旅行当日の朝

「海斗くん、朝だよ」


 優しい声が聞こえ、誰かが肩を揺らしている。

 まだ重い瞼を開けてみると、目の前には海斗に抱き締められている愛奈の姿。


「今日は土曜日だぞ。しかも朝早い……」


 「むにゃむにゃ……」と部屋にある時計で時刻を確認した海斗は再び目を閉じる。

 せっかくの休日なのだからゆっくり寝たいし、出来ることなら午前中はベッドから出たくない。

 先週の土日は遅くまで寝させてくれたのに、何で今日は早く起こすのだろうか?

 そんな思いに一瞬だけかられたが、海斗の意識は眠気で夢の中へ入っていきそうになる。


「海斗くん、今日は箱根に行くんだよ」

「ああ~……そうだった」


 寝てしまいたいという気持ちを我慢し、海斗は目を指で擦る。

 自分から言い出したことなので、このまま寝てしまうわけにはいかない。

 「ふわあ~……」と盛大な欠伸をしながら身体を起こす。


「おはよう愛奈」

「おはよう。んん……」


 いつものようにおはようのキスをし、旅行に行くために着替えたり歯を磨いたりする。

 荷物は前日までに用意しておいたため、もういつでも出かけることは可能だ。

 愛奈は大好きな海斗と一緒に旅行に行くためかとてもお洒落をしており、花柄のワンピースはとても似合っている。


「姉ちゃんめ……何で箱根行くのにこんな早い時間を指定してきたんだ?」


 午前六時には行けるようにしてほしいと連絡があったのだが、箱根なのでもっと遅い時間でも問題はない。

 何か理由があるのだろうか? と疑問を持つが、夏希がこんなに早い時間に来るなんて一つしかないだろう。


「あ、い、な、ちゃーーーん」


 玄関のドアが開けられたと思った瞬間に、愛奈の天敵である夏希が現れた。

 朝からテンションが高く、本当に近所迷惑だ。

 来るのが早すぎで、愛奈に言う暇すらなかった。


「姉ちゃん、早く愛奈に会いたかったからこんな時間にしたのか?」

「うん。愛奈ちゃん、久しぶりー」


 愛奈に抱きつこうとしている夏希に、海斗は身体を使って止める。

 毎回抱きつこうとしないと気がすまないのだろうか?

 前に美少女を家に連れて来た時はここまで過激ではなかったのだが、愛奈相手だと理性を失った獣みたいに抱きつこうとする。

 よっぽど愛奈のことを気に入っているようだ。

 アニメの世界から飛び出してきたんじゃないかと思える容姿なのだし仕方ないのかもしれない。


「愛奈ちゃんのためにお洒落したの。似合ってるかしら?」

「似合ってないから隙あらば抱きつこうとするの止めろ」

「私は愛奈ちゃんに聞いてるの。それに美少女に抱きつくのは私の生き甲斐なの」


 そんなこと知るかと思いつつも、海斗は抱きつこうとする夏希を静止させる。

 ブラウスにフレアスカートはとても似合っているが、言ったら調子に乗るだけだ。

 愛奈も言うといけないと思ったのか、感想を口にすることなく苦笑した。

 何も言ってれないのが悲しいらしく、夏希の瞳はうるうると涙がたまっている。

 よっぽど褒められたかったのだろう。


「そういえば、友達とやらはどうしたんだ?」

「これから迎えに行くわよ。海斗が愛奈ちゃんを独占するからその子とイチャイチャするしかないじゃない」


 やっぱりイチャイチャしたいから友達を呼んだようだ。

 一緒に来なかったということは、この辺りに住んでいる人なのだろう。

 少し家でのんびりした後、残りの一人を迎えに行くために車に乗った。


☆ ☆ ☆


「何故だ……何でこいつがいるんだ?」


 残りの一人とは澪らしく、「おはよー」と挨拶をして車に乗り込んだ。

 反射的に澪に「ガルル……」と威嚇してしまいう。


「相変わらずの威嚇……それに私には青井澪って名前があるんだよ」

「何? 海斗は澪ちゃんが苦手なの?」

「苦手だ。リア充は滅びればいい」

「彼女がいる原田くんがそれを言う? 私は彼氏いないのに」


 確かに愛奈のおかげで少しマシな生活になってきたが、海斗は自分がリア充だと思っていない。


「というか知り合いだったのね。お姉さんビックリ」


 驚いているようにはとても見えないくらい棒読みだった。

 最初に言わなかったのだし、同じ学校に通っていることくらい知っていたのかもしれない。


「澪ちゃんって夏希さんと友達だったの?」

「うん。趣味が同じなんだ」

「姉ちゃんと趣味が同じということは可愛い女の子大好きな変態……ガルルルル」

「威嚇度が上がった? 私は女の子大好きじゃないよ。漫画とかアニメ」


 そういえば前に漫画を読んでると言ってたことを思い出した。

 何かのイベントで知り合って意気投合したのかもしれない。

 だとしたら澪も夏希同様に重度のオタクなのだろう。


「はあはあ……澪ちゃんも可愛い」

「朝っぱらから発情すんな。この変態」


 ショートパンツから出ている澪の太ももに興奮したらしく、夏希は口からヨダレをたらしてしまっている。

 本当に女の子大好きな変態で、夏希は一生独身かもしれない。


「この変態な姉の友達になってくれてありがとう」

「さっきまで威嚇していた原田くんが私にお礼を言った?」


 心底驚いたような顔に澪はなる。

 威嚇するほど毛嫌いしていたはずなのに、いきなり感謝の言葉を口にされたら仕方ないだろう。


「本当に姉に対して辛辣な弟ね。海斗だけ置いていこうかしら」

「そんなことしたら箱根に一人旅になるぞ」


 海斗が行かないと必然的に愛奈が行くことがなくなるし、澪だって変態な夏希と二人きりで泊まり嫌だろう。


「仕方ないわね。それじゃ箱根に向かいますか」


 四人を乗せた車は、箱根へと向かいだした。

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