14 どうか手をのばして
「おいおいおい、どういうことだこれ!?」
解放した月湖ちゃん、もといヘリオトロープフォックスが着地する。
ジャンプして家の上を跳びながらきたんだろう。
「あれ、エクスプレッサーじゃんか。中身は誰かわかるか!?」
「中身は……花袋」
「はあ!? なんで花袋が!?」
ボクの言葉にびっくりしながらも、足による攻撃を受け流しながら、月湖ちゃんは花袋のほうに行く。
「おいキサマ!! 自分がなにやってるのかわかってるのか!?」
「わかってるよ」
でも、花袋は冷たくあしらう。
「君こそ、私のことをなにも知らないくせに偉そうなこと言わないでよ」
「ぐわあっ!?」
足にはじかれ、月湖ちゃんはとばされる。
「月湖ちゃん!!」
「よそ見なんてしてていいの?」
その声に反応してふり返ると、足が視界いっぱいに広がる。
しまった、と思っても遅い。
「きゃあああ!」
ばあん、と地面に叩きつけられる。さっきのとは比べものにならないぐらい、痛い。
「どいつもこいつも、うざったいししつこいな」
「花袋!!」
結ちゃんが叫ぶけど、花袋は答えるかわりに攻撃をする。
あまりにも強すぎる。歯がたたない。
なんとか足どめしようとするけど、攻撃ははじきとばされるし、当たっても効いてる気がしない。
こうしてる間にも、花袋はどんどん第二中に近づいて行ってる。
周辺の人は避難したとは思うけど、花袋の移動が早すぎて間にあってるかわからない。
これ以上、花袋に誰かを傷つけさせたくないけど、できるんだろうか。
そんな不安が頭をよぎる。
なにより、自分が花袋を傷つけちゃったって事実が、ずっしりと重くのしかかる。
ボクが、もっとうまくできてたら、よけいなことをしなきゃ、花袋はこんなふうにならなかった。
「直陽! ぼーっとしてんな!」
月湖ちゃんの言葉にはっとする。足の攻撃をさばいて、花袋に近づこうと必死になる。
とにかく、しゃべってみないことにはなんにもならない。
これは、ワクチンどうこうで解決する問題じゃないんだ。
『空閑サマ、危ないです。少しうしろに下がってください』
「そうだけどっ!」
がんがんと足を殴りながらレイニーに反論する。
「直陽!」
空からやってきたのはパトリスちゃんだ。
よかった、この人数ならいけるかもしれない。
「パトリスちゃん、足おさえてて! ボク、行ってくる!」
「ちょ、だいじょうぶなの!?」
呼びとめるパトリスちゃんに任せて、前につっこむ。
足でできた壁の内側に花袋はいた。こっちを見て、つまらなさそうに腰に手をあてる。
「花袋っ」
「なにしにきたの。痛い目にあう前に帰りなよ」
「そういうわけにゃいかないんだよ!」
手をのばして、花袋に叫ぶ。
「ごめん、ボク、花袋のことなんにも考えずに傷つけた! でも、花袋を助けたいって気持ちはたしかにあるし、本物だ! だから、みんなと一緒に──」
「くどい」
花袋に手首をつかまれた。強い力で、ひねられそうになる。
「いっ……!」
「助けなんていらない。助けられたところで、自分は普通になれないし、なくした時間は帰ってこないんだ」
「それは、そうだけど! それは花袋を助けない理由にならない!」
もう片方の手ものばす。でも、花袋はつかんでくれない。
「花袋! みんなを倒したところで、なくした時間が帰ってこないのは一緒じゃんか!」
「だから許せって? 楽しそうに生きてるやつらを?」
たしかに、花袋の言うとおり、自分に嫌なことをした人が幸せにすごしてるのを見るのは苦しいし悔しい。
でも、復讐を一回でもしたら、これからの花袋はきっと、いままでどおり誰かと仲良くすることはできなくなる。
誰かと嫌なことがあったら、すぐにやり返すことを考えるような人間になる。
そんな花袋になってほしくないし、見たくない。
「ボクは、誰かにやり返して満足するような人間に、心を許したくなんかないよ!!」
「そう。じゃ、放っておいてよ」
花袋はそう言うと、足をボクにすごい勢いでのばしてくる。
だめだ、なにを言っても花袋の心に響かない。
花袋は、ボクが考えてるよりいっぱいこらえてたんだろう。
「花袋……っ」
いったん距離を離して、体勢をたて直そうとする。
でも、また声をかけて、花袋を助けることができるんだろうか?
