第7話 最初の目標

 3時間。3時間経ってなお俺は未だに服を買えずにいた。普段の俺なら10分もあれば服なんて選び終えているので現時点において普段の18倍以上の時間をかけていることになる。こんなに時間がかかるなんて.......。


「なぁ、いのり。もうこの黒いTシャツでいいんじゃないか?」

「確かにこの服なら今の蒼空にも合ってるね。けど、一旦保留だね。このお店の服もあらかた見たし次のお店に行くよ!」


 さっきからずっとこれの繰り返しなのだ.......。お店に入る。服を見て悩む。いのりの選んだ服を試着する。それを見てまた悩む。結果保留。

 最初の1時間は俺もそれなりに楽しめてはいたのだ。普段しないことをするっていうことは新鮮だし、いのりの選ぶ服は現役女子高生なだけあって俺でもセンスがいいと分かるものだったので勉強にもなった。けど、だんだんそれにも飽きてきてしまって今となってはもう早く終わらないかなってことしか考えていない。


「なぁ、いのり。これ以上候補を増やしても選ぶのが大変になるだけだしもういいんじゃないか?」

「う~ん.......まだ、もう少し見たいんだけど蒼空がそう言うならこれくらいにしとこっか!」


 よし! 表には出さないが俺は内心でガッツポーズを決めていた。いのりは俺のために色々と見て悩んでくれているのは重々に承知しているのだが服に興味なんて基本的にない俺からしたら正直かなり辛かった.......。


「それじゃあ、保留にしていた服の中から選んでいこっか!」

「だな」

「とりあえず、どこか落ち着けるところに移動だね!」


 どこか落ち着ける場所ということで同じ大型ショッピングモールの施設内にある学生ならみんな大好きスターバックスに俺といのりは移動する。

 今はおやつ時の時間なので席もそこそこ埋まっていたが何とか商品を買って席を確保する。ちなみに俺は抹茶フラペチーノでいのりはミルクいちごフラペチーノを購入していた。


「ふぅ.......生き返る.......」

「そんなに喉が乾いてたの?」

「ま、まぁな」


 .......言えない。服選びが辛すぎただなんて俺のためを思って服をずっと選び続けてくれていたいのりには言えるわけが無い.......。


「ふぅん。まっ、そんなことは置いといてどれにするか選ぼっか!」


 そう言っていのりは先程試着していった中で一旦保留となった服を着た俺の写真を次々と見せてくる。個人的にこの服好きだなというのは何枚かあったが果たしてそれが俺にどれだけあっているのかというのは正直分からなかった。


「私的にはこの3枚のうちのどれかがいいと思うんだけど蒼空はこれがいいみたいなのある?」

「俺としてはこの2枚のどっちかかなぁ」

「見事に意見が割れたね.......。けどまぁ、最有力候補はこの5枚のうちのどれかだね」


 5枚まで絞ったはいいがここからどうやって選んでいくかが問題だ。今回の服選びのテーマとしては俺がいかに雰囲気イケメンに近づけるかだ。要は自分に合っているという他人からの評価が大事になってくる。つまり、


「いや、最有力候補はいのりの選んだ3枚だな」

「え? なんで?」

「俺が思うにだけど今回の服選びは主観じゃなくて客観的意見の方が大事だと思うんだ」

「つまり、私の意見の方が蒼空の意見より大事だってこと?」

「今回の場合に置いてはそうなるな」

「まぁ、確かに蒼空の言うことは一理あるね.......。私の選んだ3枚の中からだとするなら蒼空はどれがいいと思う?」


 いのりの選んだ3枚はどれも黒と白を基調としており、白のTシャツでズボンが黒っぽいパターンが2種類とその逆の黒のTシャツに白のズボンといったパターンが1種類。個人的には白のズボンというのは履きこなせない気がするので必然的に選択肢は2つとなる。

 白のTシャツも無地といったわけではなく、英語で文字が書かれているデザインのTシャツかシンプルなワンポイントデザインのTシャツ。ズボンも一応は違うものなのだが正直言ってパッと見だと何が違うのか分からないのでTシャツのデザインで決めることにする。


「この英語で何か書いてあるデザインのTシャツのやつがいいと思う」

「おっ、今度は同意見だね! この3枚の中だとこれが1番蒼空に合ってると私も思うよ!」

「それなら、もう決まりだな」

「うん! あとは雑貨屋でこの服にあったアクセとかオシャレ系のアイテムを買うだけだね!」

「まだ何かあるのか.......」

「心配しなくても服みたいに時間はかからないよ。それに蒼空。優香さんにヘアセットのやり方を教えてもらってたのに肝心のワックスとかも持ってないでしょ?」


 .......このいのりの言い分だと俺が服選びを苦行と感じていたことはバレてしまっていたようだ。できるだけ表には出さないようにしていたつもりだったんだけどさすがいのりと言うわけか全てお見通しだったらしい。それに、いのりの言う通り優香さんにヘアセットのやり方は教えてもらったけど肝心のワックスを持っていないのでどのみち雑貨屋には行かないと行けないようだ。


「それなら、これ飲んだらさっさと行くとするか.......」

「だね!」


 それから俺といのりはまず先程選んだ服を買いに先程訪れていた店に戻り購入する。その際に、せっかくだから着ておきなよといういのりの提案に合わせて俺は1度試着室で着替えてからそのまま服とズボンをそのまま購入したのだった。

 続いて雑貨屋に向かいアクセサリーを選ぶが、いのりの言っていた通りこれにはさほど時間は掛からなかった。今の服にあったアクセサリーということでプレート型の銀のネックレスを選び、ついでにこの店で1番人気だというワックスも買っておく。


「これでもうバッチしだね!」

「その分お金は大分飛んでったけどな.......」


 今日1日で一体いくら使っただろうか.......? まず間違いなく諭吉さんは天に召された。できるだけ価格を抑えて選んでいったにも関わらずこれだけの買い物をするとそれなりにいいお値段にはなるのだ。

 他にも美容室にも行ったしご飯も食べたりしたのだから当たり前と言えば当たり前なんだけど高校生の1日の出費としては痛手であった.......。


「そればっかりは仕方ないよ.......」

「まっ、1回買っちまえばしばらく使えるものばかりだから全然いいんだけどな」

「ねぇ、蒼空。さっき買ったネックレスつけてそこに立ってよ」

「?」


 俺はいのり言う通りに大人しく従うと写真を撮られる。今更写真の1枚の2枚撮られたからといってどうってことは無いんだけど撮るなら撮るで一言言って欲しい.......。それから、スマホをしばらくいじっていると思ったらそのスマホの画面を俺に突き出してきた。


「どう! すごくない!?」

「.......まじか」


 いのりの見せつけてきたスマホの画面には今日の朝にマンションの下で集合した時の俺とつい先程撮られた写真が並べられていた。正直に言ってしまうと俺は感動を覚えていた。たった1日でここまで人は変われるのか.......。


「ね? 私の言った通りイケメンになれたでしょ?」

「イケメンかどうかは俺には分からないけど、確実に良くなったということは俺でも分かる.......」

「ふふん。まっ、この程度で見返せることなんて絶対に無いんだけどね。言うなれば今の蒼空はスタート地点に立っただけだからね!」

「.......え? まじで?」

「大まじです! そんなスタート地点に立った蒼空のこれからの目標を発表します!」


 それは.......



「蒼空の最初の目標はクラスの女の子から注目されること!」

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