黄色い悲劇
冷門 風之助
VOL.1
太陽が真上に来ている。
夏も真っ盛りだ。
その日俺は昔馴染みの弁護士に拝み倒され、青山にあるその邸宅に呼び出された。
呼び鈴を押すと、背の低い丸顔の白い割烹着姿の六十過ぎと思われる女性(家政婦だそうだ)が姿を現した。
俺は彼女に私立探偵の認可証とバッジを提示し、
『安井弁護士の紹介を受けてやってきました。
『しばらくお待ちを』といってそのまま奥に引っ込み、一分ほど待たせて再び現れ『お待たせしました。どうぞお上がり下さい。奥様がお会いになります』
そう言って俺を案内した。
南向きの八畳ほどの和室である。
庭に面した障子をあけ放ったところに、介護用のベッドが置かれてあり、そこに寝間着を着た女性が一人横になっていたが、俺が入ってきたのを認めると身体を起こしてガウンを着た。
『こんな格好でごめんなさい』
彼女はすまなそうに言って、さきほどの家政婦に、
『何か冷たいものを』と言いつける。
俺は用意された籐椅子に座って、ベッドの端に腰かけた彼女とちょうど向かい合わせの格好になった。
さっきの家政婦がアイスティーを盆に載せて運んでくる。
本当はコーラの方がよかったのだが、そうそう贅沢も言っていられない。
彼女は、自分の顔を見ても、俺が余りにも自然な表情をしているので、
『何とも思われないんですか?』
と、不思議そうな口ぶりで言った。
はばかりながら俺は私立探偵だ。
依頼人になろうとしている人物を見て驚くようには出来ちゃいない。
しかし、なるほど確かに彼女は普通とは違っている。
年齢は五十代半ばになったくらいだろう。
それなりに整った顔立ちをしている。
他と違うところがあるとすれば、顔全体、首筋、そして衣服から見えている二の腕に至るまで、ほぼ黄色に染まっていることくらいだ。
『黄色がかった』という穏やかなものではない。
本当に真っ黄色。
それしか他に形容のしようがなかった。
名前は霧野真弓。
かつて
化粧品会社のコマーシャルにも抜擢され、日本国中どこに行っても、彼女の顔を見かけないことはないくらいだった。
『本当に何とも思われない?』
重ねて訊ねる。
『気にしないといったら嘘になりますがね。』
俺は短く答えた。
『私、病気なんです。』
彼女は、ストローでアイスティーを吸い上げ、ため息交じりにそう答えた。
症状が出始めたのは、今から5年ほど前だったという。
それまでは全身に懈怠感だとか、偏頭痛。そして性器に異様な痒みを覚えた程度だった。
しかしやがて肌が黄色く爛れはじめ、最初は背中、下腹部だけだったのが、今はほぼ全身に広がっており、日増しにその色が濃くなってきているという。
そのため、仕事が続けられなくなり、引退を宣言して、世間との交渉を一切断ってしまった。
『ジャクソン氏病と言う名前をご存じですか?』
彼女が言う。
『いえ、聞いたことはありません』
俺は答えた。
肌が黄色くなり始めたころ、検査を受けた病院でそう告げられたという。
この病気は正式に発見されてから、まだほんの30年ほどしか経ってない性感染症の一種で、ウィルスが原因である疑いは強いらしいが、まだワクチンの開発が上手く行かず、確たる治療方法もないので、対症療法によって進行を遅らせることしか出来ていないという。
ただ、感染力は高いものの致死率が極めて低いため、世の中にあまり知られていないし、さほど深刻にも受け止められていない。
『で?何をして欲しいとおっしゃるんです?私はただの探偵です。ドクターⅩでも、ブラックジャックでもありませんから、未知の病気を治すことなんかできませんよ』
『いえ、別に貴方に治して欲しいと申し上げているわけではありません。私にこの病気を感染させた人物を見つけ出して欲しいんです』
彼女ははっきりした口調でそう言った。
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