そうとまどったときだった。
「ねえやばいよ!」
結ちゃんが声をあげた。どうしたんだろとそっちに視線を向けると。
「……嘘」
ここから大きく見えるぐらい、第二中が近づいてた。
ううん、それだけじゃない。考えうるかぎり最悪の状況だった。
第二中に、いっぱいの人が集まってたのだ。
多分、まだ花袋が第二中近くにいなかったとき、避難場所として集まったんだろう。
今、みんな花袋から逃げようと、校舎から出てきてる。
あれだけの人数を守ることなんて、無理だ。
「どうしよう……どうしよう! このままじゃ、みんなも、花袋も!」
「落ちついて! とにかく、花袋の攻撃をおさえこむよ!」
結ちゃんがそう言って、足をひとまとめにしてなぎたおす。
多分、結ちゃんも、パトリスちゃんも月湖ちゃんも焦ってる。
このままじゃ、とんでもない被害が出るどころか、花袋をとめられなくなるだろうから。
「花袋! ねえ! このままじゃ無関係の人まで巻きこむよ! ねえ!!」
でも、花袋はなにも言わない。
花袋にとっては、もう世界中の人が憎い相手なんだろう。
怒りで頭がいっぱいなのだ。
「花袋!」
それでも、ボクは呼びかけるのをやめられなかった。
花袋に戻ってきてほしいから。
花袋を信じてるから。
「お願い、話を聞いて……!!」
そう言って、足をかきわける。もう一回花袋と話すために。
花袋の顔が見えた、そのときだった。
「花袋さん」
聞き覚えのある声がした。
「花袋さん」
「……どうして」
花袋の顔が大きく歪む。明らかに、動揺してた。
花袋の目の前にいたのは、吹瀬さんだった。
自分より大きな怪物になった花袋に、怖がることもおびえることもなく、そこに立っていた。
「あなた、花袋さんでしょう」
花袋は、歯をくいしばりながら吹瀬さんの言葉を聞く。
それはいつ飛びかかってもおかしくない勢いで、でも、みんな花袋への攻撃をとめる。
「花袋さん、あなたがどうしてそんなふうになったのか、私はわからない。でも、あなたのことはそれなりにわかってるつもり。きっと、中学のころの嫌なことを思いだして、自分を傷つけたみんなのことを倒そうとしてるんでしょう」
先生は、全部をおみとおしだった。
「うるさいうるさい!! 先生になにを言われようが、私は!!」
「そうだね。どうしようもなくて、本当に苦しいんだよね。あのときも、いっぱい泣いてた」
吹瀬さんはそう言って、頭をさげた。
「ごめんなさい」
花袋は、すごく驚いた顔をした。
「ごめんなさい、あのときもっといい方法で解決できなくて、助けられなくて、そんな姿にさせて、ごめんなさい……!」
吹瀬さんは泣きながら声をもらした。
それを聞いて、花袋は苦しそうにうなる。
「違う、私は、そんなことを言わせたかったわけじゃ……ただ、みんなが嫌で……」
「花袋さん」
吹瀬さんが、また花袋の名前を呼んだ。
花袋がびくりと肩を震わせる。
「きっと花袋さんは……自分を苦しめたみんなに対しても、そう言うんだろうね。花袋さんは、謝られても、倒しても、納得がいかない」
ああ、そっか。思わず、口を開く。
「花袋は、もうわかんないんだ」
ずっと苦しくて、つらくて、悲しかったんだろう。
でも、『ずっと』嫌だったせいで、気持ちがぐちゃぐちゃになって混ざっちゃって、自分でも、誰のどんなところが、どんな言葉が、どんな仕打ちが嫌だったのか、忘れかけてるんだ。
もう、心は幸せになる準備を始めてたんだ。
だから、吹瀬さんに謝られても、なにもすっきりしなかった。
復讐は、花袋が今求めてる幸せじゃなかったから。
「花袋……」
「違う、違う違う違う!! 私は、みんなが嫌なんだ!! みんなを倒さないと気がすまない!! そうしなきゃ、そうしなきゃ……!」
花袋は、目から涙をこぼしてた。
「いままでの苦しみが、全部ムダみたいじゃないか……」
泣きだした花袋に、ボクは手をのばす。
