31話 別れの日に想いは遥か在りし日の記憶と共に その3

 桃の花が満開に咲きその芳香を漂わせている3月上旬。


 今日はついに卒業式の当日となってしまった。


 素子ちゃんや梢ちゃんとはあれから一度も顔を合わせていない。


 嫌われてしまったのだろうか。いや、たとえそうだとしても仕方のないことだと思う。


 あの時、二人は私と和解をしに来ていた。それを私は感情のままに怒鳴りつけ、追い返してしまった。愛想を尽かされていたとしても私に文句を言えた義理はない。


 それでも、それでも私は、私には譲れない思いがあったのだ。


 そんなもやもやとした気分を抱えながら体育館に入り在校生の席に着く。


 私の気分とは裏腹に外は快晴で春の陽気が体育館の温度をほんのり温める。


 卒業式はつつがなく進行した。


校長を初め来賓の眠気を誘うトーンの退屈な演説。


 まるで定型文をまるまるコピーしたかのような在校生の送辞。


 それをなんとかいい話にしようと微妙にスベっている卒業生の答辞。


 どれも私の心にぽっかりと空いた穴を少しでも埋めるようなものではなかった。


 そして卒業生代表が卒業証書を受け取り、式は無事に閉幕した。


 式の後、私は旧ワンゲル部の部室へとやってきた。その部屋は授業でも使われることのない部屋だったので、私たちが残していったままの形で残っていた。


 私はいつも窓側の席に座り、真ん中に素子ちゃん。その向こうに梢ちゃんというのが私たちの定位置だった。


 私は自分がいつも座っていた窓側の定位置に座る。


 「ねぇ、素子ちゃん、私、依存でもよかった。それでも受け入れてくれるみんなが大好きだったの。」


 「ねぇ、梢ちゃん、私、すみれって気軽に呼んでくれる梢ちゃんの事が好きだった。」


 「いつもケンカばっかりして、それでも仲良くいられるここが私大好きだった。」


 誰もいない空席に向かって話しかける。もちろん、返事など帰ってくるはずもない。


 自然と涙が零れて机を濡らす。


 そうだ。その大好きな場所を壊したのは他でもない。私自身だ。


 ふと、気配がして教室の入り口を見る。


 「素子ちゃん、梢ちゃん。」

 いつからそこにいたの。泣いてるところ見られたのかな。


 いろんなことを思うと言葉が出なかった。


 「すみれちゃん、ごめんね。私達、すみれちゃんの事、全然理解できてなかった。」


 「すみれ、ごめん。私達さ、自分たちの事でいっぱいいっぱいで、すみれの事全然考えてなかったよ。」


 二人はそう言って頭を下げる。


 やめてよ。謝らなきゃいけないのは私の方だよ。どうして二人が頭を下げるの。


 「だから、聞かせて。すみれちゃんの本当の想い。」


 「わ、わたしは…」


 言葉がうまく出ない。喉が渇く。


 「私は!二人が居ないと、やっぱり寂しい!」


 もう言葉ではない。叫び声だ。でも、そうやって無理にでも吐き出さないと、言葉にできそうもなかった。


 「うん。もっと聞かせて。すみれの想い。」


 涙が溢れて二人の姿がにじむ。


 「私、依存でもよかったの。それでも二人の事、大好きだから。私の居場所は、やっぱりここだから。」


 「うん。私達もすみれちゃんの事、大好きだよ。」


 「私、なんでもお互いの事ぶつけ合える二人が大好きなの。もっといっぱいおしゃべりもしたかったし、もっとお出かけもしたかった。」


 「うん。私達ももっとすみれと話したいし、いっぱい出かけたい。


 「だから、それが、その三人が壊れちゃうの我慢できなかった。許せなかったの。」


 「…でも本当に許せなかったのは自分自身。私も、そんな想いを二人に言う事が、伝えることがどうしてもできなかった。」


 それ以上の溢れる想いはとうとう言葉にならず、涙だけが止め処なく零れ落ちていくばかりだった。


 「すみれちゃん、覚えてるかな。ここに初めてすみれちゃんが来た時のこと。」


 素子ちゃんは机をなぞりながら昔を懐かしむ様に言う。


 「まるで捨てられた子犬みたいな目をしてさ。」


 梢ちゃんは少しからかうような口ぶりで。


 「私たちも新入部員入らないと廃部の危機だったしね。」


 「見学に来たすみれにダメ元で声かけたんだよね。」


 「そしたら、すみれちゃん、無表情のまま『じゃ、ここでいいです。』って。」


 「本当に失礼な後輩だなーって思ったねー。」


 「それからいろんなところに行ったよね。」


 「海も行ったし、スキーも行った。」


 「初詣にも行ったし、お互いの家でお泊り会もしたね。」


 「天文部のみんなとキャンプにも行ったよね。」


 「そうそう。あれがワンゲル部の正式な唯一の活動。」


 「よく私たちの代まで残ってたわよね。この部活。」


 「あのね、すみれちゃん。私達が間違ってたの。」


 「私達さ、どこかでこの関係を終わらせなきゃいけないって、そう思ってたんだ。でも違った。」


 「終わらせる必要なんてどこにもなかったんだね。すみれちゃんは一人そのことがわかってたんだね。」


 「だからさ、これからも、三人で仲良くいろんなところに行こう。」


 二人は思いのたけを私にぶつけてくれた。友達を作ることを諦めていた私の友達になってくれた。そして、それはこれからも変わらないと教えてくれた。


 「うう、ごめんね。素子ちゃん、梢ちゃん。私、一人で意固地になって拗ねてばかりで。これからもずっと連絡するし、寂しくなったら会いに行くから。だからずっと私の友達でいてください。」


 二人で涙の私を抱きしめてくれる。


 嗚呼、カッコ悪いな。涙も出てるし、鼻水も止まんないや。きっと涎も出てる。いいや、どさくさに紛れて梢ちゃんで拭いちゃおう。


 外はまだまだ日は高く、春の陽気が暑い晴れの日。


 そんな別れの日に想いは遥か在りし日の記憶と共に。されど別れも一時の事。だって、望めばすぐそこに仲間の笑顔があるんだもの。


 私、しあわせだなー。


別れの日に想いは遥か在りし日の記憶と共に 完

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