28話 聖なる夜に星は天高く

 「クリスマスパーティ?」


 2学期も終わりに近づいたある日の事、優子が天文部でクリスマスパーティをする提案をしてきたのだ。


 「そう。クリスマスパーティ。2学期全然まともに部活出来なかったし、屋上とかでどうかな?」


 確かに、俺ら天文部の本分である「星を見る」という事に関しては、二学期片手で収まるほどしか実施できていない。


もっとも、部員同士は昼休みや放課後もみんな集まって何かしらしていたので、それを部活にカウントすると天文部は文化部の中ではかなり活発な部類に当てはまる。


 「屋上か、寒いぞ。」


 「ダメかな?」


 優子はシュンとする。


 「部室じゃダメなのか?ここならストーブ焚けば暖かいし、風もないし。」


 俺は決して反対なのではない。寧ろ、こういうイベント事は楽しみまである。


 「部室かー。暖かいし、それもいいかもね。内容はどうする?」


 こうして天文部、クリスマスイベントが優子主導の元推し進められていった。とはいっても、部室をクリスマス仕様に飾り付け、みんなで一緒にご飯を食べるという簡単なものではあるのだが。


 「ねぇ、先輩誘ってもいいのかな。」


 霧崎先輩は手を挙げる。霧崎先輩の言う先輩とは古池先輩と梶原先輩の事だろう。二人とも、十月の頭まではそこそこ顔を出していてくれたのだが、最近はあまり顔を出さなくなっていた。あるいは俺たちに気を遣っていたのかもしれない。


 「大歓迎だよ。誠も太田君呼んだらどうかな?」


 「いいのか?きっと喜ぶよ。ありがとう。」


 俺達天文部六人に、先輩が二人。志信に、あと理子と七海か。大所帯になるな。


 「料理はどうするんだ?何かとるのか?」


 「私作るよ。カセットコンロ持ち込めばここでも料理できるし。みんなにも手伝ってもらえば大変なことないよ。買い出しは霧崎先輩、一緒に行きましょう。」


 美海が手を挙げる。料理の内容については当日のお楽しみだそうだが、美海の料理の腕はある程度知っている。ここは安心してもよさそうだ。指名を受けた霧崎先輩も十二分に乗り気だ。


 「あとは飾り付けだねー。」


 優子が顎に指をあて思案する。


 「じゃ、飾り付けは私と琴美で担当しようかな。」


 琴美は突然の指名だったが待ってましたと言わんばかりに目を輝かせた。


 ここまで来て気付く。俺と真一の役割がない。


 「俺と真一はどうすれば良い?」


 「真一は私たちの手伝い。誠は、ケーキ買ってきて。」


 なるほど、見事な采配だ。無駄もないし、全員に役割を持たせている。しかしケーキか。センスが問われるじゃないか。


 当日までの細かいスケジュールの確認と、七海に許可の確認を取りに行き、その日は解散となった。


 「良いじゃない!クリスマスパーティ!私大賛成!理子は私から誘っておくから。」


 そうにこやかに、即決で許可を出した七海。改めていい先生だなぁ。


 そして俺たちは、いよいよ冬休みへと突入していった。


 俺は予約を入れていたケーキ屋にケーキを取りに来た。なにせ十一人だ。大きめのホールケーキを二個。部室には冷蔵庫もないので保冷材は多めに入れてもらった。


 ふと、視界の端に雑貨店が映る。こういうのもいいかもしれないな。俺は足の向くまま店内に入っていった。


 部室に入ると、そこは先日までとまるで別空間のように飾り付けられ、パーティムードがよく出ていた。


 俺は机の上にケーキと荷物を置く。


 「あ、誠。ケーキは調理室に美海と真一が居るからそっちに持って行って。」


 何やら忙しく料理を運んでいた優子は俺を見つけるとケーキを調理室へ運ぶように指示を出す。


 調理室へ向かう道中も琴美とすれ違ったり、みなパーティの準備で忙しそうだった。


 「ケーキ持ってきたけど、どうする?」


 調理室に入り真一に声を掛ける。


 「ごめん。今忙しい。美海に渡して。」


 真一は真剣な表情で野菜に飾り切りを施していた。


 「美海、ケーキ、ここでいい?」


 揚げ物を作っていた美海に声を掛ける。


 「うん。いいよ。ついでにそこの料理持って行ってね。」


 そう言いながらちらりと脇の大皿に目に視線を向ける。綺麗に盛られたオードブルだ。


 形を崩さないよう、慎重に部室まで大皿を運ぶ。


 部室に着き、空いたスペースに大皿を置く。だんだん料理も並び、趣深くなっていた。調理室との往復を続ける優子に声を掛ける。


 「俺ももっと運ぶの手伝うよ。」


 「いいよ。もうすぐ先輩達も来るから、誠は座って待ってて。」


 そう促され、椅子に腰かける。


 その後も準備は着々と進み、元ワンゲル部の先輩二人に志信、七海に理子も遅れることなく部室へとやってきた。


 机をリング状に配置し、それぞれ綺麗なランチョンマットが敷かれ、取り分け用の皿とフォークと箸が置かれ、部屋の中央には料理の山が出来ている。半立食形式とでもいうような風情だ。