「花袋、たしかに、苦しんだことはムダだったかもしれない。苦しんだからそのぶん他の人に優しくなれたとか言われても、納得できないよね。でも、その苦しみにずっとしがみついてたら、心を置いてけぼりにしてたら、これからを全部ムダにしちゃうよ。……花袋を傷つけた、ボクが言えたセリフじゃないんだろうけどさ」
ねえ、花袋。これから、ボクらと一緒に幸せになろう。
気づいたら、周りの足はなくなってた。
「……直陽ちゃん、みんな」
「花袋、さっきはごめんね」
「……いいよ」
花袋は、少しだけ笑った。
それは、いつもの笑顔とも、クラスメイトの前で見せた笑顔とも違う、どこか満ちたりたものだった。
花袋の体から、アサンブラージュが一気にはがれる。
アサンブラージュは鳴きながら新しい形になって、こっちを見た。
「花袋、だいじょうぶ?」
「うん。……それより、あのアサンブラージュをなんとかしないと」
「花袋さん」
吹瀬さんが、花袋を呼ぶ。花袋は振りむいて、はきはきと言葉をつむぐ。
「先生、ありがとう。……あとは、まかせて」
「うん。応援してるからね」
吹瀬さんは走って、学校のほうに行った。
「さて、それじゃあ五人そろったな。これで敵なしってわけだ」
月湖ちゃんが前に出て言う。
「よーやく暴れられるね。ふふふ、楽しみ」
「パトリスったら、笑顔が怖いよ?」
パトリスちゃんと結ちゃんも、アサンブラージュの前に出てかまえる。
アサンブラージュも、足をタコみたいにうねうね動かした。
「行くよ、直陽ちゃん!」
「オッケー、花袋!」
その声を合図に、みんなでいっせいに走りだした。
右から左から足がとんでくるけど、それぞれ分担して叩く。
「バリア!」
ボクはバリアを出して、足をいっぱいはじきとばす。
「ナイス直陽!」
「ふふんっ」
「直陽ちゃん! そのバリア使って、あの足切って!」
解放した花袋が、足をひょいひょいよけながら言う。
バリアを使って? ちょっと考えてから、バリアを出す。
「こ、こう?」
ボクはバリアを指ではさんで、扇のようにふるった。
すると、バリアのフチで足がぱっくり切れて、落ちていく。
す、すごい。バリアって、攻撃にも使えるんだ……。
「どうよ直陽ちゃん。私なりに、バリアの使い道を考えてみたんだ」
「ありがと花袋っ!」
そう言いながら、さらに前に行く。目の前に、絡まりあった大きな足のかたまりが現れるけど、だいじょうぶ。
「おっらあああ!!」
「どいてええ!!」
月湖ちゃんがかかと落としで、結ちゃんが突進でけちらす。
二人ぶんの勢いはすごくて、かたまりは一気にばらばらになった。
「いっけえ直陽! 花袋! ぶちかましてこい!」
「二人とも、頼んだよ!」
声を受けながら、ボクと花袋は空に手をのばす。
「まかせて!!」
その手をとったのは、空を飛ぶパトリスちゃん。
ひっぱられて、体がおもいきり上に行く。
大きな体のアサンブラージュを、上から見られるぐらいまで。
「おろすよ!! せー……のっ!」
パトリスちゃんは、勢いをつけて、ボクらをとばす。
ボクらは、アサンブラージュに向かって急降下していった。
「覚悟しろ、アサンブラージュ!!」
ボクはバリアを両手に出して、さっきみたいに持つ。
花袋は、手を大きくのばした。
『ワクチン完成度百パーセント。これより、ウイルス撃退に移ります』
アサンブラージュは、大きく目を開いた。
でも、もう遅い。
「くらえええええーーー!!」
バリアと爪が、アサンブラージュの顔にあたった。
重い、重い二撃。
アサンブラージュは、ワクチンが体にまわり、どんどん小さくなっていく。
「……さよなら」
花袋が、そう小さくつぶやいた。
「……花袋」
「うん」
帰ろう。みんなで。
パトリスちゃんに助けられるまで、落ちながら、ボクらは笑いあった。
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