VOL.7

『失礼ながら、貴方のことを幾つか調べさせて頂きました。夏八木先生』俺はポケットからICレコーダーを取り出し、スイッチを入れて机の端に置く。

あらかじめお断りしておきますが、ここでの会話は全て録音させて頂きます。後で面倒なことになると嫌なのでね。また今から私が話すことは事実と、そして私なりの推理を織り交ぜたものです。間違っていたら、その都度ご指摘を頂けると助かります』


 彼女は何も答えなかった。机の引き出しが僅かばかり開いている。

 中に何か光るものが見えたが、俺は構わずに話し続けた。

 

『夏八木春江さん。貴方は亡くなった本倉良一君とは遠縁で幼馴染にあたるそうですね。子供の頃、家が隣同士で、よく一緒に遊んでいた。貴方の方が年齢が四つ上で、姉と弟のように仲が良かった・・・・』


 彼女は何も答えない。首から下げた聴診器の先を、片手で弄びながら、俺の話を聞いていた。

 時々半分開いている引き出しを頻りに気にしているのが分かった。

 そこに何が入っているのか、大体の想像はつく。

 構わず、俺は続けた。


『初めは貴方も良一君を可愛い弟としか見ていなかった。だが思春期を過ぎるころになると、その感情も次第に成長していった。回りくどい表現はよしましょう。つまりは”男”として意識するようになった。違いますか?』

 相変わらず何も答えない。

『・・・・貴方は東京の有名私立医大に入学、向こうも地元の高校を卒業し、同じく東京の私立大学の芸術学部へと進んだ。貴方は彼のことを慕い続けたが、しかし彼の感情は昔のまま、”お姉さん”それ以上でも、それ以下でもなかった。』


 それまで無表情だった、春江の表情に変化が現れた。

 唇を細かく震わせている。


『そこで彼は恋をした。相手は最低でも10歳は年上の女優、つまり霧野真弓だった。』

 夏八木春江は当時、医大を卒業して国家試験に合格、母校の大学病院で研修医として働き始めた。

 春江は霧野真弓に夢中になってゆく良一に嫉妬を感じ、何とか二人を引き離そうと考えた。

 二人が男女の関係になるであろうことは、彼女にも容易に想像できた。

 春江の中で悪魔が囁く。

 彼女は、人を救うために勝ち得た医学の知識を、自分のよこしまな恋のために利用しようと考えた。


『当時、貴方の勤めていたN医大病院は、日本におけるジャクソン氏病研究の、ある種の拠点になっていた。そこでこう考えた”ジャクソン氏病患者の血液を密かに持ち出し、それを自分の愛する男・・・・つまりは良一に注射しよう。私が調べたところによれば、あの病気は性的接触のみならず、血液によっても感染するんだそうですね。』

 俺はシナモンスティックを咥えながら彼女の手の動きを追う。

 右手が、開きかけている引き出しにかかった。

『貴方がどういう理由をつけて、良一君を病院に呼び出したか分かりません。しかし研修医とはいえ、医者のひよっこだ。どうにでも理由はつけられます。貴方は持ち出した血液を彼に注射した。勿論彼と同じ血液型を用意してね。』


 俺の唇の端でシナモンスティックが揺れる。

『当然良一君は病気に感染し、そして彼と関係した霧野真弓も感染する・・・・これがあんたの復讐劇のシナリオって訳です。何か問題はありますか?』


『面白い推理ね。でも証拠は?』

『残念ながら、ありません』

 俺は答え、スティックの端を噛む。


 彼女の目が光った。



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