VOL.2

『この病気のお陰で、私は全てを失いました』彼女は唇を噛みしめ、畳に目を落とした。

『仕事を失っただけではなく、夫と離婚し、子供とも会えなくなりました。だからせめて誰から移されたのか、それを明らかにしたいのです』


『明らかにしてどうなさるつもりですか?まさかその相手に復讐でもしようとか。もしそうだとしたら、依頼はお引き受けすることはできませんな。私達探偵は犯罪に関わる依頼は一切・・・・』


『いえ、そうではありません』彼女はきっぱりと言った。


『この病気は性感染症ですから、性接触以外では感染はしません。だとすれば責任の半分は私の軽率さにあるといってもいいでしょう。だから、関係を持った誰かから移されたか、それを突き止めて、病気の解明に役立ててもらいたい。ただそう思うだけです』


 俺はもう一度彼女の顔をまじまじと見た。

 何となく違和感は感じたが、敢えて口には出さなかった。


『分かりました。お引き受けしましょう。探偵料ギャラは一日六万円。他に必要経費。拳銃などの武器が必要になった際には危険手当として四万円の割増を頂きます。後はこの契約書をお読みになって、納得が出来たらサインをお願い致します。すぐに仕事にかかりますから』


 彼女は俺が差し出した紙に、さっと目を通しただけで、すぐにサインをして返した。


『結構、それではすぐに仕事にかかります。その前に聞いておきたいことがあります。お答え難いでしょうが、是非教えて下さい。貴方が関係した男性を、出来るだけ細かく、覚えている限りを教えて頂けますか?』

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 彼女は自分の手帳を俺に渡してくれた。

几帳面な性格なんだろう。

そこにはいつ、どこで、どんな男と、どの程度の接触を持ったかが細かく書かれてあった。


 誰でも知っているような有名人から、殆ど名も知れていない一般人に至るまで、正に多士済々といったところだった。


 これらの人物全てにあたるのは骨の折れる仕事に相違ないが、だからといって放置しておくわけにもいかない。

 ことは病気、生命の危険は少ないとはいえ、感染症の問題だからな。


 最初に訪ねたのは彼女の元夫である、映画監督の佐野原徹さのはら・とおる氏であった。


 彼は最初俺の申し出に渋っていたが、何とか説得して、面会にこぎつけた。


 現在は新作映画の準備中で、シナリオの執筆に追われているという。


『彼女と離婚してすぐに、私は病院で検査を受けました。二度もね。でも幸いなことに結果は陰性でした。ええ、結婚する前にも検査は受けましたが、同じく陰性でした。勿論彼女から病気について告げられた時はショックでしたよ。私以外の複数の男性と性的接触・・・・早い話が”寝ていた”ということなんですからね。でも彼女を責めるつもりはありませんでした。私も仕事が忙しくて、家を留守にすることが多かったし、そういう意味では”セックスレス”の時間が長かったものですからね。あれだけの女性なんですから、他所の男性からの誘惑があったって仕方がないでしょう。離婚を言い出したのは彼女の方からです。私は”そんなことしなくてもいいよ”と言ったんですが、貴方に申し訳ないからと言ってね。子供は私が引き取りました。”こんな病気を持っていたんじゃ、子供にも感染してしまうかもしれない”っていうもんですからね・・・・』


 元夫は、何か重い空気でも吐き出すような口調でそれだけを話してくれた。


”この分だと、彼女と接触があった他の男たちは、もっと嫌な気持ちだろうな”俺はそう思った。多分外れてはいまい。


 


 

 

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