 みな席に付き、開始の音頭を待つ。


 「コホン。えー、皆さま、いろいろ考えてきたんですけど、なんだか色々忘れちゃいました。今日はいっぱい食べて話して楽しんでいってください。」


 美海の挨拶は何とも彼女らしくない崩れたものであったが、彼女自身もこの雰囲気に飲まれているのかと思うと感慨深いものがあった。


 確かにここまでの道のり、決して平坦ではなかった。でも、紛れもなく楽しかった。もう一週間で今年も終わる。でも、二回目の今年の俺はきっと今までで最高に輝けていたんじゃないかと、自惚れながらこの時を楽しんだ。


 真一と志信は練武展以降いっそう仲良くなったのか、楽しそうに語り合っている。聞き耳を立てると、どうやら俺の話をしているらしい。うん、きかなかったことにしよう。


 霧崎先輩も古池先輩、梶原先輩と楽しそうに料理を取り合っている。ワンゲル部の廃部以降、なかなかこういう機会もなかったのか、ひと際霧崎先輩は嬉しそうに自らの皿の料理を両脇の二人に分け合っている。


 美海は、いつの間にやら酒を飲んでいた七海と理子に絡まれ、たじたじと二人の酔っぱらいの相手をしている。この調子だと、あの二人は飲まれてしまいそうだ。


 優子と琴美は、そう思い回りを見ると、優子と琴美が皿を持ち俺の両隣に陣取ってきた。


 「美海だと思った?残念!私達でしたー。」


 優子が謎のテンションでウザ絡みしてくる。しかし、それにしても様子が変だ。微妙に顔が赤い。


 はっと気付く。理子に目を遣るとテヘッといたずらっ子のように舌を出している。さてはこの二人に酒を飲ませたな。不良教師め。


 「おい!誠、聞いてるのか?」


 琴美の顔も真っ赤で親が医者なのにクレームが付きそうな勢いだ。


 「聞いてるよ。なんの話だった?」


 「それを聞いてないって言うのー。だから、美海とはどこまでいったの?」


 「どこまでって、特に何もしてないよ。」


 「はぁ?もう付き合って三ヶ月になるんでしょ?何もしてないってありえなくない?」


 「今まで何やってたのよ!信じられない!」


 二人はますます顔を赤くし、詰め寄ってくる。俺は美海に視線で助けを求めるが美海も教師二人によって俺と同じ状況に追いやられており、助けは期待できそうになかった。


 その時だった。


 「そうだ!これから星を見に行こうよ!」


 突然の提案は霧崎先輩からだった。


 「いいね!天文部らしいし!」


 すかさずその提案に賛成する。


 意外にもこの提案にはみんなも乗り気のようでみんなでそぞろ部室を出る。


 部屋の温度で暖められた体に冬の夜風が心地いい。本来ならこのまま屋上を目指すのだが、酔っていた優子と琴美は中庭に出ると芝生の上で寝転んでしまった。


 「見て!星がきれいだよ。」


 寝ころんだまま優子と琴美は大きく手を伸ばし、星を掴もうとする。


 それに続いたのは美海だった。


 「ほんとに綺麗。星の箱庭みたい。」


 皆一様に中庭に寝転びだす。傍から見ればかなり異様な光景だろう。


 しかし、中庭から見上げた空はなかなかどうして良かった。


 冬の澄んだ空気の中、夏場よりも空は高く、空が全て見えるのではなく、校舎によって囲われた部分がまるで星空を切り取ったようだ。


 火照った体に冬の乾いた風と冷たい芝生が心地いい。


 「こういうの、いいなあ。」


 思わず言葉が漏れる。


 「空もいいけど、みんなで同じように同じ星を眺めてるってのがまたいいよね。」


 「うん、夏のキャンプを思い出すなぁ。」


 皆、いつ飽きるともなく星空を眺めていた。


 「みんな、誠ってね、小学六年までサンタさん信じてたんだよ。」


 志信の突然のカミングアウトに皆が笑い出す。


 「いいだろ。夢があるんだよ。サンタさんには。」


 そう言いながら、ふと今日買い物した時の事を思い出した。


 「そうだ。もうみんな体冷えるし部室に入っててくれよ。ちょっと思い出した。」


 そう言い、下駄箱に向かう。そこに隠していた袋を漁り、目当ての物を取り出す。


 急ぎ部室へ戻る。扉に手を掛け勢い良く開ける。


 「メリークリスマス!」


 俺はサンタの赤い衣装に身を包み肩にプレゼント袋を背負って部室に入っていった。


 しかし、意表を突かれたのは俺の方だった。


 みな一様に赤い服を羽織り、その場にいた全員がサンタへと扮していたのだ。


 「ぷ、あははははは」


 みな、同じように噴き出す。元々は俺を驚かせるためのサプライズだったらしい。


