第3話 禿頭

 明日、東京駅から新幹線で高崎まで穂花は一人で行く。半年付き合った政治記者の安藤海斗が一緒に行くのを頑なに拒んだからだ。穂花の話を聞いた海斗の表情は冬の夕暮れの様にさっと暗くなった。

「俺、行かない。パスするわ」

 半分旅行気分でいた穂花は海斗の以外な言葉に目を丸くしながら、

「何で、行こうよ。ずっと旅行行ってなかったじゃん。行こう、決まり」

 と逃げ腰の海斗を包囲するように断定的に言った。

「ダメだよ。俺、政治記者だし、そういう宗教とかと関わると、信用落とすから。オカルト好きの政治記者なんて思われたら。取材しにくくなるだろう?」

「そうかな。政治家とか実業家とか、結構宗教にはまりそうじゃない」

「どういう意味だよ」

「だって、先のわかんないことやってるから。不安になるんじゃないのかな。そういう時の判断を教祖様に仰ぐの、違う?」

「まあ、そういう人はいる。でも、俺はそういう人を取材する立場。やっぱり、信用はね、、、」

 煮えきらない態度をして何とか逃げようとする海斗に穂花は、

「わかった。海斗はそうやって、安全圏からすぐものを見ようとするのね。そのうち政治家と癒着して、提灯持ちの記事ばっか書くんだ」

「なんだよそれ、穂花だって自分のしようとしてることわかってるの?新教宗教に入ってる友達の事を探ろうだなんて。そんな事して何になるの」

「いや、それは、、、」

 不意の反撃に穂花は口をつぐんだ。昔から新興宗教に興味を持つ人間に関心があったなんて海斗には言えなかった。何でも話せるような仲とはいえ恋人には出来るだけ良いイメージを持ってもらいたかった。

「みんなが美夏の事を心配してるんだよ。私が率先して調べて、みんなを安心させないと」

「そうか、、、。でも、危なくないか?」

「いいの。私、美夏やみんなの為なら、、、」

 海斗を引き込む事は出来なかったがこれで自分のイメージは何とか保たれたと穂花は思った。しかし、一人で群馬か。子供の頃から引っ込み思案で、家にかかってきた電話にも一人で出られない自分が、随分思いきった事をするものだと穂花は思った。そう思うと急に怖くなったが、海斗の関心した表情を見ると、顔だけは無理に笑顔を作るしかなかった。随分な墓穴を掘ったものだと、穂花は思った。


 緑の映える景色が車窓を流れ行く。大宮を過ぎた頃からすっかり畑が多くなった。都会育ちの穂花は地方都市の事をイメージするのが苦手だ。東京生まれの東京育ち。今は神奈川に住んでいるが、神奈川もかなりの都会だ。小さい頃、祖父母が住む東北へ泊まりに行ったことがあったが、そういった地方の田舎は穂花にとって出かけに行く場所で、決して帰ってくる場所ではない。

 穂花は車窓からの景色をまるで博物館にでも来たかのような新奇な興奮で眺めていた。車内販売で買った駅弁の空箱をたたみながら穂花はこれから自分の知らない場所へと吸い込まれて行くような気持ちになった。窓から見える畑や畦道がまるでトンネルのような役割をして、自分を今まで住んでいた世界から非現実的な世界へと誘うのだ。そう思うと、穂花は白い肌に鳥肌が立つのを感じた。 

 穂花は一週間、群馬の北にある船形村に滞在する予定だった。人口数百人の小さな村でそこに美夏がいるという新興宗教「試みの扉」があるのだそうだ。「試みの扉」について穂花はネットで調べたが情報がほとんど出てこない。ホームページもないし、亜紀が言っていた怪しい教義の話も出てこなかった。ただ、一つだけおかしな情報が個人のブログに載っていた。そこには「試みの扉」の広報担当と呼ばれる人物の写真だった。名前は米沢蘭堂。頭をピカピカに丸めた人物だが着ているのはスーツとネクタイというアンバランスな外見だった。ブログに載っていた写真は「試みの扉」の配っていたチラシからのもので、写真と一緒にチラシからの文章が掲載されていた。


 皆さま、私ども試みの扉は、教義を持っていますが、宗教ではありません。私くしどもの目指しているのは人的な哲学なのです。それを教義というわかりやすい方法でお伝えしているに過ぎません。いわば、宗教を隠れ蓑にした若者たちに対する授業を目的としております。現代の悩める精神が求めるのは、私どもの人的な哲学に他ならないと存じております。自らの平安を願う人は必ず私どもの元へ集うでしょう。ザザラ様の教えのまごうことなきお姿を目にされる事と思います。悩める方は是非、下記の住所までお越しください。


 何のことやらわからない。穂花はチラシの文章を読んでそう思った。もしかしたらこういう書き方の方が謎めいていて人の関心を引くのかもしれないとも思った。だとしたら、この書き方は戦略的なのだろうか?しかし、宗教ではないとはいったいどういう事だろう。そう断った上で、サザラ様という教祖らしき名前が出てくるし、、、。ブログを書いていた人はこんな一文を添えていた。


 やる気あんのか?


 そうだ。やる気あるのだろうか?ちゃんと新興宗教やってるのだろうか。穂花はかすかに心配になってきた。もしかしたら自分が群馬まで遠出するのも無駄足なのかもしれないと穂花は思った。こんなのはオカルトの流儀に反する、とまで思った。その事を思い出すと、蘭堂なる人物の禿頭とスーツ姿のアンバランスにまで、ケチをつけたくなった。

 穂花がイライラしていると車内アナウンスが響きもうすぐ高崎に着くという事を告げた。さあ、どうやってこの団体の施設に潜り込むべきかと、穂花は考えた。まずは自分がチラシを読んで興味を持ったとでも言うか。よくお店のアンケートでどうやって店のことを知ったのかという項目があるが、その項目があれば穂花は即、ネットでという場所に丸を付けるのに、と思った。











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かくれんぼ ぽんの @popopokokoko

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