第5話 ギルドの初仕事
イングウェイ氏にギルドへの加入を認めてもらった俺はその足でクエストの依頼書が張ってある掲示板のある屋内へと戻ってきた。
「随分と減ったな、依頼書……」
「まあね、原則早い者勝ちだから割りが良くて目ぼしい依頼はすぐに誰かに取られてしまうのさ」
ジェイクが首をすくめる。
加入手続きによりギルドハウスのオープンから少し時間が経ったせいもあり、掲示板に張られた依頼書は残りわずかとなっていた。
早朝にも関わらずあれだけ冒険者で賑わっていたんだ、無理も無いだろう。
「でもね、だからと言って残った依頼書が全て貧乏くじという訳でもないんだよ」
「どういうことだい?」
「報酬が低い、目的地が遠い、求めていた内容ではなかったって理由で選ばれなかった仕事が残っている場合があるんだ、後は難易度かな……名声目的で高難易度のクエストを敢えて選ぶ者もいるけど高難易度の依頼は大抵残るよ」
「いや、それは俺も願い下げなんだけど……」
「それはそうだよね、例えガッポリ日銭が入ったとしても命あっての物種だから」
そうともさ、そもそも戦闘経験も訓練も受けていない俺が出来るのは精々輸送任務くらいだ、と言うかそれ以外の仕事を受ける気はない。
早速残った依頼書を物色するとしよう。
「え~~~と、どれどれ……」
邪竜王ドルガ討伐……うわぁ、これはジェイクが言っていた高難度過ぎて誰も依頼を受けないタイプのヤツだな……付けられた夥しい量の星の数がその達成の困難さを物語っている、当然このクエストはパスだ。
北の辺境防衛線勤務……極寒の地での魔物の侵攻を阻止する防衛任務か、これも俺向きではない、はい次。
ポン……。
あれ? 今のはスマホの……俺はポケットからスマホを取り出して画面を確認する。
すると今まで同様ユーザービーツのアプリが立ち上がっており、依頼のポインターが現れていた。
そのポインターの示す場所は……ここだ?
「なあ、これなんか君に向いてるんじゃないか? ってこれは……」
「どうしたんだジェイク?」
ジェイクが手に取った依頼書を横から覗き込む。
「配達依頼……山奥に住む祖母に薬を届けてほしい」
薬が必要な山奥に住む祖母? どこかで聞いた様な気が……。
「水臭いなユニのヤツ、ギルドを通さなくても俺に言ってくれれば届けたものを……」
「あっ……」
依頼書の提出者はユニ・ファーランディア……どうやら間違いない様だ。
「ギルドへの依頼だってタダじゃないんだ、ユニに取り下げさせよう……そして俺が自分で届ける」
依頼書を握り締め窓口へ行こうとしたジェイクを引き留める。
「ちょっと待った、じゃあ俺がこの依頼を受けるよ、ユニのおばあさんの家には一度言ったことがあるんだ場所は分かるよ」
そう大きくない物の配達な上に場所が分かっているなんて、これはある意味今の俺にとって持って来いな依頼だろう。
「そう言ってくれるのはありがたいが、ユニの事を考えると折角仕送りの為に街に稼ぎに来ているのに余計な出費をさせたくないんだ」
ああ、そういう理由があるのか……それならしょうがないかもしれない。
「あら~~~お忘れ? 依頼を取り下げる場合は違約金として依頼時と同額のお金を頂くって事」
「うわっ!! びっくりした!!」
いつの間にか俺とジェイクの後ろにイングウェイ氏が張り付いていた、そして俺たちの肩を外側からしっかりとホールドし、顔を割り込ませてきた。
「あちゃ~~~そうだった……軽い気持ちで依頼を出す人間を減らすための対策があったんだっけ」
「そうよ~~~ん、例えあなたの知り合いでも例外は認められないわ~~~ん」
イングウェイ氏の指摘に対してジェイクが額に手を当て悔しがる。
なるほどね、そういう事なら益々俺に任せてほしいものだな。
それにその依頼書を見る直前にスマホがなったのも気になる……これまでもアプリが起動したときは何かしら俺に有利な事が起こってきた気がするしな。
「よし、じゃあ改めてこの仕事は俺が受けよう……では早速……」
「待った、それなら俺も同行するよ」
「えっ? ただの薬の配達だから俺一人でもなんとかなると思うんだけど」
「昨日の君の話しでは山に
キュン……。
もう、一々俺の心を鷲掴みにしてくるなジェイクは。
本当になんて出来た男なんだろう。
「大丈夫、俺は勝手について行くだけだから報酬はいらない、それでいいだろう?」
「分かった、それじゃあお願いするよ」
依頼書を受付に提出、手続きを済ませた俺たちは依頼主であるユニの居る宵の明星亭へ戻って来ていた。