 結局用意したプレゼントもその何倍もの量で返ってくることとなった。


 そして、みんなでケーキを食べながら再び談笑し、この楽しい夜はお開きとなった。


 霧崎先輩と元ワンゲル部の二人はこの後カラオケに行くらしく先に帰っていった。色々と積もる話もあるのだろう。


 優子と琴美は少し酒も入っていたので理子と七海に責任を持って送らせることにした。


 真一は片付けを手伝うと言っていたが、志信の帰り道が一人になるので今日は帰るよう促すと案外素直に帰っていった。


 残った俺と美海は二人で後片付けをする。


 「今日、楽しかったね。」


 「俺は、毎日楽しいぞ。天文部に入ってから、本当に青春って良いなって思うようになった。」


 「私も。仲間が居るって本当に心地良い。」


 ふと美海の手と手が触れる。


 そのまま、触れた手と手を絡め合う。


 美海の瞳を見つめる。その吸い込まれそうな瞳の奥にはもう一つの星空があった。


 「今日、ウチ、来る?」


 美海は静かに呟く。


 「行ってもいいか?」


 美海はコクリと頷く。


 その後、二人静かに淡々と片付けを終わらせていった。


 校舎を出て二人で手を繋いで歩く。


 「こういうの、なかなかできないね。」


 美海は少し楽しそうに言う。


 「みんなの前ではさすがにな。恥ずかしいし。」


 「うん…とても、恥ずかしい。」


 二人で顔を赤くする。


 あれ、俺ってこんなに恥ずかしがりだったかな。


 少し考えを巡らせ、その答えはすぐに見つかる。


 そうか、好きな人ってそういう事なんだな。


 繋いだ手から美海の温かさが伝わってくる。心地の良い温もりだ。


 美海と七海の暮らすアパートに着き二人で玄関をくぐる。


 そして、玄関のドアが閉まるか否かという時。


 俺たちは互いを強く抱きしめ合った。それは強く。そして長く。美海の小柄な体を包み込むように。


 美海も俺の体に両手を回し。胸に顔を預ける。その回した腕からは確かな温もりと、力強さが伝わってきた。


 「お姉ちゃん、帰ってきちゃうし、私の部屋、行こ。」


 美海は俺の腕の中で囁く。


 美海に誘われ、美海の部屋を目指す。その途中、ある部屋の前で足が止まる。


 七海

 かかれた名前の両脇にハートマークの付いた可愛らしいものだ。


 「今じゃ、なんだか懐かしいね。」


 俺の様子を察した美海が声を掛ける。


 「ああ。今じゃ、あの時の七海さんが懐かしい。」


 「ふふ。昔の呼び方だね。」


 俺自身、言われて初めて気が付く。


 「誠が居なくなってから、大変だったんだよ。」


 俺が美海の前から姿を消した後だろう。


 「悪かったよ。その、俺なりに考えてたんだよ。」


 「私たち、不器用だね。」


 そう言いながらも美海は俺に微笑みをくれる。


 美海の部屋に着き今すぐ互いを求めあいたい衝動を抑えバッグを漁る。


 「あの、これ。」


 そう言いながら先ほどは渡せなかったプレゼントを渡す。


 美海は一瞬驚いた顔をした後、微笑みながら言うのだ。


 「それはサンタさんから?それとも、誠から?」


 俺は答える代わりにその包みを開ける。


 「綺麗。ありがとう。誠。」


 それはトップに小さな石の付いたネックレスだ。


 俺はそれを美海に着ける。


 「良く似合ってるよ。その、なんていうか。俺からの誓いみたいな。」


 自分で言ってて顔が熱くなるのがわかる。


 「ありがとう。誠。大切にする。」


 美海は慈しむ様に胸元のそれに手を添えて目を瞑る。


 俺は美海の肩を軽くつかむ。そのまま、引き寄せられるように互いの唇は近付いていった。


 「美海ちゃーん。帰ってるのー?」


 互いの唇までもう少しというところで七海の呼ぶ声がした。


 俺たちは互いに目を開け、笑い合う。


 「お姉ちゃん、タイミング悪いよ。」


 「いいよ。焦る必要はないだろ。時間はたっぷりあるんだし。」


 しばらくして七海が美海の部屋へとやってくる。


 「あ!…お姉ちゃん、もしかしてお邪魔だった?」


 俺の姿を見止めると七海は申し訳なさそうに言う。


 「そんなことないですよ。三人で過ごしましょう。」


 俺たちの聖なる夜は昔、もう来ぬ未来にそうしたように、俺と美海、そして七海、静かに、そして、厳かに。遥か天の星空がゆっくりと俺たちの頭上を回るように。流れていった。

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