VOL.5

『自分の愛する女性』というのは、恐らく霧野真弓のことだろう。

 これ以上ここにいても意味がないな、俺はそう判断し、儀礼的に遺影に向かって手を合わせ、

『お邪魔しました』

 それだけ告げて玄関まで出た。


 俺がもう一度頭を下げ、前庭を歩いて門をくぐろうとした時、一台のBMWが停車し、中から一人の女性が降りてくるのが見えた。

 彼女は俺に向かってちらりと会釈をしただけで通り過ぎ、本倉夫人の元に歩み寄って何やら会話を交わしていた。


 俺は通りすがりざま、ポケットに手を突っ込み、スイッチを押すのを忘れなかった。かけていた眼鏡(勿論ダテだ)の間についていた小型カメラのスイッチを押したのだ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『そうでしたか・・・・』


 東京に帰った俺は、報告書を携えて霧島真弓の自宅を訪れた。


 彼女は、

『今日は気分が少し良いもので』といい、ガウンを着ていたものの、ソファに座って俺を出迎えてくれた。

『自殺してしまったのね・・・・お気の毒でした・・・・』

 口ではそう言ったものの、さほど悲しそうな表情はしていない。

『ご苦労様でした』彼女はソファの傍らに置いてあったバッグを開け、小切手帳のホルダーを取り出し、数字を書き込んで切り離し、卓子テーブルの上に置く。

『これで足りるかしら?』

”6”と書いた後ろに、0が五つ並んでいる。

 俺は黙ってそれを懐に収めた。

『私は少し気持ちを前向きに切り替えることにしたんです。今、ある出版社から手記の執筆を頼まれているんですよ』

 要するに病気になったことと、そこから受けた理不尽な差別、そして同じ病気に苦しむ人たちへのメッセージを含めて、だそうだ。


『そうですか・・・・まあ、ご健闘をお祈りしてますよ』俺は素っ気なく答え、彼女の家を辞去した。

 

 部屋を出かけた時には、もう既に彼女はテーブルの上に置いてあったノートパソコンに向かって、何やら一心に書き込んでいた。


『珍しいですわね。貴方が私の事務所にわざわざ足を運んでくれるなんて』

 彼女はフチなし眼鏡を指で押し上げ、珍しく上機嫌そうな顔で俺に言った。

 さっき法廷から帰ったばかりだと言っていたから、裁判に勝ったんだろう。


 彼女の名前は安井悦子、そう、霧島真弓に俺を紹介した、民事専門の女性弁護士だ。


 商売柄、俺はあちこちの弁護士とコネを持っている。

 私立探偵は飛び込みの依頼人きゃくの仕事も受けることは受けるが、そういうのは時々胡散臭い手合いが多いのも実情だ。


 一番カタいのは、弁護士を介しての依頼だ。

 弁護士にも色々いるのは確かだが、とりあえず免許持ちの仕事だからな。そうそう変なのを回してくることもない。


 だが、俺は当の弁護士たちとは、仕事の後”余程の事がない限り”顔を合わせる事は滅多にない。

 今回はその”滅多にない”一例だと言って良いだろう。


 シナモンスティックを咥え、俺は何も言わず、黙って彼女の前に一枚の写真を置いた。

『これは?』彼女は不思議そうな顔で俺を見る。

『この女について、情報があったら聞かせてくれ』

『この間の依頼に関係があるの?だってあれは終わったんじゃ・・・・』

『一応はね。だが、俺の中ではまだ何か割り切れないものがあるんだ。それが済むまで、”完全決着”とはいかない。気になったことはとことん調べないと、寝覚めが悪いんでね』

『守秘義務があるからって、断ったら?』

『君はそんなことを言わんだろう。人に仕事を押し付けておいて』

 彼女は肩をすくめた。

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