32話 新学年だから!

 春一番のもたらした寒の戻りもすっかりその勢力を弱め、入れ替わりに咲いた桜もすでに満開を過ぎ、その美しく儚い花びらを舞い散らせる四月上旬。


 あっという間の春休みも過ぎ去り、俺たちは無事二年生に進級を果たした。


 肝心のクラス分けでは俺と真一と優子が4組で七海の受け持ちだった。


 美海と琴美は残念ながら別のクラスだったが二人とも2組でなんとかバラバラのクラスになることはなかったようで安心した。


 これは後で七海から聞いた話だが生徒のクラス割については担任教師がある程度希望を出せる仕組みになっているらしい。


 しかし、流石に姉妹を自分の受け持ちにするわけにもいかず、美海は別クラスになってしまう。そこで2組の担任の教師にお願いをして美海と琴美をとってもらったようだ。


 これで美海も一人だけ別のクラスにならずに済んだわけだ。自分のクラスを眺め、七海の采配能力の高さを改めて実感する。


 さて、ところで今日は何日か。そう、四月八日。俺が再びの高校生に戻り丸一年がたった。


 俺は相変わらず高校生のまま日々を過ごしている。いや、この言い方には語弊がある。とても充実した高校生活を送っている。こう言い直すべきだろう。


 この一年、本当に色々な事があった。もちろん、俺がそれらに積極的に関わってきたことは大きな要因ではあっただろう。


 以前の高校生活では同級生はおろか、クラスメイトとも碌に交流せずに連日バイトばかりの日々を送っていた。


 それはそれで楽しかったし、いい経験にもなった。


 しかし、やはり高校生活には高校生活にしかできないことがある。


 きっと、すごく勿体ないことをしていたのだろう。


 自分の過去を思い返し、自虐的に笑みを零す。


 このところ、俺は不思議な感覚を覚えるようになっていた。それは、サラリーマンをしていた昔の自分と、今、高校生をしている自分が交わりあうような、なんとも奇妙な感覚だった。


 言葉として明確に表現することの難しいその感覚は、言うならば突然サラリーマン時代の自分が色濃く出てしまう時があるのだ。


 もちろん、もともとサラリーマンをしていたのだ。不思議な事ではないと思う。しかし、今現在、高校生であることを不意に忘れるような時があるのだ。


 この感覚は俺を大いに悩ませた。


 いつか、元のあの生活に戻ってしまうのではないか。いつか突然、あの時のように。


 そんな不安をいつのまにか抱えるようになっていた。


 そんな俺の不安など微塵もお構いなしに日々は廻る。まるで、俺を取り残したかのように。


 「あ、誠君。こんにちは。今から部活?」


 放課後、部室へと歩いていると、三年生になり受験生となったすみれさんに声を掛けられる。


 「ええ。今ちょうど部室に向かっていたところですよ。すみれさんもですか?」


 「うん。じゃ、一緒に行こっか。」


 すみれさんに促され一緒に廊下を歩く。


 「そういえば、古池先輩も梶原先輩も志望大受かってたそうですね。」


 時期としてはもう入学式も終わった頃だろうか。


 「そうなの!素子ちゃんも梢ちゃんも酷いんだよー!入学式の後に二人で打ち上げしたとかで写メだけ送ってきてさー!見てこれ!」


 そう言いながら携帯の画面を俺の前に突き出してくる。


 画面を見るとテーブルの上に並べられた豪華なメニューに、それをバックにアップの二人が、ソフトドリンクのグラスを片手に満面の笑みを浮かべている。


 メールの文章には「次はすみれちゃんの番だよ」と丁寧に絵文字まで添えられている。


 「ねー。酷いでしょ。私だって誘ってほしかったのに二人だけで行ってさー。しかも二人が行ったの国立だし勉強も大変なんだよー。」


 「やっぱり、同じところ受けるんですね。」


 「そうだよー。私だけ置いて行かれちゃったし、早く追いつかないとね。浪人も出来ないから大変だよー。」


 口調は怒っているが、その顔は満面の笑みで三人の関係は以前よりもより強固なものとなったことが伺い知れる。


 そんなこんなで話しながら歩いていると早々に部室に着いてしまった。


 「お疲れ様―。」


 そう言いながら部室のドアを開ける。すると、部室にいた優子と琴美が

目を丸くしてこちらを見る。


 「こんにちはー。みんな。」


 そう言いながら、俺の後ろから顔を出すすみれさんには特にリアクションはなく、普通に返事を返している。


 「あれ、どうかした?」


 何か変な事でもあったのかと二人に問いかける。


 「いや、だって、『お疲れ様』なんてオジサン臭いなーって。」


 琴美は笑いながら指摘する。


 しかし、俺にとっては全く笑えるものではなかった。


 確かに些末な差かもしれない。しかし、なんの違和感も持たずに放った言葉だ。


 やはり、以前と少しずつ感覚が変わって、というよりも戻ってきている。


 何気ない小さな違和感は俺の不安をより大きくした。


 その後、美海と真一も部室にやってきた。


 全員揃っていることを確認した美海は、立ち上がり、机にバンと手を着き、大きな声で言った。


 「それでは、第一回、新入部員獲得作戦、作戦会議を始めます!」


 大きく宣言した美海は満足そうに再び席に座る。


 「で、どうするの。何かいい案はあるの?」


 そんな美海に琴美は冷ややかな視線を向ける。


 「そ、それが全然なんだよね。だからみんなで考えようかなって。」


 美海は恥ずかしそうに眼鏡を掛け直す。


 俺達も各自うむうむ唸りながら考え込む。


 「そもそも、天文部の勧誘なんてどうするのかな。」


すみれさんが疑問を呈する。


 「うーん、勧誘かー。無難なのだとチラシ配りかなー。」


 「そうなっちゃうよねー。昼間に星が見えるわけでもないし。」


 再びの沈黙。また各自考え込んでしまう。


 「張り紙なんかどうかな?星の写真とか、みんなに興味の持ってもらえそうな写真張り出すの。」


 優子が前のめりになりながら言う。


 「となると、写真をどうするかが問題だな。」


 俺の言葉に優子は自慢げに胸を張って真一の方を見る。


 「写真ならある。取ってた。」


 真一はそう言うと一台のデジカメを取り出す。見た感じ、高価そうなデジタルの一眼レフだ。


 「それ、どうしたの?」


 琴美も興味深そうに尋ねる。


 「バイト代で買った。これが欲しくてバイトしてたから。」


 そう言いながら真一はカメラを一撫でする。


 そういえば最近金曜日の天体観測の時、真一は熱心に天体望遠鏡に何かを繋いでしていたのは記憶にあるが、それを繋いでいたのか。


 いつも天体望遠鏡とは少し離れた位置で夜空を眺めていたので気が付かなかったが、優子はいつも隣で見ていたのだろう。


 「じゃ、写真を選ぶのは真一と優子にお任せできる?私と琴美は張り紙の文面を考えるから。」


 「俺は何をしたらいいかな。」


 美海に問いかける。


 「誠は生徒会に張り出し箇所の交渉。得意でしょ。そう言うの。すみれさん、補助お願いします。」


 確かに、交渉においては自身がある。となれば、確かに俺が適任と言えるだろう。


 「よし!それじゃ、新入部員獲得大作戦!がんばろー!」


 「おー!」


 美海の号令に俺達も元気よく手を突き上げる。


 こうして、俺たちの新たな一年は始まった。

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