30話 別れの日に想いは遥か在りし日の記憶と共に その2

 あれから数日が過ぎ、暦は二月になった。


 この間、すみれさんの様子は相変わらずで、というより、日に日にそのナーバスな雰囲気は悪化していた。


 「あれ、結城君だ。」


 放課後、部室に向かおうとしたところで古池先輩に呼び止められた。


 「こんにちは。自由登校なのに登校してるんですね。受験勉強ですか?」


 「こんにちは。そうだよ。今日は梢が休みだから私一人なんだけどね。」


 きっといつもは一緒に登校して同じように勉強をしているのだろう。


 「放課後には部室も開くんでたまには顔出してくださいよ。すみれさん、寂しそうですよ。」


 「すみれちゃん、やっぱり元気ないの?」


 「まぁ、そうですね。気持ちはわからなくもないのですが。」


 古池先輩は何かを少し言い淀んだ後、意を決したように口を開く。


 「あの子、クラスの中で孤立してたから、私たちに依存させちゃったのかなって。」


 古池先輩の口調は過去を悔いるような、自分自身を責めるような言い方だった。


 しかし、依存とは。


たしかに彼女たちの関係性を見ていると依存関係が全くないわけではないと思う。しかし、依存の全くない関係など親しい中ではありえないと思っている。


 でははたして、彼女たちはそこまで重度の依存関係にあったのかというと、それは違うのではないかと思う。


 すみれさんはしっかり部室に顔を出していたし、これまでそれを不満に見せたことなどない。古池先輩や梶原先輩が顔を出さない日などこれまでにもいっぱいあったにもかかわらずだ。


 「そのこと、すみれさんには言ったんですか?」


 「うん。クリスマスの日に…」


 そこで全ての合点がいった。俺が思うに、すみれさんが患っていたのはただの別れのメランコリーなどではなかったのだ。それはきっと、彼女たちの関係性に対する疑問であったり、お互いの距離感であったりを彼女なりに見つめなおしているのだろう。


 「あの、俺、思うんですけど…」


 今回、俺にできることなどない。ただ、彼女に伝えておかなければならない。


 それは彼女たちに決して後悔が残らないように。


 彼女たちの新たな一歩が過ちから始まってしまわないように。


***


 ――すみれちゃん、もう私たちに頼らなくても大丈夫だよね。


 ――だってすみれちゃん、私たちに依存してる部分があったと思うんだけど…


 目を閉じると、あの時の素子ちゃんと梢ちゃんの言葉が頭の中でリフレインする。


 確かに、去年の私には、学校の居場所と言えばワンゲル部だけだった。まともな活動は全然出来なかったけれど、みんなでお話しして、お菓子を食べて、休日には遊びに行って…


 楽しかった。けれどそれはいけないことだったのだろうか。


 私は同じような場所をこの天文部に求めたのだろうか。だとしたら、私はここに居るべきではないのではないか。


 どんどん暗くなる気持ちを振り切るように軽く頭を振る。


 部室の中を見回すと優子ちゃんと琴美ちゃんが私の事を心配そうに見ていた。


 私は出来る限りの笑顔を取り繕って手を振るが、きっとものすごくぎこちない笑顔になっているのだろう。


 「今日、誠君いないね。また何かやってるのかな?」


 慌てて話題を逸らす。


 「誠、私が教室出る時はまだ何かしてたんで、もうすぐ来ると思いますよ。」


 彼はいつも忙しそうだ。いつも誰かのために走り回っている。私の感情が依存なら、彼の行動は偽善なのかな。


 また心にもないことを考えてしまう。


 じゃあなぜ彼は他人の為にあんなに頑張れるのかな。私が助けを求めたら彼は助けてくれるのかな。


 また私は、他人に頼ろうとしている。そうやってまた誰かに依存して生きていくのだろうか。


 振り払ったはずの考えがまた私の頭を駆け巡る。


 どうやったらこの袋小路を出られるのだろう。誰か助けて。


 数日後、珍しく素子ちゃんと梢ちゃんが部室にやってきた。


 あんなことがあったからか、二人とも、目を合わせづらいな。


 なんとなく気まずく思っていると皆が次々に部室から出て行ってしまう。


 「すみれさん、施錠だけお願いね。」


 美海ちゃんも私に鍵を預け出て行ってしまい、部室には三人が取り残される。


 「今日はどうしたの。受験勉強忙しいと思ってたのに。」


 「ちょっと、話がしたくてさ。」


 素子ちゃんも少しバツが悪そうだ。


 三人で並んで椅子に座る。


 「最近、元気ないんだって?」


 「…うん。」


 理由なんて知ってるくせに。


 「あのね、私たち、すみれちゃんに謝らなきゃいけないなって。」


 梢ちゃんがしおらしく言う。やめてよ。全然似合わない。


 「結城君に叱られちゃった。それで、私たちも考えたんだけど、依存してたのは私たちの方だったのかもって。」


 なに。急に。誠君に叱られたって。


 急激に頭に血が上るのが自分でもわかる。


 それでも、抑えられない。


 「…なによ。誠君に叱られたからなんなの!私が落ち込んでるから慰めに来たの!私が勝手に拗ねてるみたいにしないでよ!ずっと一緒に居たのに、まだわからないんだね!」


 「すみれちゃん…」


 「梢ちゃんもその似合わない態度やめてよ!いつもみたいにすみれって呼んだら良いじゃない!素子ちゃんもいつものハキハキした態度はどこいったの!二人とも全然似合わない!言葉だけで、私の気持ち知りもしないで、慰めにだけ来ないでよ!もう帰って!」


 私は感情のままに二人を一方的に怒鳴りつけてしまった。


 二人とも、私の剣幕に為すすべなく部室を出て行った。部室を出る時、二人が深くお辞儀をして言った光景が私の瞼には鮮明に焼き付いてしまった。


 二人が出て行った後、私が部室から出ると、誠君が部室の前に居た。


 「もしかして、聞いてたの?」


 「聞いてなかったけど、聞いてほしかった?」


 誠君はわざとらしい笑みで私を見る。


 「聞いてたんじゃない。最低。」


 「本当に聞いてなかったよ。玄関で肩を落としながら帰る二人を見かけたから、様子を見に来ただけだよ。」


 「そんなこと言ったって、二人をけしかけたのだって誠君じゃない。」


 私の言葉に彼は意外な顔をする。


 「いや、俺、そんなつもりは全然なかったけど。思ってたより薄い関係だったんですね。って言っただけだよ。」


 彼のこういう部分、本当に恐ろしく感じる。まさにここ数日、ずっと私の考えていたことを正確に言い当てられてしまった。


 「で、どうだった?」


 どうと言われても、私は感情のままに二人を追い返してしまった。


 「わからない。けど、たぶん間違えた。と思う。」


 「そうか。」


 それ以上、彼は何も言うことはなかった。


 私は責められたかったのかもしれない。叱ってほしかったのかもしれない。あの二人と同じように。


 その後、私は彼女たちと顔を合わせることなく、ついに卒業式の日を迎えることとなった。

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