第22話 一度の失敗は人生においてどれほどの重みを持つにいたるのか その2
「この家知ってるの?」
俺の問いに芽衣は答えない。代わりに俺の裾を掴んで物陰に引っ張っていく。
「この家、由佳の家だ。ほら、今日言ってた先輩と一緒に退学した子だよ。琴美とは仲悪かったはずなのに…」
彼女は青ざめたまま俺に説明する。という事は俺の事を刺した女の子の家という事だろう。
その子に恨みがあるかと言えば実はあまりない。
確かに文化祭で天文部に働いた狼藉は許しがたいものではあるが、刺されたことに関して言えば俺が油断していたのが悪いわけだし、そもそも刺すほどのパニックを引き起こさせた原因は自分にある。
ここで考えていても埒が明かない。
引き止める彼女を連れて俺は家の前まで行き、呼び鈴を鳴らす。
しばらくして、母親らしき人が出てきた。その纏う独特の雰囲気には既視感があった。
「どなたでしょうか?」
「あ、由佳さんの友達です。様子を見に伺ったんですけど、由佳さんはいらっしゃいますか?」
その母親らしき人は少し戸惑いを見せ、少し思案した後「どうぞ」と俺たちを家の中に招いた。
通されたリビングでは、琴美と一緒にこの家に来た男が茶を啜っていた。そこに琴美の姿はない。母親らしき人は俺たちを通すとそそくさとリビングを出て行ってしまった。
「え、誰?」
その男は俺と目が合うと男は目を丸くしながら俺の方を見る。
「由佳さんの友達です。由佳さんの様子を見に来たんですけど。」
そういうと、男はガックリと肩を落とし、ぶっきらぼうに言う。
「由佳なら出てこねえよ。あいつ、ずっと部屋に籠りぱなしになっちまって。」
やはりそうか。あの母親らしき人が俺を通した時、覚えた既視感は俺が初めて琴美の家に行ったときに琴美の母親が纏っていた雰囲気と似たものがあったのだ。
「なにかあったんですか?」
俺は男の前に腰掛けながら問いかける。
「…なんでもねえよ。ただ様子見に来たんだったら帰ってくれよ。」
男は少し考えた後ごまかす様に言う。
「由佳さんのお兄さんですか?」
俺は少し疑問に思っていたことを聞く。
「…いや、あいつの先輩だよ。一緒に学校辞めちまったけどよ。」
男は顔の前で手を組み、なんとも言えない声色で由佳との関係を告げる。
お互い、気まずい沈黙が流れる。
しばらくして、肩を落とした琴美がリビングに入ってくる。
男は琴美に駆け寄る。
「どうだった。」
男の問いかけに琴美は静かに顔を左右に振る。そして、リビングのソファに座る俺と目が合う。
「…誠。それに、芽衣。」
「よ、こんなとこで何してんの?」
琴美は俺たちの姿に驚きを隠せず、思わず顔を背ける。
「え、なに?知り合いなの?」
男は俺と琴美の顔を交互に見渡し、怪訝な顔をする。
「あんたたちが探してた人よ。ちょっと、来て。」
琴美は観念したように男に告げると、俺と芽衣を引っ張って家の外に出る。
「ここでなにしてるの?」
琴美は怪訝な顔をしながら俺たちに問う。
「それはこっちのセリフよ。琴美こそ、こんなところで何してるのよ!」
芽衣は興奮気味に琴美に詰め寄る。琴美は詰め寄る芽衣から視線を逸らし、言い淀む。
「みんな心配してんだぞ。理由くらい説明しても良いんじゃないか?」
俺の言葉に、琴美は申し訳なさそうに視線を逸らし、言葉を選ぶように事の経緯を話し出した。
「真一の相談で、ファミレスに行ったでしょ。あの時、帰り道で声を掛けられたの。由佳と一緒に天文部を無茶苦茶にしたあいつに。」
あいつとは先ほどリビングにいた男の事だろう。
「アタシも、最初は無視して歩いてたんだけど、あいつ、土下座しながらあの時の男子生徒の事探してほしいって頼んできて。
話聞いてみたら、由佳あの事件の後、部屋から出れなくなったって言うし、なんか、他人事のように思えなくて。ほら、アタシも同じように部屋から出れなくなっちゃったことがあったし。
でもアタシ、あいつらの事、許したわけでもなくて。自分でもどうしたいのかわからなくて。
とりあえず、誠がアタシにしたみたいに部屋の前から話しかけてるけど、全く反応なんかないし。
ほら、こんなこと、みんなには言えないじゃない。アタシたちの事いっぱい傷つけた相手にさ。そしたらなんか、こんなチグハグした自分の事もだんだん嫌になってきちゃってさ。
だから、その…今まで黙っててごめん。」
琴美の告白を俺と芽衣は黙って聞いていた。彼女の瞳は涙で潤み、最後の方は消え入りそうな声になっていた。
俺は腕を組み考える。さて、何が彼女たちには必要なのか。どう接していくべきなのだろうか。
「とりあえず、琴美、お疲れ様。明日にはみんなにも琴美の口から説明してあげような。」
そういうと、琴美は力なく頷いた。
「ほんとに、心配したんだから。でも、琴美に何もなくて、よかったぁ。」
芽衣は琴美の手を握り琴美の無事を喜ぶ。
さて、まずはあの男から話を聞く必要がある。
俺たちは由佳の家のリビングへと戻ると、先ほどの男はリビングの扉の前で正座をしながら俺たちを待っていた。
「あの、先ほどは失礼しました!どうか、俺たちを助けてください!」
男はそう言うとガバッと頭を下げ、俺たちに土下座をする。年下であるはずの俺や琴美に対して素直に頭を下げることができるとはこの男、意外に器が大きいのかもしれない。
「とりあえず、話聞かせてもらえます?ええと?」
