第9話 イメチェン

「よし。こんな感じで良かった気がする」


 俺は朝から鏡の前の自分と悪戦苦闘を繰り広げていた。そして、その戦いにもついに終止符が打たれた。


「いやぁ、自分でやると意外と難しいものだなこれ」


 やってもらっている時は簡単そうに思って見てたけど、自分でやってみると簡単というわけにもいかずおかげさまで朝から3回もシャンプーをする羽目になってしまった.......。


「って、やっば! もう家でないと遅刻するじゃん!」


 俺は大慌てで荷物も持って家を出る。マンションの下まで降りると相変わらずいのりは俺の事を待ってくれていた。


「もう! 蒼空、遅いよって.......いいじゃん! 中々様になってると思うよ!」

「ありがと。まぁ、おかげで朝から3回も髪の毛を洗い直す羽目になったんだけどって.......どうした?」


 俺がそう言うと、何故だかいのりがフリーズしてしまった。何かおかしなことを言ったのだろうか? いや、そんなことは無いと思うんだが.......


「.......どうしたの? .......熱でもあるの?」

「なんでだよ」

「いやだって......絶対に馬鹿にしてるのか? って言うと思ってたから.......」

「自信を持てって言ったのいのりじゃん.......」


 いのりに言われたからというか、せっかく俺の事を思って提案してくれたであろういのりの目標を俺なりに頑張ってみようって思った結果がこれだ。今までの俺が悪かったということは間違いないのかもしれないけど.......。


「.......蒼空。うん! 私も頑張るからね!」

「お、おう」

「少しだけど昔の蒼空に戻ってくれたみたいで嬉しいよ!」

「.......うるせぇ」


 それから、くだらない話をしながらも学校に向かって登校していれば学校にも着いてしまう訳でありまして.......


「教室に入るのに緊張するなんてクラス替え以外でもあるなんて.......」

「大丈夫だよ! 別におかしなことなんて無いから! 自信を持って!」

「ふぅぅ。行くか」


 覚悟を決めて教室に入るも何も無かった.......なんて言う心の隅で密かに願っていた事なんて全く無くクラスにいた人からの視線が俺に集中してしまう。そして大半の人の目がこう語っていた.......


「「「「「「「誰?」」」」」」」


 うん。まぁ、そうなるよね。俺でも誰? ってなったくらいだし俺とほとんど関わりのないクラスの人達からしたらそうならない訳が無いよね。まぁ、ほとんど関わりのない人は気付かなくても気づく人は気付く訳であって、


「あれぇ? 蒼空だよね? どうしたの? イメチェン?」

「.......まぁな」


 そう言って声を掛けて来たのは柚希であった。柚希は俺にとっては良くも悪くも元カノのいうことになるので関わりの深い人物ということにはなるので俺であることに気付いてもおかしくは無い。


「ふーん。まぁ、陰キャの蒼空が」

「えっ!? 夕凪くんなの!?」

「お、おう.......」

「いいじゃん! 今まで気付かなかったけど夕凪くんって結構かっこよかったんだね! 宮崎さんもそう思うよね!?」


 柚希が何かを言おうとしたタイミングで柚希が俺の事を言い当てたのを聞いていたのか、1人の女子が会話に割り込んでくる。正直言ってありがたい。いざとなれば、いのりが会話に割り込んで来てくれるつもりだったんだろうけど柚希といのりは犬猿の仲とでも言うべきなのかすぐに揉めそうな気がするので、出来るだけ距離を置いておいて欲しかったのだが.......


「さすがね光莉! 見る目があるよ!」

「えっ? もしかして、夕凪くんをプロデュースしたのっていのりなの!?」

「ふふん。なんてたって幼馴染だからね!」

「そうだったんだ!? いつも仲がいいんだなって思ってたけど幼馴染だったんだね!」

「うん! あっ、ごめんね。会話に割り込んじゃって。それで、宮崎さん? 今の蒼空を見てどう思う?」


 うわぁ.......いのりが何か悪い顔してる.......。柚希も柚希でこめかみをぴくぴくさせている気がするし.......。ところ構わず喧嘩を売るのはやめて欲しいが場所が場所だけに柚希も強く出られないんだろうな.......それを分かっててやっているであろういのりの性格って.......いえ、なんでもございません。いのりが一瞬こっちに視線を向けて気がするけど気の所為だろう。うん、きっとそうに違いない。


「まぁ.......前よりはずいぶんいいと思うよ?」

「だよね!」

「宮崎さんも分かってるじゃん!」

「別にそんなこともないよ。私ちょっとお手洗いに行ってくるね」


 そう言って柚希は教室から出ていく。それを見送ったいのりが小さくガッツポーズを決めていたのを俺は見逃さなかった。

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