13 花袋のうつろな心をうめたい

 信頼してなかったわけじゃない。

 いい仲間だと思ってたし、一緒に遊んでいて楽しかった。

 でも、怖かった。

 いつ自分の秘密を知られてしまうか。

 理解されずに変なもの扱いされるんじゃないか、縁を切られるんじゃないかといつもびくびくおびえてた。

 だっていままでがそうだったから。

 なのに、知られてしまった。

 知られて、パニックになって、ひどい言葉を吐いてしまった。

 どうしたらいいのかわからない。なにを言えばいいのかわからない。

 結局、その場から私は逃げた。触れられるのが怖いから、逃げたんだ。

 ああ、もう、なにもかもどうでもいい。どうせみんなわかっちゃくれない。

 そう考えながら、花袋は道を歩いた。

 白いパーカーを着た人物とすれ違ったのに気づかずに。

 

「直陽、どうしたの?」

 ボクがあのあとしたのは、電話だった。

 どこかに行ってしまった花袋に、何回も電話をかけた。

 でも、出てくれなかった。気づいたら涙がぼたぼたこぼれてた。

 泣きながらもうひとつ、別の番号に電話をかけた。

 結ちゃんの番号だった。

 結ちゃんはすぐにかけつけてくれた。

「結ちゃん、ど、どうしよう、ボク」

「落ちついて、花袋となにかあったって聞いたけど……」

『空閑サマが、犬養サマの秘密をさぐって、そのことを言ったらケンカになりました』

 レイニーが動揺せずあったことを言う。

「秘密?」

『はい。犬養サマは相貌失認と行って、人の顔がわかりません。そのことについてです』

「あー……やっぱ花袋、そうなんだ」

『知っていたのですか?』

「知ってたというか、なんとなくそうかなって思ってた」

 その言葉に驚く。

「じゃあ、なんで、教えてくれなかったの?」

「うーん、確証がなかったのもあるけどさ、なにより、仲間だからって、全部をわかる必要はないと思ったんだよね」

「……仲間、なのに?」

「仲間だからこそだね」

 ボクの涙をハンカチでふきながら、結ちゃんは言う。

「仲間って、たしかに親しい関係で、大事なつながりだけど、だからこそおたがいがかかえているものとか、事情とかを尊重しなきゃいけないと思うんだ。誰だって、知られたくないことはある。それを本人が望んでないのに無理やり知ろうとするのは、迷惑になっちゃうから」

 たしかに、ボクは自分がかっこよくあろうとするあまり、花袋の気持ちを考えてなかった。

 それで、花袋を傷つけてしまったのだ。

「花袋、知られたくなさそうだったし、なによりいままでの自分を変えてまで再出発しようとしてたからね」

「ボク……」

「でも、直陽のやったことが全部悪かったわけじゃないと思うよ。直陽は、花袋のことを知ろうと思うぐらい、花袋のことを大切に思ってるし、心配だったんでしょう? やり方や自分を優先させすぎたのは失敗だったけど、間違えただけで、その気持ちや行動力は良かったと思う」

 結ちゃんの優しい言葉に、ほっとした。

 鼻をかみながら、これからのことを考える。

「とりあえず、花袋に謝らないと」

「そうだね。ま、花袋も勢いで言っちゃったとこあると思うから、もう落ちついてるだろうし、だいじょうぶだよ」

「そうかな……」

「とりあえず、話さないことにはなんにもならないね。あたしが電話かけて呼ぶから、待ってて」

 さっきの花袋を思いだしてどきりとするけど、首をふる。

 悪いのはボクだ。ちゃんと話をして、仲なおりをしなきゃ。

 ほっぺを叩いて気合をいれる。

「んー……? あれ?」

「どうしたの、結ちゃん?」

「いや、なんか……花袋が電話に出ない」

「え?」

 もしかして、まだボクに怒ってるんだろうか。

 それで、誰とも話したくないとか。

「だめだ。メッセージにも既読つかない……うーん」

「どうしよう、明日とか、花袋が落ちついたころにする?」

「でも落ちこんでたら心配だし、やっぱ今会ったほうがいいよ。ここら辺探そう」

 たしかに、それもそうだ。

「でも、どこにいるのかな。静かな場所とか?」

「あたしもそんなに仲よかったわけじゃないから、行きそうな場所はわかんないんだよなー……。カンで探すしかないかも」

「とりあえず、近くのお店とか行って、聞いてみよっか」

 

 公園のベンチに、花袋はひとり座ってた。

(ひどいことを言っちゃった。直陽ちゃんはクラスの人みたいな子じゃないのに、そうわかってるのに)

 でも、理解していても、頭にこびりついたクラスメイトからの冷たい視線や汚い言葉はなくならない。

(特に直陽ちゃんには知られたくなかった。あの子の前では、普通の子でいたかった)

 手が震える。怖くて怖くてしかたない。

 直陽はいい子だ。花袋の事情を知ったところで、差別なんてしないだろう。

 でも、直陽が優しいことと、トラウマはまた別の問題だ。

(結局、自分が普通の人間のふりなんて、友だちを作るなんて無理だったんだ。身のほど知らずだったんだ)

 そう考えると、涙がこぼれそうになる。

「悩んでるね」

「え」

 隣の席から急に声が聞こえて、驚く。

 そこには、白く大きなパーカーを着た人がいた。

 フードのせいで顔はわからないが、のぞく目はするどい。

「昔あった嫌なことって、なかなか忘れられないよね。忘れるどころか、自分の中でどんどん大きくなっていく。怖くて怖くて、いつまでもおびえていなきゃいけない。わずらわしいねぇ」

