第4話 異世界でハローワーク


 目が覚めたら全て夢でしたってのを望んでいたのだが、その目論見は見事に打ち砕かれた……目覚めて早々見慣れない天井を見つめながらそう思った。

 やはりここは異世界、ここがこれから俺が生きていく世界。

 

『よう相棒、昨夜はよく眠れたかい?』


 だが一人じゃない、相棒の自転車チャリオットがいてくれる……それだけでどんなに心強い事か。

 

「お陰様でな、久しぶりの全力疾走で太ももがパンパンさ」


『そうだろうな、お前の全力は久し振りに見たぜ』


「ちょっと顔を洗ってくるよ」


 乳酸の溜まり切った足を何とか動かしベッドから立ち上がる。


「ふぁ~~~……」


 大あくびをしながら酒場の階段を下りる。


「あら、おはようタクさん」


 ユニが俺に気づきほほ笑む、彼女はキッチンで料理を盛り付けていた。


「おはようユニ……朝から早いね、もう勤めに来てるんだ?」


「宿泊者に朝食を用意しなきゃならないんですもの当然よ」


「ところで顔を洗いたいんだが」


「ああ、水場は外にあるから自由に使って頂戴」


「分かった」


 酒場の勝手口から外に出ると井戸があった。


「マジか……」


 蛇口を捻ればいつでも湯水が使えた世界から来た俺にとっては新鮮であり、そして僅かな抵抗があった。

 しかしこれからはこれが普通なのだ、慣れるしかない。

 俺は井戸の中に鶴瓶を落とし水をくみ上げた。


「はいこれタクさんの分」


「ありがとう」


 顔を洗い終えて座った席のテーブルに野菜の具沢山スープとパンが一個置かれた。


「前もって言っておくけど朝食は一泊の料金に入っているから……お昼と夕食は有料だから覚えておいて」


「分かったよ、ありがとう」


 早速スープをスプーンですくい上げ口へと運ぶ。


「……美味い」


 塩コショウだけのシンプルな味付けだったが野菜の甘みが舌を満たしていく。

 食欲が引き出された俺は瞬く間にパンとスープを平らげていた。


「美味かったよユニ」


「どういたしまして、気に入ってくれて嬉しいわ」


 満面の笑みのユニ。

 癒される……しかし既に彼氏持ちなんだよなぁ。


「ところでタクさんは今日はどうするの?」


 ユニは俺が食べ終わった食器を片付けながら訪ねる。


「ああ、何か俺にできる仕事がないかと思ってね、今日は職探しさ」


「それなら昨日ジェイクが言ってたと思うけれど、冒険者ギルドに顔を出すのもいいかもしれないわ」


「そういえばそうだったな、その冒険者ギルドってのはどんなところなんだい?」


「簡単に言うと職業斡旋所ね、モンスターの討伐や要人の護衛、生活物資の輸送任務とか色々な仕事が日々掲示板に張り出されるの」


「生活物資の輸送……俺にうってつけじゃないか」


 自転車のチャリオットがいる俺にとってはまさにこれ以上ない仕事だ。


「ただ仕事を貰うにはギルドに登録が必要なのね、ギルドの責任者と面談があるはずよ」


「そうなの?」


「その面談はかなり厳しいって聞くけど、まずは行くだけ行ってみたら? 午前中ならジェイクがまだいるかもしれないし、分からないことは彼に聞くといいわ」


 今のユニの話しから想像するに危険な仕事も少なくない様だし、そうなるとギルドは屈強で戦闘技術に長けた人間を採用したがるはず。

 見るからに普通の、いやどちらかと言うと貧相な痩せっぽちの俺を使ってくれるとは限らない。

 しかし今の経済状況ではそうもいっていられないのが現状。


「そうだね、取り合えずそうするよ」


「あっギルドはこの酒場を出たら右に向かって道沿いに行けばすぐに分かるはずだから」


「ああ、ありがとう」


 折角の情報を生かさない手は無い、なにせ俺はこの世界に関しては全くの初心者だからな。

 俺は早速ギルドへ向かうため宵の明星亭を出て右方向へと進んだ。




「これが冒険者ギルド……」


 ユニがすぐに分かるといった意味が分かった、武骨で大きな建物で早朝だというのに引っ切り無しに剣や魔法の杖と思われる棒状のものを持った防具を着けた人間が出入りしているのだ、間違いなくここが冒険者ギルドだろう。

 さて、何はともあれ中に入らなければ始まらない、俺はドアの開け放たれた入り口目指して歩き出した。


「うわっ!?」


 顔面に強い衝撃を受け突き飛ばされる格好で地面に尻もちをついた。

 痛え……一体なんだ?


