29話 別れの日に想いは遥か在りし日の記憶と共に その1

 天文部のクリスマスパーティを終え、そのまま新年を平穏無事に迎えた俺達だったが1月も終盤に差し掛かるころ、部室の中にある小さな変化が起こっていた。


 いや、新学期に入ったころには、もうそうだったのかもしれない。


 俺自身、その変化の事はさして気にも留めていなかったのだが、同じ部員である優子は目敏くその変化を感じ取ったのか、俺に小声で話しかけてくる。


 「最近さ、霧崎先輩、ちょっと元気ないんだけど、なにかあったのかな?」


 少し思案しその原因はすぐに思い当たる。


 「あれじゃないのか。もうすぐ古池先輩も梶原先輩も卒業だから…」


 俺の言葉に優子は「あー」と小さく手を打ちながら納得する。


 「やっぱり寂しいよね。私達なにか力になってあげられないかな?」


 俺は顎に手を当てて考える。


 人生に別れは付き物ではあるが、卒業、就職、それこそ進級、クラス替えと俺たちは様々な出会いと別れを繰り返す。問題はそうした節目の後も関係性を維持し続けられるのかというところにあると思うのだが、それがなかなか難しい。


 というのも、そういった節目の後には大なり小なりの新生活が待っている。そして、人はまた新たなコミュニティを形成していくのだ。その日々の中でだんだん疎遠になっていく事はある程度仕方のない事と言える。


 「霧崎先輩、寂しそうですね。私達が相談のりますから、遠慮なく話してください。」


 顎に手を当てたまま、石のように固まった俺に痺れを切らし、優子は霧崎先輩に声を掛ける。


 「ごめんね。態度に出てたよね。先輩がね、もうすぐ卒業だなって思うとやっぱり寂しくてさ。」


 思いのほか霧崎先輩は素直に打ち明ける。


 「でも、もう会えないってわけじゃないし、元気出しましょうよ。」


 優子は両手をグーに握り胸の前で振ってアピールする。


 「でも素子ちゃんも梢ちゃんも同じ大学受験するって言ってたし、また私一人だなあって。」


 霧崎先輩は窓の外を見つめる。


 「先輩は一人じゃないです。アタシたちが居るじゃないですか。」


 琴美も霧崎先輩にエールを送るが、おそらく霧崎先輩の言っていることはそういう事ではない。


 やはりあの二人は霧崎すみれにとっては特別なのだ。元々クラスに馴染めなかった彼女がやっと見つけた居場所であり、そんな自分を受け入れてくれた友人であり、恩人。


 それは彼女が天文部という新たなコミュニティを得たとしても変わらない。


 「誠君、誠君って二度目の高校生活なんだよね。」


 俺は少し面食らった。彼女はいつも俺の事を結城君と呼んでいたが、初めてファーストネームで俺を呼んだのだ。彼女の心境の全てを伺い知ることはできないが彼女は壁を壊そうとしているのかもしれない。


 「ええ、すみれさん。俺と美海は一度大人になってますから。」


 俺も彼女の名をファーストネームで呼ぶ。先輩と付けるべきか一瞬迷ったがない方がいいのではないかという結論に至った。


 「その時はどうだった?仲の良い子と卒業後も連絡とったりしてた?」


 「いや、その時は卒業後も連絡取り合ってたのは志信くらいで、そもそもあいつとは幼馴染なんで、高校の友達ってことなら誰とも連絡を取っていなかったと思いますよ。」


 俺の言葉に優子はあちゃーという顔。琴美は気を遣えと言わんばかりに俺に肘打ちをかましてくる。


 「いや、でもほら、俺、前の高校生だったときは、俺ずっとアルバイトばかりしてたし、仲の良かった友達と言えば志信以外だと真一くらいのものだったし。」


 「俺、連絡絶たれてたのか。」


 俺の言葉に今度は真一までも肩をがっくり落とす。


 「いや、だからほら、学校で話すくらいだったしさ。」


 俺はしどろもどろになりながら弁明をする。


 「美海ちゃんはどうなの?」


 今度は美海に白羽の矢が立つ。


 「私?ふふふ。友達なんていなかったから。」


 美海は笑いながら言うが、ちっとも笑えない。琴美の顔を伺うに事実のようだ。


 「でも、やっぱり疎遠にはなっちゃうよねぇ。」


 俺たちは彼女にかける言葉を失ってしまう。


 「でも、なんか力になれないかなぁ。」


 部室を出てから優子は寂しそうに呟く。


 俺としても色々考えてはいるが、結局は本人の心の問題に帰結する。周囲がどう働きかけたところで、結局は自分の中で折り合いをつけるしかないのだ。


 「ちょっと様子を見ないと何ともなぁ。」


 俺は歯切れ悪く濁すことしかできない。そんな自分をもどかしく思う。


 翌日もすみれさんは元気のないままだった。いや、心なしか昨日よりも一層元気がないようにも見える。


 その姿が、俺たちの介入を拒んでいるように思えて、俺は何も言い出せずにいた。


 部活が終わった後、美海と二人で話し合う。


 「すみれさんの事、どう思う?何かするべきなんだろうか。」


 「誠、大切なのはそこじゃないと思うよ。」


 案外、美海は淡々と答える。


 「なにをするべきじゃなくて、私たちが何をしたいのかが肝心なんだよ。どう関わればいいのかじゃなくて、どう関わっていきたいのかが肝心なの。」


 なるほど。美海に言われて自分の心を振り返る。確かに俺は上から目線で“してあげる“という気持ちを持っていたことは否めない。


 「肝心なのは俺らがどうしたいのか。簡単なようで難しいな。」


 「私は見守ることも大切だと思うから。」


 見守ることか。俺はそういう部分、苦手なのかもしれない。


 危ういと、危なっかしいと、道の障害物をすぐに除けたくなる。その方が楽だから。見ていて安心できるから。きっとこれは俺の悪癖でもあるのだろう。


 だから美海は必要以上に手を差し伸べたりはしない。ただ静かに、傍にいてくれるのだ。それはきっと、俺が躓いても、転んでも、きっとすぐ傍にいてくれる。だから俺はいろんなことに挑戦できるのだ。


 「そうだな。今回は美海の案でやってみようと思う。仲間の事は信じないとな。」


 美海は静かに微笑み返す。そうか、彼女はこうやって俺の事も導いてくれていたんだな。彼女の存在の大きさを改めて実感する。


 翌日以降、俺はすみれさんの事は見守ることにした。琴美と優子はやはり何かしら関りを持とうとしていたが、それも含めて、見守ることにしたのだ。


 きっとすみれさんは何かを探している。それはこれからの三人の関係性であったり、それこそ、天文部の中での自分の居場所であったり。きっと今、必死で手を伸ばしているのだろう。


 その手が何を掴むのか。まだそれはわからないけれど、きっと彼女や俺たちがこれから先の人生、無限に連なる出会いと別れの糧となる。


 俺も、あの先輩たちにどんなお礼ができるのか。俺なりに考えてみようと思う。短い時間の付き合いではあったが、彼女たちは紛れもなく俺たちの仲間だったのだから。

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