第21話 春野みはる


 走り去って行くいのりを追いかけようとするも先に黒板のあれを消しておくべきなのかと思い一瞬躊躇っているとその一瞬の躊躇いに気付いたのか、


「黒板は私に任せて夕凪くんはいのりを追いかけて!」

「すまん! 助かる!」


 瑠川さんが俺に声を掛けてくれたので俺は教室を飛び出すとそこにはバケツを両手に持った和真にぶつかりかけてしまう。


「涼風さんなら真っ直ぐ昇降口の方に向かっていったよ!」

「分かった! ありがと! あと、黒板は頼んだぞ!」


 俺は和真にそう声をかけて昇降口の方まで走って行くと、靴も履き変えずに校門の方まで走っているいのりが視界に入ったので俺も靴なんて履き替えずに上履きのまま登校してくる生徒達とすれ違うようにしていのりを追いかける。校門を出る際に校門の前で挨拶運動を行っていた教師に何か言われた気がするが無視して俺は走っていのりを追いかける。

 俺はいのりを追いかけ続けるも足の速さではどうやら俺といのりではそんなに差はないようだったが、体力だといのりの方が中学時代はテニス部なだけあって万年帰宅部の俺よりも遥かに多いようで時間経過とともにいのりと俺の距離は段々と開いていってしまう。


「はぁはぁ.......クソ.......追いつけって、うわ!」


 体力なんてとうに限界を超えていたが気力だけで何とか走っていたのだがとうとう足がもつれて転んでしまった。コケたまま前を見るといのりはもう俺の視界にはいなくなってしまっていた。


「はぁはぁ.......見失ったけど、この方角なら.......」


 いのりのことは見失ってしまったけどいのりの行き先には心当たりがあった。いのりの走っていった方角から考えても恐らくあそこに向かっているのだろうけど、


「だからって、ゆっくり向かうわけにも行かないしな.......」


 さすがに今から走る体力は残っていないが歩くだけなら何とかなるので俺はできる限り早歩きでいのりがいるであろう場所に向かっていく。

 いのりは自分にとって辛いことなんかがあると昔はよく近所に流れている川を跨ぐ橋の下で膝を抱えて丸くなるクセのようなものがあったのだ。まさかそれが、高校2年生になっても変わってなかったとはな.......。



「やっぱりここだったか」

「.......蒼空」

「隣いいか?」


 俺がそう聞くといのりはコクリと小さく頷いたので俺はいのりの横に腰を下ろす。いのりの横に座るとどっと汗が吹き出したきたのでカバンからタオルを取り出して汗を拭う。


「「.........................」」


 それからしばらくの間、 無言の時間が続いた。いのりと並んで無言で川の流れを見守るこの時間はここ最近だと1番平穏な時間だったかもしれない。といっても川を見ているのは俺だけでいのりは膝に顔を埋めて丸まってしまっているのだけど。いつまでもこの時間が続けばいいのにと思うけどそう言うわけにもいかないよな.......。


「大丈夫か?」

「.......大丈夫」

「こんなに説得力の無い大丈夫なんて初めて聞いたぞ」

「.......学校はいいの?」

「それはお互い様だな。今から一緒に戻るか?」


 俺がそう聞くといのりは首を横に振る。どうやら今日はもう学校に行く気は無いみたいだ。まぁ、当然と言えば当然だな。不幸中の幸いと言うべきか今日は金曜日なので明日明後日は休みだ。今日を含めた3日間で立ち直ってくれればいいんだけど.......今のいのりを見ている限りは無理そうだな.......。けど、今の俺に出来ることと言えばただ傍にいてあげるくらいだし。

 それからまたしばらく沈黙の時間が続く。俺は話しかけることもせずいのりの傍で川を見続ける。聞こえてくるのは橋の上を通る車の音と風が草花を揺らす音。確かにここは落ち着けるな.......いのりがここに来てしまう理由も分かる気がする。

 今日の朝のことを聞くにしても内容が内容なだけに気軽には聞くことが出来ない。だから、俺は待つことにした。いのりから話してくれるのをただひたすらに。


「.......私ね.......人殺しなの.......」

「確かに黒板にはそう書いてあったな」

「.......ううん。あれは本当のことだから」

「いのりが誰かを殺したのか?」

「.......うん」

「春野みはる」

「!? .......そうだよ.......みはるは私が殺したの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る