おはよう、神様

時雨⋆̩☂︎*̣̩

第1話

「おい、女の子が飛び降りたぞ!」


つんざく悲鳴。鳴り止まないサイレン。

やけにうるさいカメラのシャッター音。


2019年5月5日 午後8時

私と同じ高校2年生が自殺した。


『うらやましい』 そう思った。



私が通う学校、星ヶ丘学校では「命の作文」と題し、

3年生の生徒から先生が代表者を1人選び、

自殺を志願する方に向けて命の大切さを問う会が行われている。


どうせ優等生を選んで、綺麗事を並べた作文を読ませて

学校の評価を上げる。

私には関係ないし、なんて思えていたのは3日前までのこと。


しかし、私が今いるのはステージの上。

手には2日前に書き上げ、添削をし、先生に承認を得た原稿がある。


ははは、なんてたってこんなところに私はいるんだ。


先生が指名した生徒。

それが私。遠山紗季だった。


とはいえ、いくら文句を言おうが、指名されたものは仕方が無いので

インターネットで調べたら出てくる綺麗事を自分の言葉に変えて繋ぎ合わせ、

それっぽく仕上げると優等生が書き上げたらこうなるであろう立派な原稿になった。


あとはこれを淡々と読むだけ。

こんなものは早く終わらせるに限る。


それに私は、生きてなんて言える立場ではない。


「命の作文。発表は遠山紗季さんです。」


「はい。」


マイクの前に立ち、原稿を広げる。

あとは、読むだけ。読むだけなのに。


ー命とは大切にしなければなりません。


読めなかった。


グシャッ。

静かな体育館に響く紙を握る音。

異変を感じとった生徒のざわめく声。


それでも、それを聞いてもなお。

頭に浮かんだ言葉は消えてくれず、気づいたら口に出していた。


「なぜ、死にたいと言ってはいけないのでしょうか。

なぜ、生きろと言われないといけないのでしょうか。


我武者羅に生きることがそんなにも悪いでしょうか。

苦しくて、辛くて、もう死んでしまいたい。

そう思うことがそんなにも罪でしょうか。


誰もが生きろという世界。

死ぬなんて簡単に言うなという世界。

生きることが正義で死ぬことは悪になる。

その境界線はどこにあるのでしょうか。

苦しくてたまらなくて死にたいと思った時、どこであがけばいいのでしょうか。

どこで手を伸ばせば掴んでもらえるのでしょうか。

どこで叫んだら赦してくれるのでしょうか。

どこに居場所があるのでしょうか。

考えることも許されず、助けを求めることも許されず。

それでも「いつでも頼ってね」、

なんて口先だけの言葉を与えられて。

「死なないで。」の一言でその人を救えると本気で思っているのでしょうか。

「生きたい」、「苦しい」、「死にたくない」、でも、「死にたい」って思ってしまう。

振り絞って叫んだSOSの死にたいって言葉は

すぐに否定されて。

代わりに「がんばれ」といわれる。

死にたいと願いながら、それでも明日への希望を捨てきれず明日に期待を抱いて必死に生きていることは頑張りには入らないのでしょうか。

「頑張ったね」と認めてはもらえないのでしょうか。


世の中には生きたくても生きられなかった人がいる。

そんなことはわかっています。


あなたが死にたいと望んだ今日は昨日死んだ誰かがもがいてあがいてそれでも掴めなかった明日なのだと。それくらいわかってます。


でも。

私が死にたいと望んだ今日も、笑顔でいたいと願った明日でした。希望を抱いて苦しい中でも頑張って生きた明日でした。


死にたいと願い、生きたいと願い、認めてほしくて、助けてほしくて、愛されたくて、ここにいてもいいとわかりたかった。


もがいてもがいて苦しい中でも必死にしがみついた明日だということに何か違いはありますか。


死にたいと思いながら生きていることがそんなにも罪ですか。」


 リスカの傷を見せると

「気持ち悪い」といわれる。

「病んでいる」といわれる。

「構ってほしいだけ」といわれる。

誰一人として、「頑張ったね」とはいってくれない。


「きれいごとだらけのこの世界が大嫌いです。


だから、私がこの世界の神様になって世界をつくりかえてみせます。


私の世界はとてもきれいです。

私の世界は平和です。

私の世界はまるいです。

私の世界は幸せです。

私の世界は死んでもいいです。


あるポエムがありました。


 瑠璃色のボール。

神様は一人に一つずつプレゼントを贈りました。二人の子供は何だろうと心躍らせながらリボンをほどいていきます。中には一つのボール。「そうだ、キャッチボールをしようよ。」でも、男の子にはぴったりのそのボールは女の子には大きすぎてうまく投げられない。

「もういいや」、といじけている女の子に、

「大丈夫だよ。僕にあうボールはあったから。

一緒に君にあうボールをさがしにいこう。

もしなかったら一緒に作ればいいじゃない。


意味が分かりませんでした。でも、今なら。

瑠璃色のボールは地球をさしていること。

あたえられたそのボールは初めから自分にあうとは限らないこと。

そしてあわないのなら、自分にあうものを探して作ればいいということ。


あなたはこの世界の神様になれる。

生きろなんていいません。かといって、死ねともいいません。ただ知っていてほしい。


魔法使いの少女が魔法の杖を捨ててでも

手にしたかったぬくもりがあったことを。

魔法使いの少女が魔法のほうきを捨ててでも

手を取り合いたいことがあったことを。

魔法使いの少女が魔法を捨ててでも

抱きしめたかったものがあったことを。


誰も端っこで泣かなくて済むために地球はまるくつくられているから。死にたいと願いながら生きたっていいじゃないですか。あがいてあがいて生きたって良いじゃないですか。


平和だといわれるこの世界。それでも、どこかで誰かが傷つきどこかで誰かが壊れてどこかで誰かが自ら死にいく世界です。


それでも私たちはこの世を平和だと言っています。


あなたが思うように作り変えていい。

辛くてどうしようもなくなっていい。


リスカをしないと、流れる血を見ないと、生きてるって分からなくなるくらいまで生きていた。

必死に明日を掴もうとしていた。

それのどこが頑張っていないといえるのか。


この世界は恐ろしいかもしれない。

理不尽で汚くて、上の人を蹴落とすことしか考えていない。

揚げ足をとることに快感を覚えて、誰かに寄り添うことを知らない。

息が苦しくなるようなことばかりです。


明けない夜はない?

明けるまでの暗闇が怖いんじゃないですか。


命の作文。そんな立派なこと私にはわからない。けれど、覚えていてください。


ここにあなた達に出会えてよかったと思っている人がいる事。

ここにあなた達と話せてよかったと思っている人がいる事。

ここにあなた達に頼りたいと思っている人がいること。

ここにあなた達と暗闇を乗り越えたいと思っている人がいること。


この世界で生きて。この世界で死んで。

別にがんばれと言われたいわけじゃない。

頑張ったねといわれたい。


いいじゃないですか。それで。


私は今ここにいます。

死にたいと思いながら。

生きたいと願いながら。


こんな私を許してくれませんか。


ご清聴ありがとうございました。」


「遠山。」壁に背をあずけて、私を指名してきた先生が私を呼び止める。

「先生は知っていたのですね。私が生きることに無頓着なことも、私が死を羨ましいと思っていたことも。」

ふっと笑って「どうだかな。」なんていう先生はやっぱりずるくて汚いけれど。


それでも、私は今日を生きようと思う。

だって、私はこの世界の神様だ。


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おはよう、神様 時雨⋆̩☂︎*̣̩ @Shigure0425

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