「何だぁ? おい冒険者ギルドはいつからこんなひ弱な坊やが来る場所になったんだぁ?」


 目の前には身長二メートルは優に超える筋骨隆々で髭面の大男が俺の前に立ちはだかっていた。

 後ろには仲間か取り巻きは分からないが柄の悪い男たちが数人控えている。

 こいつわざと俺にぶつかって来たな? 直前まで人は近くに居なかった筈なのに。


「何をするんだ!!」


「おう、一丁前に歯向かうのかこの俺に? それにぶつかって来たのはお前の方だろう、なぁてめえら!!」


「ちげえねぇ!!」


 ギャハハと下品な笑い声をあげるゴロツキども。

 そして大男は俺の胸倉を掴んで持ち上げたではないか、両腕で抵抗するもガッチリ掴まれていて振りほどけそうにない。

 俺の足が情けなくブラブラと宙を揺れる。


「お前のような軟弱物が務まるほど冒険者は甘い仕事じゃないんだ、とっとと帰んな!!」


「こっちだって金を稼がなけりゃないんだ、お前に邪魔される筋合いはないぞ!!」


「口答えするんじゃあねぇ!!」


 強がってみるが相手が相手だ、力で敵う訳も無く、強く押された拍子に手を離され俺は再び地面に尻もちをついた、さっき突き飛ばされた時より高低差があるせいで更に痛い。


「これは身体に教え込まないといけねぇ様だな、おいてめえら!!」


 大男の指示で取り巻きの男たちが倒れている俺を取り囲む、これはまずい。


「オラァ!!」


 男の一人が拳を振り上げる、俺は堪らず顔の前で両手をクロスし防御態勢に入った。

 が、いつまで経っても俺に男の拳が届く事は無かった。

 恐る恐る手を退けるとそこには男の腕を掴んでいるジェイクの姿があった。


「おいおい、俺のダチに手をだそいうとはお前らも随分と度胸があるじゃないか」


「ゲェ、ジェイク!! いでででで!!」


 そのまま腕を捻られ地面に組み伏せられる男、物凄く痛そうに唸っている。


「てめぇ……」

 