「あら、まさかタクさんがこの依頼を受けてくれるなんて、びっくりだわ」
「ユニ、ギルドに依頼を出す前に何で俺に相談してくれなかったんだ? 君の頼みならすぐに俺が行って来てあげたのに」
「そう言う訳にもいかないでしょう? あなたにはあなたにしか出来ない依頼があるんだから……こんなお使いみたいな依頼であなたを煩わせたくなかったのよ」
「その言い方は無いな、君の言うそのお使いにタクが行くんだぞ? たかがお使いでだって命を落とす事にもなりかねないのに」
「あっ、ごめんなさい……悪気はなかったの」
何だか空気が重たくなってきたぞ? これは良くないな。
「はいはいそこまで!! 俺はこれが初めての仕事なんだからこれくらいで丁度いいんだよ……そう、お使いくらいの仕事がね」
二人はハッとしていた、そして俺が気を使って自虐に出たことに罪悪感を感じたようだ。
「本当にごめんなさい……」
「済まない、俺も言い過ぎた」
「いいっていいって、最初から他意が無いのは分かっていたから」
二人とも実に聞き訳が良くて助かった、俺はこんな些細な事でこの二人に言い争ってほしく無かったんだ。
「それで薬ってのは?」
「はい、これよ」
ユニが褐色の紙袋を奥の部屋から持ち出し、カウンターに置いた。
紙袋はいいだけ膨らんでおり、はち切れんばかりだ。
「おばあちゃんの咳の薬が約三か月分入っているわ、これを山奥の実家まで届けてほしいの」
「了解しました、お任せを!!」
俺はふざけて敬礼をして見せた。
「ウフフ、タクったら城門を守る兵隊さんみたいよ」
良かった、ユニが笑ってくれた……やはり彼女には笑顔が似合う。
「タクは今日が初仕事だから俺も付き添う事にしたんだ、行ってくるよ」
「あら、それなら十分だけ待ってくれないかしら?」
「どうしたの?」
酒場から出ようとした俺たちを引き留めて、ユニが戸棚から野菜や食パン、ハムなどを取り出した。
「今から二人にお弁当を作るわ、そんなに時間話掛からないから待ってて」
さすがの手際で食材を重ね、それをナイフで切る……あっという間に野菜たっぷりのハムサンドが出来上がった。
「はい、お昼に食べてね」
「ありがとう、ありがたく頂くよ」
弁当の入ったバスケットを持たせてくれた、これで一食分浮いたのでとても助かる。
「じゃあ行ってくるよ!!」
「気を付けてねーーー!!」
ユニに見送られながら俺とジェイクは一路山奥にある彼女の実家を目指した。
道は山道が一本きりなのもあり迷う事は無い、わざわざスマホのナビを使うまでも無いだろう。
それにスマホはあまりこの世界の人間には見せない方が良いのではないかと思っている。
それは何故か? もちろんこんな科学技術の産物をファンタジー世界の人間に見せるのは危険と判断したからだ。
まだ確認した訳では無いが、ギルドには魔法の杖らしき物を持った魔術師風の人間を見掛けたのでここが魔法の存在する世界なのは間違いないだろう。
だから最悪スマホは魔法の道具だと言い張ればいいのかもしれない。
しかし街にゴロツキが居たことからも分かる通りこの世界は元の世界に比べ格段に治安が悪い事も想像に難くない。
珍しいものはそれだけで価値が付く。
どこで誰が目を光らせているとも限らない、下手にスマホをひけらかせば立ちどころに噂が広がるだろう。
そうなればスマホを奪わんとする輩が襲い掛かってくるなど要らぬトラブルに巻き込まれるのは必至……そう言った理由でわざわざ自ら危険を招く事も無いだろう。
同様に自転車のチャリオットにも俺と二人きりの時以外は人前でしゃべらない様にと念を押しておいたのだ。
「済まないな、俺が付いてきたことでその自転車が生かせないよな……」
「そんな事無いよ、こうやって荷物を載せて押すだけでもただ持ち運ぶより全然楽だからね、それに上り坂が急になってきたらそもそも乗っていられないよ」
モトクロスのようなオフロードならともかく、チャリオットはオンロードだからそもそも山道を走るのには向いていない。
尖った石を踏みつけてパンクするんじゃないかと気が気ではない。
この世界には替えのタイヤは無いのだから。
三時間ほどたっただろうか、そろそろ目的地のユニの実家に着く頃だ。
ここまで特にトラブルらしいトラブルも無く無事に進んで来られた。
しかし、しかしだ……このクエストが文字通りただのお使いで済まないことを俺たちはこの後に嫌という程思い知るのだった。
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