったのだろう。しかし、セオドリックの作戦は違った。
「はい。シャルロットさんを雇わせてください」
「へ? あら、そっち?」
義母も父親も一瞬で顔が和らいだ。
これがセオドリックの作戦なのだ。
タダで娘を奪われるかと思いきや、そうではない。
お金が手に入る機会が与えられるのだから。
「はい。契約書は……っと」
セオドリックは懐から紙を取り出すと、羽ペンでスラスラと文字を綴った。
「契約書。シャルロット=アフリアをセオドリック=シルヴェストは魔法使い補佐として住み込で雇う事とする。──えっと、契約期間と金額について相談です。一年だったら金貨百枚。五年だったら金貨五百枚。十年だったら金貨三千枚でいかがでしょうか」
「「「さっ三千!?」」」
シャルロット含め、両親も同時に驚嘆の声を上げた。
金貨三千枚もあったら、お城が買えるかもしれない。
それぐらいの大金だ。
「期間はどれくらいがよろしいですか? シャルロットさんの将来の事を考えると、精々一年ですかね?」
「いいえ。十年でお願いしますっ! シャルは見た目通り病弱な娘でして、お嫁の貰い手はおりませんの。ですからせめて、将来のんびりと暮らせるように、しっかり働いてお金を貯めた方がいいわ。ね、貴方?」
「そ、そうだな。シャルを嫁に出す気はないのだよ」
興奮したようすの義母と、口元がにやけている父親。
どちらも頭の中は金貨で一杯だろう。
「そうでしたか。因みに、お給金のお支払いのご希望はごさいますか? 一括か、月毎か……」
「ももももも勿論。一括でお願いします。シャルロットの父にお渡しいただければ、将来困らないように管理させていただきますわ」
「分かりました。それからとても大事な約束があります。もしも、シャルロットが逃げ出したり、失踪し、契約の継続が困難となった場合、お金は返していただきます。返金額は日数で割る感じで。例えば、一年働いて逃げ出してしまったら、金貨二千七百枚を返していただきます。勿論、お金をお渡ししたお父上に返金義務を負っていただきます。よろしいですか?」
この言葉に両親は硬直した。
「少し、家族だけで相談してもよろしいかしら?」
「はい。俺は廊下で待っていますね」
セオドリックが出て行くと義母はソファーから勢い良く立ち上がり、シャルロットに詰め寄った。
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