第2話 落雷は三度おちる

「それ、どんな宗教なの?」

 少し考えるような表情をしながら亜紀は目を天井に向けて、

「神様。天の神様がその建物にいるらしくて。確か、サザラ様って呼ばれてるとか。全能の神様で、この世の中は悪しき影に覆われていて、そのせいで人々は争いあってるって、、、。生き神様らしいのね。」

 興味に膨らんだ目を輝かせた穂花は、

「うわ、興味あるわ。どんな教義なの?」

 と問い詰めるように聞いた。

「教義?あー、よくある話だよ。世界は今なんちゃら期で闇の中だから、いつからサザラ様が世界に救いの手を差し伸べて、サザラ様を信じていたものだけが、天にある楽園に行けるとか、そんな話」

「はは、ホントそれは普通すぎるわ。でも、サザラっていう名前おもしろいね。そこはセンス感じるよ。新興宗教はキャッチーじゃないとね」

 穂花の勢いに少し冷めた顔になった亜紀は、

「穂花、学生の頃からオカルト好きだったよね。UFOとか、超古代文明とか、オーパーツとか、、、何がおもしろいの?」

 と隠す事ない呆れ顔を穂花に向けた。

「私はオカルトは信じてないの。でも、作り話を読むのおもしろくない?作り話って信じ込むより、最初から作られたものだって思ってしまえば楽しめるものなんだよ。で、何が原因で近隣住民とトラブルになってるの?念仏がうるさいとか?」

「違う、違う。そうね、勧誘というか。実際はハガキサイズのコピー用紙にプリントした、いかにも素人が作ったような、教義の内容が書いてある紙を近隣のポストに投函してただけなんだけど、地元の少年少女たちの反応がすごいのよ」

「少年少女の?若い人たち?10代とか」

「そうなの。何が子供達を惹きつけるのか分からないけど。みんな「試みの扉」の施設に行ったきり戻ってこないの」

 ふーん、と腕組みをして、穂花は昔の事を思い出した。十七歳の頃、ネットで知ったある仏教系の新興宗教の講演会に言った事があった。その頃の穂花は親や学校とソリが合わないで、自分や世界が苦しみ傷ついているのは、みんな上の世代のせいだと思っていた。講演会に行ってみると頭を丸め黄色い法衣を来た若い教祖が、亜紀の言ったようなお決まりの終末論を熱っぽく語っていた。世界は老人たちの発する後退エネルギーと呼ばれる負のエネルギーによって崩れようとしている、三十代以下の人間だけが持つことができる進化エネルギーと呼ばれる正しいエネルギーだけが宇宙の果てにある救いの方舟「パーラ」の回路を起動させ、それが2003年にいよいよ地球にやってくるというのだ。

 穂花はその少年漫画のようなストーリーにすっかり落胆して、もう帰ろうと思って周りを見渡すと自分と同い年くらいの若者達が目をキラキラさせて教祖の話を聞いているのだ。講演には興味がなくなったが、穂花はその若者達に興味を持った。いったいこの荒唐無稽な話のどこに真実を見ているのだろう。どこか一つでも信じるに値する事がありがたいお話に含まれていただろうか?その時から、穂花はオカルトに興味を持ち始めた。正確にはオカルトを信じる人たちの気持ちが知りたくなったのだ。だから、オカルトが主張するお話にその答えがあると思ったのだ。

「子供達が戻ってこないのも分かる気がするわ」

 と穂花は深く頷くように言った。そして、

「そういう、子供達は自分たちの心の中が空っぽだって知ってる。だから何か夢中になれることとか、信じられる事が必要なんだよ。それがちょうどその宗教の教義だったんじゃないの?きっと、その子達の親は子供達に生きるのに必要なお話を与えられなかったんだよ」

 と今まで誰にも話したことのない持論を語った。

「生きるのに必要なお話?」

「例えば、将来、素敵なお金持ちと結婚して子供を産んで幸せになるとか。それって、今の時代だと前時代的な押し付けのサクセスストーリーだけど、生きてくのに必要なだけのストーリーだと思わない?」

「なるほど。私もそのお話信じてるわ。それで、今の旦那と婚活して結婚した」

 少しはにかむような笑いを亜紀は作った。

「そういうストーリーをみんな持ってるでしょ。でも、新興宗教信じちゃう子達にはそういうストーリーがないのだと思う」

「そうね、そうかもね。でも、それが分かっても美夏がなぜその新興宗教に入ってるのかはわかんないよ。今話してるのは美夏の話だから」

 穂花はポンと手を叩き、それよ、という顔つきをした。

「それよ。亜紀の話聞いて、私、美夏からどういう教義を信じたくなったのか聞いてみたくなっちゃった。私、今度群馬に行ってくる」

 急な話に亜紀は驚いた顔で、

「え、やめなよ。今日連絡しないで会いにきたのも、美夏の話もあったけど、ちょっと驚かせようくらいの事だったの。だって、一年も会ってなかったでしょう?美夏の事はいいのよ、いくら学生時代の友達だって、個人の信仰の自由にまでは立ち入れないでしょう」

 と穂花が興奮するのは自分の責任だと言わんばかりの弁解の仕方で言った。穂花は亜紀の話など聞いてないように、

「今付き合ってる彼が、ちょっと、そういう調べごとに詳しいの。だから、相談してみる。それで、出来たら自分の目で確かめてくる。今、世の中がこんなでしょう。仕事激減しちゃって暇なのよ。ちょうどいいわ。」

 と群馬に行く気満々だった。

「そんなに言うなら止めないけど。なんか、他にもあんまり良い噂聞かないから気をつけた方がいいよ、君子危うきに近寄らず、だよ」

「どんな噂なの?」

「うーん、まあ、ホントかわかんないから言わない。調べてればいずれそういう噂も耳にするでしょう」

「そうか、それは楽しみ。亜紀、報告待っててね」

 穂花はこれは良い娯楽が見つかったぞと思った。

 セミの声が店内まで入り込んできた。そういえば今日は終戦の日だったんだな、と穂花は思い出した。今頃、美夏は群馬の田舎でどんな気持ちでいるのだろう。穂花は美夏の現在を思って少しだけ美夏がかわいそうになった。そう思ったのと同時に遠くで雷の音がした。続けてもう一発、感覚をおいて大きいのがもう一発。

「あー、洗濯物!」

 干しっぱなしの洗濯の事を穂花は思い出した。そして傘も持ってない事を。外はにわかに掻き曇り、どしゃぶりで街の輪郭がぼやけた。慌てる穂花の様子を見て亜紀が嬉しそうに笑った。しばらくは店で雨宿りのコースになった。














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