「……誰」

 とつぜん現れ、まるで花袋のかかえているものを知っているような口ぶりに、花袋は警戒する。

「怖がってばっかじゃだめだ。このままじゃ一生をおびえたままですごすんだぜ? 嫌だよなあそんなの」

 にた、と笑ってその人物は言う。

「やり返そうぜ。憎いだろ、そいつらが」

「なに……言ってるの」

「そいつらのせいで、学校で勉強もできず、友だちも作れず、家族にも迷惑かけて、これからも一生傷をかかえて生きてくのに、そいつらは今も」

 その人物は、花袋の目と鼻の先にきた。

「幸せなんだ」

 その人物の言うとおりだった。

 花袋をのけものにして、八つ当たりをしていじめた彼らは、高校生として楽しく、花袋のことを忘れて生活しているだろう。

 中には、自分が花袋にしたことすら忘れてる人間だっている。

「そいつらの幸せが許せるの? そんなわけないよねえ。自分の気持ちを無視してるだけで、憎くて憎くてたまらないはずだ。自分をいじめたやつも、助けてくれなかったやつも、自分の傷に触ろうとしてくるやつも」

「ち、違う」

「自分を普通に生んでくれなかった、自分を受けいれてくれなかった、自分を愛してくれなかった世界なんて、全部壊してしまえばいい」

 悪魔のささやきだった。

『花袋、だめだよ!! ソイツは──』

 スマホからエノコが声をあげるが、画面は砂嵐におおわれる。

 花袋はぼんやりとした目で、その人物を見た。

「私は……どう、すれば……」

「簡単だよ」

 その人物は、スマホを取りだした。

「僕が君に、復讐できるだけの力をあげる」

 

 あちこちのお店や道で、人に聞いたり探したりしたけど、なかなか見つからない。

 目撃情報はたまにあるから、近づいてるとは思うんだけど……。

「うーん、だめだ……。どこに行っちゃったんだろ」

 結ちゃんが困ったように言う。

「あっちこっち移動してるのかな。それだと、もうどこかわかんないよ」

「パトリスと月湖も呼んで、みんなで探すのがいいのかな……」

 うんうん二人で考えてると、うしろから「直陽?」と声がした。

「あ、風博にい!」

「ひさしぶりだな、元気してたか?」

 そこには、Tシャツにカーキ色のズボンというラフな格好をした、風博にいがいた。

 にこりと笑って、ボクの頭をなでる。

 もう、あいかわらず子ども扱いして。

「うん。……あ、そうだ。あのさ、猫耳みたいな髪型した、高身長の女の子知らない? 探してるんだけど」

「猫? ……それなら、さっき公園で見たけどな」

「ほ、ほんと!?」

「ああ、ついさっき」

 しかもさっき!? 思わぬ情報に前のめりになる。

「結ちゃん、行こう!」

「そうだね、急がないと」

 ボクたちは走りだして、公園のほうに行く。待ってて、花袋。

 ……あれ。

「あ、そういえば公園ってどこだっけ……」

「いや、知らずに走りだしたのかよ!」

 風博にいにつっこまれる。

「しかたないじゃん、舞鳥町なんて駅前ぐらいしか行ったことないもんっ」

「もう……俺が教えてやる。行くぞ」

「さっすがあ。ありがとね風博にい」

 風博にいと一緒に走って公園に行くと、そこは思ってたよりこじんまりとした場所だった。

 前にみんなで集まった公園よりかは大きいけど、遊具はすべり台とブランコ、シーソーだけ。あとは、スペースをうめるようにベンチがふたつ。

「ここ? どこにもいないけど……」

「もうどっか行ったとかか?」

「ええ?」

 三人であちこちきょろきょろして、花袋を探してたときだった。

「どうしたの?」

 急に声がした。ふり返ると、いつもみたいに笑った花袋がいた。

 それを見て、どっと肩の力がぬける。

「花袋!! よかった、探したんだよ」

「ごめんごめん」

「お、見つかったのか。よかったな」

 風博にいがまたボクの頭をぽんぽんと叩いて、花袋を見る。

「あ、はじめまして。直陽の幼なじみの風博って言います」

「へえ」

 花袋は目を細めて、風博にいを見た。

「まあ、誰であろうがどうでもいいけどね」

「……花袋?」

「誰であろうが、全員」

 瞬間、花袋の影からなにかがのびた。

「え」

「あぶない!」

 のびたそれにボクは反応できなかった。

 体が思いきり地面にぶつかって、背中が痛い。

「う……」

「だいじょうぶ、直陽!?」

「ボクは、だいじょうぶ……」

 でも。

「風博にい! 風博にい!!」

 ボクをかばった風博にいは、おなかに攻撃を受けてしまった。

 何回声をかけても反応がなくてぐったりしてる。気絶してるんだろう。

「花袋、どうしたの!? なんでこんなこと……」

 結ちゃんが花袋に声をかけるけど、花袋はなにも答えない。

「全員、倒してやる」

 そう言うと、花袋の影が一気に形を変える。

 機械の細い足みたいなものがのびて、花袋にまとわりついた。

「花袋……?」

 その足は花袋をおおって、花袋はまるでアサンブラージュのような姿になった。

「なんで、エクスプレッサーになってるの!?」

 結ちゃんの言葉に驚く。悲しい気持ちを持った人がアサンブラージュに飲みこまれた姿が、エクスプレッサーだ。

 花袋はそれほど、傷ついていたのだ。

「……ボクの、せいだ」

 花袋は首をゆっくりまわして、つぶやいた。

「手始めに、中学校でも壊しに行くかな。あそこにいい思い出なんてなにひとつないし」

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