VOL.3

 俺の予想は外れてはいなかった。

 

 電話をかけ、彼女の依頼だと告げただけで、

”話したくない”と切ってしまう男。

 仮に会ってくれたとしても、

”私は陰性ですよ。それだけです”

と、素っ気なく言って立ち去ってしまう男。

 或いは連絡先そのものが変わっていて、どう調べてもそれ以上終えなかった男。


”私立探偵のポケットには、徒労しか入っていない”と、かつて某有名なアメリカの探偵が言ったことがあったが、俺はこの稼業に足を突っ込んで、初めてそれを実感した。


 一か月間、俺はポケットはおろか、全身に徒労だけを詰め込んで、手帳とにらめっこし、あてどもなく、今日は南、明日は西、と、彷徨さまよい続ける日々だった。

 総重量60キロの装備を身に着けて徒歩で歩き回った自衛隊時代でも、これほどは疲れなかった。


 もう、このまま何もかも捨てて帰っちまおうか。そんな思いが頭をよぎる。

 

 しかし、やっぱり俺は探偵だ。その思いが俺を辛うじて支えた。


 公園のベンチに腰掛け、もう一度丹念にノートを見返す。


 すると、あることに気づいた。


 一人の男の名前のところに、赤いボールペンでひと際大きく丸が付けられてあった。


 男の名前は”本倉良一”歳は・・・・少なくとも真弓とは10歳は下という計算になる。


 交際していたのは、まだ真弓が結婚していた頃。


 本倉は当時都内の某私立大学の芸術学部で映像技術を学んでいた学生だったが、先輩に照会され、道具係の助手としてバイトに入った時に彼女と知り合った。


 当り前だが最初は天と地の存在、満足に会話も出来なかったが、ある時偶然二人きりになる機会があり、彼女から、

”仕事、きつくない?大丈夫?”と声をかけて貰ったのをきっかけに、何度か話をするようになった。


 話をし始めると、彼女は決して売れっ子女優にありがちなお高く留まったところがなく、結構きさくでお茶目なところがあり、互いに共通の趣味があり、撮影が終わっても度々逢うようになった。


 無論この場合の”逢う”というのは、肉体関係も含まれるということになる。


 映画の撮影が終わり、彼がバイトから離れても、二人の関係は続いた。


 最初のうち、当然二人は避妊具を使用して性行為を行っていたのだが、いつしかそれも使わなくなり、つまりは”生”で行為に及ぶようになった。



 ジャクソン氏病は、他の性感染症と同じく、感染していても症状が出ないことが良くある。


 彼の場合もどうやらそうだったらしい。

 二人は情熱に任せて、”自然のままの関係”を続けた。


 その後、彼が大学を卒業し、自分の故郷のテレビ局(中部地方のある県)に就職が決まり、そのまま二人の関係は自然に終わった。

(しかし元から几帳面だったといえばそれまでだが、よくまあここまで細かく記録したものだ)

 俺は改めて彼女の性格に驚かされた。

 恐らくそれ以前にどこかで感染していたのだろう。

 真弓に病気の症状が出始め、検査の結果、彼女が”ジャクソン氏病”の感染者だと分かったのは、それから半年ほど経ってからだった。


(ビンゴをひいたな)


 俺は思った。


 これで徒労も報われる。

 俺は事務所オフィスに戻り、旅支度を整えた。

”わざわざ新幹線に乗って出張をするんだ。これでだったら、俺は本当に免許を放り出すぞ”

 そう思った。

 


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