ミサキとディスカル

 ディスカルの病死が発表されました。これであの時のエラン人全員が亡くなった事になります。もちろんこれは表向きで、政府とも打ち合わせの上、日本の戸籍に編入させています。そして、


『コ~ン』


 三十階にディスカルがやってきました。迎えに行ったのはミサキですが、そりゃ、ドキドキしました。あの三人ならトップレスで出迎えかねないからです。まだ日も高いですからよもやと思いますが、そうなればミサキも負けてられません。緊張しながらリビングに入ると、ごくごく常識的な出迎えになりました。


「お世話になります」

「遠慮しないでね。これもECOの仕事の内だから」


 ミサキも可能な限り癒しの力をディスカルに送り続けていますが、さすがに仲間のすべてを失った喪失感、寂寞感を埋めるにはまだ時間がかかりそうです。ディスカルを自分の部屋に案内し、しばらくは運び込んだ荷物の整理になりましたが、ようやく一段落しティー・タイムです。話は人類滅亡兵器に流れて行き、


「・・・研究の結果ですが、あの兵器が作用するのは女性だけで良いようです。女性が生まれにくく、生れても子どもが出来にくくなって行くぐらいです」

「やっぱり残留性が強いの?」

「なんというか、ある種の生物兵器に近くて・・・」

「伝染病みたいなもの」

「それがイメージとしては一番近いと思います」


 地球人の血を引く者に抵抗性が強い理由ですが、


「これは結果としてわかっただけで、未だに推測に過ぎませんが、過去の感染歴の記憶の問題ではないかとしていました」


 これはミサキの推測に過ぎませんが、エランでは感染症管理が極度に進み過ぎて、伝染病に対する抵抗力が落ちすぎていたのかもしれません。ディスカルも医学分野については素人の上に又聞きですが、地球人は人類滅亡兵器に対して基本的に免疫があると見て良さそうです。



 女性人口の減少はアラ時代末期から著明になっており、かつてアラが話したのは脚色がテンコモリでしたが、ディスカルの時代には実話になったと見て良さそうです。


「実際の人口は」

「小山代表が一千万人ぐらいではないかとされていましたが、そこまでではなく三千万人弱程度は残っていました」


 三千万人と言いながら少子高齢化、さらに男の比率が異常に高い社会です。


「女性比率が一割を切るのも時間の問題でした」


 そこまでになれば、命懸けで地球に遠征して、治療の可能性がある地球人の血液製剤だけでなく、地球人を連れて帰るのだけの価値はあると思います。ジュシュルがユッキー社長の睨みにも屈しなかったのは、エランの重すぎる命運を背負っていたからでしょう。


「結婚とかは?」

「知る限り地球と類似のものと考えてもらって良いと思います。もっとも、これだけ女性が減ると、男のほとんどはあぶれますが」

「完全人工生殖ならどうだったの」

「総統はそれも考えられましたが、アラルガル時代の不評と、この技術もまた我々の時代には、これを実用化するのに無理がありました」


 エランの文明は高度なのですが、高度化しすぎて発達が乏しくなってたと感じます。これはアラルガルの時代からそうだったみたいで、新たな製品や技術を生み出すのに熱意が乏しくなっていたぐらいでしょうか。


 とにかくメインテナンスまで自動化され、古くなって調子が悪くなった機械は自動的に置き換えられるそうです。ミサキの頭の中には『完成されてしまった社会』のイメージが浮かんでいます。


 そのために開発研究者どころか、保守技術者の層も薄くなり、一度壊れてしまうと復活するのが難しくなってしまっているぐらいでしょうか。


「仰ることは、地球に来て実感しております。地球の文明はエランに較べるとかなり遅れていますが、これから伸びて行こうとする活力を感じます。これに較べるとエランはむしろ衰え行く感じがします」


 エランは文明の終着駅に達したのかもしれません。地球もいずれ達するのでしょうか、こればっかりは、行ってみないとわかりません。同じ終着駅になるのか、違う終着駅なのか。これは、これからミサキが記憶の放浪者を続けて行けばいつか見ることになるかもしれません。


「ところで小山代表」

「もうその呼び方はやめようよ。そりゃ、全権代表やったけど、あれは臨時のお仕事。ユッキーと呼んで下さる」

「そうやうちはコトリやし」

「私もシノブ」


 ディスカルは照れくさそうに、


「ではユッキーさん、仲間たちの墓地の整備ありがとうございました」

「悪いけど地球式にさせてもらったわ」

「あの碑文もユッキーさんが」

「あれはね、三千年前に滅んだ国の哀悼歌の一節よ」


 ユッキー社長は軽く吟じながら、


『勇者は行きて戻らず、

 その記録も失われたり、

 ただ記憶のみを伝えん』


 そこからディスカルの方に向き直り、


「ディスカル、あなたには女神の選択を与えるわ」

「選択とは」

「神になること。あなたには最後のエラン人としてエランの歴史、記憶を伝える使命があると思うの。あなたが死ぬ頃にはエランも死に絶えると思うからね」

「神ですか?」


 ディスカルの顔が爽やかなものになりました。


「申し訳ありませんが、エランの滅びの元になってまで生きようと思いません。偉大なるアラもまたそうであったと聞いております」


 ユッキー社長はニッコリ笑って、


「それもまた選択。アラもそうだったよ。さて、コトリ、シノブちゃん、今夜は飲みに行くよ」

「ではミサキも」

「ミサキは留守番。ディスカルを一人にする気なの。そうそう、今夜は朝まで飲み明かして帰らないからね」

「そうや、帰るのは明日の昼すぎてからかな」

「コトリ、それじゃ、可哀想だよ」

「そうですよコトリ先輩。明後日まで飲んでましょう」


 えっ、えっ、そしたらユッキー社長はすくっと立ち上がり朗々と、


「恵み深き主女神に代わりて首座の女神が宣す。ディスカルを三座の女神の男と認めたり」


 コトリ副社長が、


「そういうこっちゃ、売れ残りは残念会でもやるわ」

「私はまだ売れ残りではありませんよ」

「シノブちゃんも気を付けないと売れ残りになるで」

「コトリ先輩と同じにしないで下さい」


 三人はキャッ、キャッと言いながら玄関に向かいながら、


「どんだけ燃えるんだろ」

「そりゃ、灰になるまでに決まってるじゃない」

「そんでもって、灰の中から不死鳥のように甦り」

「また灰になるまで燃え上がる」


 ええ、燃えさせて頂きます。首座の女神の宣言を頂いているのですから、もうなんの遠慮もあるものかです。今はそれだけを考え、それだけに集中します。ディスカルは、


「どういうことだ」

「あれはエレギオン式の結婚式よ。古代エレギオンでは女神の男と正式に認めてもらうには、首座の女神の承認と宣言が必要なの。その宣言を頂いたの」

「えっ、ではミサキとは夫婦・・・」


 地球とエラン、文明も文化も違うけど、アレだけは同じ。今から夫婦としての初夜。ミサキは幸せ。余計な事はもう考えない。今はディスカルと燃えたいだけ。言っときますけど、そんなに激しくありませんから。

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