学園のアイドルのお願い

「本当にごめんなさい」


 保健室で愛奈のことを抱き締めて寝てしまった海斗は、ベッドから降りて頭と手と膝をついて謝った。

 いわゆる土下座というやつだ。

 彼氏でもない人に抱き締められてしまったのだし、愛奈が嫌がっていてもおかしくない。


「大丈夫だよ」


 まるで天使のような笑みを浮かべて許してくれた。

 こんなにも可愛くて優しい性格をしているのだし、学校の男子から絶大な人気が出ているのもわかる。

 ただ、海斗が愛奈に惚れるということはない。

 どんなに可愛く思えても、それだけで惚れる理由にはならないからだ。


「天野は優しいんだな」

「そんなことないよ。流石に服を脱がされそうになった時は焦ったけど」


 脱がそうとしたという言葉に海斗は「マジ」と聞くと、愛奈は顔を真っ赤にして「うん」と答えた。

 それで許してくれるなんて、まるでじゃなくて本当に天使だ。

 もう頭を上げても大丈夫な感じがしたので、海斗はその場に立ち寝て縮こまってしまった身体を「んん~」と伸ばす。


「てかもう放課後じゃんか」


 保健室にあった時計を確認すると、今の時刻は十七時を過ぎている。

 部活がない生徒はもう帰っている時間で、窓の外から夕日が差し込んでいた。


「そうだね。まさかこんなに寝るなんて思ってもいなかったけど」

「ごめん」


 先程から海斗は冷や汗が止まらない。

 もし、愛奈を抱き締めて寝たことが男子にバレてしまえば、確実に何か言われる。

 嫉妬や殺意の視線に当てられるだろう。

 そんなのはボッチの海斗が望むことではない。


「大丈夫だよ。その代わりお願いがあるんだけどいいかな?」

「お願い?」


 このことを他の人に言われたくなければお金を寄越せみたいなことだったらどうしよう? と思い、海斗は思わず息を飲んでしまう。

 心優しい愛奈がそんなお願いをするなんて想像がつかないが、それでも身体が……心がどうしても反応する。


「私と友達になってボッチについて教えてよ」

「……何て?」


 全く予想していなかったことで、思わず聞き返してしまう。

 もちろん聞き取れなかったわけではなく、ボッチの海斗と友達になりたい人がいるとは思わなかったからだ。


「だから友達になってボッチについて教えてよ」

「何で学校一の人気者がボッチについて知りたいのさ?」


 いつも周りに人がいるほどに愛奈は人気があり、普通はボッチについて知りたいなんて誰も思わない。


「それは秘密だよ。海斗くんが何でボッチになりたがっているのか教えてくれたら私も教えてあげる」

「じゃあいいや。てか名前?」

「一緒にベッドに入ったんだから名前で良いでしょ? それに海斗くんは私のことを抱き締めたし」

「それについては悪いと思っている」

「じゃあ友達になってね。私のことも愛奈って呼んでいいよ」


 親しくもない異性を抱き締めて寝るなんて、よほどのことがないと体験することではないだろう。

 それについては許してくれているとは思うが、愛奈は抱き締められたことをダシに使って海斗と友達になろうとしている。

 何でかは良くわからないので、すぐに海斗は「うん」と首を縦に振ることはしない。


「海斗くんは変わってるね。普通の男の人は仲良くしたがるよ」


 その言い方は自分が可愛いと自覚しているように聞こえる。

 あれだけ告白されれば可愛いと思わない方がおかしいかもしれない。

 恐らく告白された回数は五十は越えているだろう。

 これは海斗が噂で聞いただけなので、本当はもっと多いかもしれない。

 告白された回数なんて本人しかわからないが、全く興味がないので聞こうとはしなかった。


「俺はボッチでいたいんだ」


 不満なのか、愛奈は「むう……」と頬を膨らます。

 友達になろうと言っているのにボッチでいたいと返されては仕方ない。


「じゃあ何で体調悪そうにしていたかは教えてはくれるよね? 今は顔色良さそうにしているし寝不足かな?」

「それくらいならいいか。実は大型犬を飼っていたんだけど死んじゃったんだ。いつも一緒に寝ていたんだけど、亡くなったショックとあのモフモフした感触がなくてここ数日ほとんど眠れなくて」

「そうなんだ。ジョンっていうのは犬の名前なの?」

「何で知ってる?」

「だってジョンって言ってたし」


 保健室に着いてからは全く記憶がなく、気がついたら愛奈を抱き締めている状態だった。

 愛奈を抱き締めたし時に勘違いして言ってしまったのだろう。

 今でも愛奈を抱き締めた時の感触が残っている。


「でもそっか。飼っていたペット亡くなったのはショック受けるよね。眠れなくてなっちゃうくらいだし、家族同然だったんでしょ?」

「そうだな。昔からずっと一緒だったし」


 一緒にいた時のことを思い出してしまい、海斗の瞳からは一筋の涙が流れてしまう。

 もうどんなに求めても帰ってこない。

 天国で安らか眠っていることを祈るのみだ。


「海斗くん……」


 愛奈が涙を拭ってくれる。

 本当に優しく、ボッチなりたいと思っていなかったら惚れていたかもしれない。


「ジョンがいなくなってこれから寝れるの?」

「わからん」


 亡くなったショックはしばらくすれば癒されるだろうが、あのモフモフはジョンといなければ味わうことが出来ない。


「あのさ……眠れないんだったら私のことを抱き締めて寝ていいよ?」

「……は?」

「だから一緒に寝ても良いよ」


 頬を赤らめて上目遣いでそんなんことを愛奈は言う。

 付き合っていないのに女の子がそんなことを言うものでない。


「いいよ。迷惑かけるつもりはない」


 それだけ言って海斗は保健室から出ていく。


「もう……海斗くんは強情だな。据え膳食わずは男の恥って言うのに」


 全く興味示さない海斗に、愛奈はため息をつく。


「昔は海斗くんが助けてくれたし、今度は私が助ける番だよね」

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