第5話

「着いたぞ。ここだ」


「あっ、は、おはようございます」


「静かに寝るね」


「体力回復なんで」


 三十分ぐらいは、寝ただろうか。郊外の、ベッドタウン。


「ここに会社なんてあるんですか?」


 見たところ、海沿いの小さな村。墓と寺しか見当たらない。あと、なぜかでっかい病院。


「あの病院に、土地の権利者がいるらしい。そして、なぜか、モール会社の役員がひとり、体調不良でこの病院に来たんだと」


「へえ。情報通っすね」


「マネージャがな。仕事を受けたと聞いて、よろこんで調べ回ったらしい。地上げ屋さんにも聞いたのかな。まあ、あいつが来るとうるさいから、サクッと行ってしまおう」


「おっす」


 病院のエントランス。


 入ろうとして、気付いた。視線。


「あっ、大将」


「ん?」


「見られてます。車に戻りますか?」


「おお、荒事か。こわいから車に戻って、いつでも発進できるようにしとくよ。どこで待機すればいいかな」


「地下駐車場あるかな、ええと」


 館内の地図。ある。地下駐車場。


「地下駐車場でおねがいします。そこまで引っ張っていくんで。たぶん強敵っすね。向こうにも俺の気配がばれた」


「そうなのか。すごいなあ。じゃあ、地下で」


「おっす」


 山さんが、病院を出ていく。足取りが、冷静だった。

 あのおっさん、相当な肝っ玉なのか。山を登るって、もしかして、天険のやばい山とかなのかな。


「さてと」


 階段。地図で確認して、下にゆっくり降りた。各部の筋肉を、さわって確認する。


 よし。どこも異状はない。車で寝てて固まったところは、揉んでほぐれた。今すぐにでも、戦闘が開始できる。


 地下への扉を、開けた。


 地下駐車場。


「いや待て」


 地下への扉。病院やってる時間なのに、閉まっているのはおかしい。


 後ろか。


 回し蹴りが飛んできた。避けず、首の筋肉でやわらかく受ける。そしてその衝撃を利用して、回転しつつ裏拳。


「おっ」


 手応えがない。同じ方法で威力を削がれた。


「おうおう。その筋肉でずいぶん柔らかい動きしますね。どこのプロテイン飲んでるんですか?」


 話しかけてくる。無視した。


 扉を閉めて、一回自分が通りすぎるまで気配を消していた。かなり強い。その人間が、話しかける。つまり、まだ誰か、いる。


 襲ってきているのは向こうだから、時間稼ぎではない。


「うわ、筋肉量すごいなあ」


 筋肉をほめられるのは、敵とはいえうれしい。


「あ」


 山さん狙われていたらどうしよう。


 クラクション。車の動く音。


「よしよし」


 視界内に、山さんの車。自分の脇に止まって、ハイビームを相手にだけ照射。


「うわまぶしっ」


 目を閉じた隙を衝いて、駆け寄る。


 少しだけ加減をして、腹に拳を打ち込んだ。


 硬い音。相手が吹っ飛んだ。きれいに一回転して、着地する。


「いってえ」


 相手。効いていない。というより、あの硬さ。こいつ。もしかして自分と同じか、それ以上の筋肉密度なのか。


 集中した。筋肉のある場所は狙えない。関節か、頭か、身体の軸を狙うしかない。目はもうハイビームで使ったから、二度目はうまくいかないだろう。


「おい」


 声。


 後ろから。


 振り返った。


 こちらから三十歩ほどの距離。男。


「まともに打ち合ってどうする。俺が来るまで待てと言っただろうが」


 しまった。


 いちばんだめなタイプだ。声が頭を突き抜けていく。足が動かない。


 これだから、精神を揺さぶる系は。


「あ?」


「え?」


「どうしたのこいつ。動かねえけど」


 歩いてくる。まずい。いま打ち込まれたら、反撃できない。


 背中に衝撃。呼吸ができない。屈んだところで腕を取られた。曲げられる。まずい。これ以上動くと腕が折れる。


「とりあえず制圧しとこうか」


「そうだな。目と耳を開かせろ。車のなかのやつが出てくる前に終わる」


「はいはい」


 目。こじ開けられる。


「うごくな」


 声が、頭を揺らした。


 動けない。


 身体に力が、入らない。


「車の人、出てきてもらえますか?」


 だめだ。出てくるな。声にならない。


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