第3話

「さて、行くか。どちらから回る?」


「んなもん決まってますよ。両方回って両方ぶちのめします」


「良い筋肉具合だ。ではそれで行こう」


 山さんは見たところ精神を利用するタイプだが、どうやら肉体派にも理解があるらしい。


「バックアップは俺が行うということなんだが、正直、俺は山に登ることと絵を描くことぐらいしか能がない。だいたいのことは任せるよ」


「そっすか」


「ただし、ひとつだけ」


 山さん。車に乗り込む。自分も、後ろに乗り込んだ。乗って気付いたが、かなりの高級車。外装は普通の安い車にしか見えないのに。


「ハイリスクローリターンは俺としては避けたい。ここぞの選択は、こちらに従ってもらう」


 真剣な声。やはり、精神的な揺らぎを利用するタイプ。


「どうぞどうぞ。俺からもひとつ」


 シートベルトをつけた。


「その、真剣に真面目にものを言うの、できれば避けてもらえるとありがたいです」


「なぜ?」


「おれ、中身が空っぽなんで、真剣な言葉とか真面目なトーンが、なんつうか、刺さるんですよ。棘みたいに」


 山さん。ハンドルを握って、無言。


「そいつは、すまないことをしました。ごめんなさい」


 柔らかい口調。


「いや、ありがとうございます。でも敬語じゃなくていいっす」


「そう?」


「仕事仲間っすから。どっちから行きます、山の大将」


「大将ね」


 エンジンがかかり、車が発進する。とても、やさしいスタート。


「商店街から行こう。近いし」


「いいっすね」

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