姉の気持ち

「ぷはー、お酒は最初の一口が一番美味しいわ」


 温泉から上がった夏希は、浴衣姿でお猪口に入った冷えた日本酒を一口で飲み干す。

 飲み方とお酒の種類が親父くさい。


「海斗くん、ご飯が凄い豪華だよ」

「そうだな」


 海斗、愛奈、澪、夏希は一部屋で集まってこれからご飯を食べるとこで、食事にはアワビに伊勢海老といった海の幸がたくさん使われていた。

 ただ、夏希の飲みっぷりのせいで台無しである。


「姉ちゃん、お金大丈夫?」


 宿泊費は全て夏希が出してくれるため、海斗は少し心配になった。

 社会人になってお金はあるだろうが、ここまで豪華なご飯だと宿泊費が凄そうだ。


「美少女と旅行に行けるのだから奮発しないといけないと思って。大学生の時からバイトでお金を貯めてたし大丈夫よ」


 変態な趣味をしていてもしっかりとしているし、本人が言っているのであれば大丈夫だろう。

 さすがに美少女との旅行のためだけに全財産を使うバカはいない。


「そうか。ならお礼として青井は貸しだろう」

「本当? 澪ちゃんカモーン」


 お金を出して貰っているのだし、多少はサービスしてもいいだろう。

 既に良い始めて顔が赤い夏希は、澪に手招きをして隣に座らそうとしている。


「何で私なの? 貸し出すとか私は原田くんの所有物じゃないよ」


 断固拒否をする澪。

 変態の相手をするのだ誰だって嫌だろう。


「姉ちゃんは女好きだから俺が相手するわけにはいかないし、愛奈は俺のものだか無理。だから青井になった。ガルル……」

「理由はわかったけど、相変わらず威嚇はするんだ」


 身内や愛奈以外の人になると、どうしても海斗は反射的に威嚇してしまう。

 虐めによって植え付けられたトラウマは相当大きいということだ。

 澪は一切虐めていないのだが。


「姉ちゃんがいなかったらこんな料理食べれなかったぞ」

「確かにそうだけど……」


 今回の旅行は夏希が奮発してくれたから叶ったので、何かしらのご褒美があってもいい。

 澪はどうしていいかわからないといった様子だ。

 もしかしたら以前に抱き締められたり、キスされそうになったことがあるのかもしれない。


「澪ちゃん、私のものになって」

「姉ちゃんはうるさいから口にチャックして」


 変態発言されたら澪も絶対に断るだろうし、今は黙られた方がいいだろう。


「私を黙られたかったらキスで口を塞ぐしかないわね」


 こんな発言するから酔っぱらいの相手は面倒だ。


「うぜえ」

「ウザい? 海斗を育てたのは誰だと思っているの?」


 お猪口に入った日本酒を飲み、夏希は海斗を見てくる。

 日本酒はアルコール度数が高めのようで、いつもよりお酒の回りが早い。

 既に一合飲み干していて、明日に響かなければいいのだが。


「俺を育ててくれたのはジョンだな」


 学校以外はほとんど一緒にいたし、今は天国から海斗を見守ってくれているはずだ。


「それは否定出来ないわね……」

「否定出来ないんだ……海斗くんにとってそれほどジョンは大切な存在だったんだね」

「まあな」


 一生忘れることなんて出来ないだろう。

 今でも一緒に寝た時のことを昨日の出来事のように思い出せる。


「それで、誰が私の口をキスで塞いでくれるのかしら?」


 夏希は愛奈と澪を交互に見るが、二人は首を横に降って断ってしまう。


「姉ちゃんは彼氏を作ろうと思わないのか?」

「思わないわね」


 即答だった。

 普通は欲しいと思うだろうが、女の子大好きな変態の脳には彼氏という単語はないらしい。


「彼氏にするなら……海斗がいいわね」

「何で?」


 予想外の言葉に、海斗は思わず大きな声を出してしまう。

 姉から言われたら誰だってそうなる。

 酔っぱらって意味不明なことを言っているだけかもしれない。


「だって海斗は私と結婚するって毎日言ってたじゃない」

「小学生の時な」


 子供の頃は年上に憧れを抱くもので、海斗にとっては夏希がそうだった。

 しっかりしていて頭も良く、何より弟想いの夏希に惹かれていたとこがあったのだ。

 だけどあくまで小学生の時話で、今は変態の酒好きな姉と思っている。


「毎日言われていたら弟相手でも意識しちゃうわ」

「するなよ。俺たちは姉弟だぞ」


 全くもう……と海斗はため息ををつく。


「二次元では姉弟であっても付き合うじゃない」

「実姉は対象外になるがな」

「あら、私たちは義理で血の繋がりはないわよ」

「……はい?」


 またしても予想外のことで、海斗目を見開いてしまう。


「私と海斗に血の繋がりはないの。聞いてない?」

「初耳だ」

「私も初耳なのだし、海斗が知らなくて当たり前ね」

「おい、この酔っぱらい」


 言った本人が初耳ということは、海斗と夏希は血の繋がりがあるということだ。


「でも男の中では海斗が一番好き。これは本当のことよ」

「……マジ? 酔って適当なことを言ってるだけじゃなくて?」

「本当よ。私が女の子大好きになったのも海斗が原因だもの」


 酔ってはいるものの、夏希は真剣な表情になる。


「実の弟に手を出すことなんて許されない……よし、女の子を好きになろうと思ったのよ」

「意味不明だ」


 まさかの告白に海斗は驚きを隠せない。

 それは愛奈と澪も同じようで、何も言わずにポカーンとした表情をしている。

 女の子大好きだと思っていたのに、実はブラコンだったとなれば驚くだろう。

 しかもブラコン隠すために女の子を好きになろうとしたのだから尚更だ。


「まあ、実際に女の子大好きになったのだけど。愛奈ちゃんに抱きつこうとすると海斗が邪魔してきて触れ会えるから嬉しかったり」


 何故か照れる仕草をする夏希。


「そうか。女の子大好きなブラコンで変態度が増したな」

「姉に向かって酷くない? でも、あれ以上海斗と一緒に住んでいたら手を出しそうだったから一人暮らしを始めたのは事実ね」

「やっぱり変態じゃないか」


 一人暮らしした理由が特殊すぎて、海斗は夏希にドン引きしてしまう。

 もう少し一緒いたら襲われていた可能性あったのだから。


「だから将来は愛奈ちゃんと一緒に貰ってちょうだいね。男は海斗以外興味ないし」

「もらわねーよ」


 誰が実の姉を嫁にしようとする弟がいるだろうか?

 少数であれいるかしれないが、海斗はシスコンというわけではない。


「私も……貰ってくれない、の?」


 隣に座っている愛奈が上目遣いで少し目に涙を浮かべて尋ねてくる。

 貰わない発言で我慢出来なくなったのだろう。


「今のは姉ちゃんに向けて言った言葉だから。愛奈は別」

「そっか。えへへ」


 可愛らしい笑みを浮かべる愛奈頭を優しく撫でる。


「むう……こうなったら私も実家に住もうかしら」

「通勤が大変だろ」

「海斗と愛奈ちゃんと一緒に住めるなら苦じゃないわ」


 このままでは本気で一緒に住みそうだ。

 でも、実家なのだし、無理に追い出すことなんてできはしない。


「まあ今は箱根旅行を楽しみましょう。お酒美味しいわ」


 告白しといてマイペースな夏希に、三人は唖然とするしなかった。

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