言いながら男の手を引き、ソファに座らせる。
「俺、田島大樹っていいます。あの事件の後、俺達学校クビになって、それでも仲間内で集まったりとかしてたんだけど、事件の後から、由佳は全く顔出さなくなって。それで、見に来たらこの状態で…俺もどうしたらいいのかわかんなくてさ。それで、俺、思ったんだけど、由佳の奴、あんたの事、殺しちまったと思ってんじゃないかなって。それで…」
「俺が元気で生きてることを見せれば何とかなると考えたのか。」
大樹は俯き、頷く。
「自分勝手なこと言ってるのはよくわかってる。琴美さんにもさんざん言われました。それでも俺たちは、俺は…由佳とまた遊びたい!」
大樹は再度、俺に頭を下げる。もはや、テーブルに頭を擦り付けんばかりだ。
「あんた、もしかして…」
俺の言葉の真意を理解したのか大樹はコクリと頷く。
「俺、あいつの事、好きなんです。だから、このままなんて耐えられない。」
「わかった。明日、どうにかする。」
そう言い残し、俺たちは由佳の家を後にした。
彼は俺たちの姿が見えなくなるまで頭を下げていた。
「誠、怒らないの?」
帰り道、琴美が不安そうな声音で俺に問いかける。
「黙ってたことか?誰にだって言いたくない事とか、言いにくいことってあるし、あいつ見てたら断り切れなかった琴美の気持ち、よくわかったよ。」
「それだけじゃない。あいつら、アタシたちにちょっかいかけて来てたやつらなのに…」
「そんなこと気にするなよ。琴美が誰かの役に立ちたいって思った気持ちを否定する奴なんかいないよ。」
「みんなにも、謝らなきゃ。いっぱい心配かけちゃったし。」
琴美は呟く。
「芽衣も、ありがと。いっぱい心配かけて、ごめんね。」
琴美は深々と芽衣に頭を下げる。
「だって、私たち、友達じゃない。友達の事心配するのなんて、当然だよ。」
芽衣は心配の種が消えたのでホッとしたのか先ほどより、随分穏やかに琴美に語りかけている。
「うん。ありがとう。芽衣と友達でいられて、良かった。」
琴美も、由佳の家で見かけた時に比べると随分穏やかな表情を浮かべていた。
琴美を家に送り、芽衣と帰路に着く。
「今日、ごめん。」
芽衣の突然の謝罪に面食らう。
「急に何?」
「なんか、いろいろ思い違いしてたみたいでさ。結城君の事とか天文部の事とか、いろいろ悪く言っちゃったなって。」
どうやら昼休みに詰め寄った時のことを謝罪しているようだ。
「気にしてないよ。友達が心配で感情的になるのなんかよくあることだろ。」
「それに、琴美の事、学校に連れてきてくれたのって、結城君だったの?」
琴美は4月の事を芽衣に言ってなかったのだろうか。
「まぁ、そうだな。でも、部屋から出たのはあいつの意思だよ。」
芽衣はしばらく考え込み、両案と言わんばかりに手を打った。
「そうだ!その時と同じようには出来ないの?琴美にしたみたいにさ!」
気合を入れて言ったのであろうが、もうすでに琴美がしているだろう。
それに琴美と由佳では引き籠るに至った根本が違うのだ。
琴美は自身の力で他人の嘘が見えてしまう。そしてその力を恐れて誰とも会わないように籠るようになったのだ。
では由佳はどうか。
由佳の場合、自分の軽率な行動が重大な事件を引き起こしてしまい、結果として周囲のグループを巻き込んで退学となった。さらには俺を刺したことで罪の意識も相まっているのかもしれない。
典型的な自暴自棄の結果の引き籠り。この場合のケースはどうしたものか。
「あの、結城君?」
ついその場で固まり、考え込んでしまった俺に芽衣は声を掛ける。が、その声を片手で遮り考えを巡らせる。
いつから由佳はグレ出したのか。
自暴自棄の主な原因は過度のストレスだ。その根はどこにある。
本当に俺の事で引き籠っているのだろうか。
だとしたら退学の件?それとも…
由佳の子供の夢は何だったんだ。
頭の中で由佳を取り巻く状況やそれに対する解決策がグルグル糸を巻いては繋がり、絡み、そしてまた輪を作っていく。どこか、切り口が必要だ。
だれか由佳を知っている者…いた。目の前に由佳と半年間だが同じクラスにいた芽衣が。
「由佳って、入学の時からあんなだったのか?」
俺の突然の問いかけに芽衣は慌てて考え込む。
「そんなことなかったと思う。あの三年の先輩達とは中学からの友達だったらしいんだけど、由佳があんなに感じ悪くなったのって、夏休み終わってからだよ。でも、そんなことってよくあるじゃない。夏休み終わってグレるって、よく聞くよ。」
また頭の中で切れた線が繋がり少しずつ絵を描いていく。
「同級生で仲いい奴とかいたのか?」
「あんまり聞かない。入学してからずっとあの三年生グループとつるんで
たみたいだし、それでも最初は感じ悪くはなかったんだよ。」
芽衣の言葉を頭の中で反芻する。
「まだ、60点だな。」
整理を付けるようにつぶやいた言葉に芽衣が身を乗り出す。
「なにかわかったの!?」
「いや、明日、確認する。もしかしたら…」
俺の考えがあっているとすればそれは一刻を争うことになる。いや、もしかするともう手遅れなのかもしれない。
さて、どうしたものか。
俺はどうしても拭いきれない頭の中の黒いもやもやをどうしても拭いきれないまま帰路に着くことになった。
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