 憎しみの籠った恐ろしい目つきでジェイクを睨みつける大男。

 しかし当の本人ジェイクにおびえる様子は微塵もない、平然と睨みあっている。


「チッ……ケチが付いた、てめぇら行くぞ!!」


「へい!!」


 大男が踵を返したことで取り巻き立ちもすごすごとその後を付いて行った。

 取り合えずジェイクのお陰で目先のトラブルは回避できたわけだが、正直生きた心地がしなかった。

 改めてここは俺が居た平和な元の世界とは違うという事を痛感する。


「大丈夫かタク?」


「済まないジェイク……」


 ジェイクに差し出された手に掴まり立ち上がる。


「悪い事をしたな、冒険者ギルドまで来いと言っておきながらこんな目に合わせてしまって……俺が初めから案内をしていればこんな事にはならなかったのに」


「別にジェイクのせいじゃないよ、それにしてもジェイクって強いんだな」


「ハハッ、言ったろう? これでもちょっとは名の知れた冒険者だって」


 ウインクをしながらサムズアップをする。

 このジェイクという男は本当に性根のいい奴だな、おまけに見た目も爽やか系イケメンな上、喧嘩も強いとなればそりゃあユニも惚れるってものだ。


「じゃあ改めて冒険者ギルドへようこそ、ここから先は俺も付き合うよ」


 ジェイクはうやうやしく胸に腕を添えてお辞儀をする、おふざけだが様になっている。

 さっきので分かったが冒険者という職業柄、血気盛んな乱暴者も多いのだろう。

 俺一人ではまたさっきの大男のような輩に絡まれないとも限らないからな、ジェイクが一緒なら心強い。

 建物の中に入ると壁際にいくつものカウンターと受付の女性が並んでいる。

 そこに掲示板から依頼書を剥がした冒険者が並び、依頼の確認を行っているのだ。


「朝早いのに凄い賑わいだな」


「それはそうさ、条件の良い依頼は早くに無くなってしまうからね、早い者勝ちなんだよ」


「ジェイクはいいのかい? 並ばなくて」


「今日は予定変更、君にギルドを案内することにするよ」


「悪い、邪魔しちゃったかな……」


「そんな事は無いよ、俺たちは友達だろう? それにユニの命の恩人が困っている所を放ってはおけないからね」


 くーーーーっジェイク……本当にいい奴だ、俺が女だったら間違いなく惚れているぞ。


「あれ? どこへ行くんだ?」


 掲示板には目もくれずジェイクはすたすたと建物の奥へと行ってしまう。


「ああ、冒険者の登録は奥の受付なんだよ、付いてきて」


 こんな時は詳しい者の言う事に従うべきだ、俺は黙ってジェイクの後を付いて行った。


「ここが登録カウンターだ、メイフェアお願いするよ」


 辿り着いたカウンターには眼鏡が似合う栗色の女性が座っていた。


「いらっしゃいませ、どうぞ椅子にお掛けください……本日はギルドへの冒険者の登録をご希望ですか?」


 彼女、メイフェアに促され椅子に腰かける。

 ジェイクは俺の後ろに控えてくれていた。


「はい、だけど俺、戦うのはからっきしで、剣などの武器は使ったことがないんです」


「まあ、そうなのですね……そうなりますと採用はかなり難しいかと思います」


「マジか……おっと」


 慌てて口を押える。

 またしても口癖が出てしまった、本当に俺の悪い癖だな。


「ねぇメイフェア、彼は中々面白い道具を持っていてるんだ、この辺じゃまず見たことのない珍しいものでね、それは人と物を高速で運ぶことが出来る、ちょっとその辺も考慮にいれてもらえないだろうか?」


「あら、そうなんですね……少々お待ちください、上司と相談してまいります」


 メイフェアは席を外し、奥の部屋に入っていった。


「助かったよジェイク」


「なに、そもそも君はあのジテンシャを生かせる仕事を探していたんだろう?

冒険者の仕事はモンスターの討伐だけじゃない、君にしか出来ない仕事もあるかもしれないしね」


 ああ、ジェイク、お前になら抱かれてもいい……ってのは冗談だが、ここまで頼もしいとは、異世界に来て早々良い出会いをしたことに感謝せねばなるまい。


「あっ、チャリオットは宵の明星亭に置いたままだった!! ちょっととって来る!!」


「ああ、それまで俺が繋いでおくから行っておいで」


 ジェイクにその場を任せ俺は走ってチャリオットを取りに戻った。

 道中、さっきのゴロツキたちとすれ違ったが、俺がジェイクの知り合いと知った今は因縁をつける事はしてこなかった。

 それは言い換えるとジェイクが冒険者としてとんでもない実力者で、ギルド内で名が通っているという事を裏付けている。


「お待たせしました!!」


 俺がチャリオットに乗ってギルド前まで来ると、ジェイクとメイフェア以外にもう一人、ダンディな紳士風の男性が待っていた。

 オールバックに固められた髪に口ひげは両側にピンと針金のように張っている。

 恐らく彼がメイフェアが言っていたギルドの上司なのだろう。


「まあ!! これがジテンシャと言う物なのね!? 確かに面白い物ね!!」


 そのダンディ紳士から発せられた言葉に俺は思わずズッコケそうになった。

 なんと彼はオネエだったのだ。


「まあまあ!! これはどういった仕組みになっているのかしら!? ホントに不思議だわ!!」


 両掌を合わせて身体をくねらせ、自転車のチャリオットの周りを忙しなく動き回り観察するオネエ紳士。


「紹介するよ、彼はこの冒険者ギルドの幹部の一人、イングウェイさんだ」


「イングウェイよ!! よろしくねタクちゃん!!」


「はぁ……よろしく……」


 ねっとりと俺の手を包み込んでくるイングウェイ氏。

 その顔は薄っすらと紅潮していた。

 もしかして、いや、やっぱりこの方はそっち方面の方?


「はい採用!! タクちゃんは今日から我がギルドの冒険者よ!!」


「えっ……」

 

 イングウェイ氏のビシィ!! 効果音が出そうなほど鋭い指さしが俺に向けられた。

 あれ? ユニは厳しい面接があるような事を言ってなかったっけ?


「おめでとうございます、最終的な手続きで書類の記入が残っていますので中へお入りください」


「はい、分かりました」


「どうやら君とジテンシャはイングウェイさんに気に入られたようだよ、即採用なんてそうそう聞いたことがないからね」


 メイフェアさんに連れだって移動の途中、ジェイドが耳打ちしてきた。

 確かにそう言われるとイングウェイ氏の俺に向けられる視線が怖すぎる。

 恍惚とした恋する乙女のそれだったからだ。

 もしかすると貞操の危機?

 

 だが何はともあれこれで取り合えず仕事にはあり付けそうだ。

 後は俺たちに見合った仕事を見つけて当面の滞在費を稼ぐとしよう。

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