第21話 一度の失敗は人生においてどれほどの重みを持つにいたるのか その1

 時は10月中旬、練武展まであと2週間ほどの頃に遡る。


 昼休み、俺は廊下で琴美のクラスメイトの女の子に連れられ校舎3階と4階を結ぶ階段の踊り場に来ていた。


 「えっと、何か用かな?」


 確か名前は芽衣であることは、琴美がたまに話していたので知っているが、名字がわからない。


琴美が引きこもりを解消して学校に再び登校しだした時から、琴美の事をよく気にかけてくれているのは、琴美がよく話題に出すことからもうかがい知れる。


 その芽衣さんは周りの様子をきょろきょろと見まわし、周囲に人気が無いことを確認する。この状況、傍から見れば告白されているようにも見えなくないわけで、どうにも居心地が悪い。


 確認を終えた芽衣さんは俺の耳元にずいっと顔を近づける。彼女の吐息が頬に当たり思わず体が仰け反りそうになるのをグッと堪える。


 「あの、最近琴美の様子、変じゃない?」


 確かに思い当たる節が、というよりはっきり最近の琴美の様子は明らかに変だった。


 部活中も度々何か思い詰めていたかと思えば、その部活も早々に切り上げて帰る。こんなことが何日もあった。


理由を聞こうにも大丈夫の一点張りで、俺達の介入を拒んでいるようにも見えた。


 「確かに、最近の琴美はちょっと変かな。」


 正直な感想を述べる。


 「“ちょっと”なんてもんじゃないよ!最近の琴美すっごく変!結城君、琴美と同じ部活でしょ?何か聞いてないの?」


 どうやら、彼女も俺たちと同じく琴美の異常を気にかけているが取り合ってもらえず、ヤキモキとした日々を送っていたようだ。


 「何も答えてくれないんだよなぁ。本人が言いたがらないことを無理矢理聞くのもちょっとなぁ。」


 俺の回答に芽衣さんは激昂する。


 「どうして聞かないのよ!友達じゃないの?困ってたら助け合うのが友達でしょ!」


 それを言うなら自分もだろうと、心の中で軽く毒づきながら興奮した彼女を宥める。


 「私ね、心配で、琴美が帰る時、後を付けてみたの。そしたら退学した先輩知ってる?文化祭の前くらいなんだけど。」


 「一応、知ってる…」


 知ってるも何も、彼らが退学になる一因に俺は大いに関係している。所謂関係者だ。


 「その先輩とね、琴美一緒に歩いてたの。学校にいた時からその先輩いい噂とか全然聞かなかったし、私心配で…琴美何かされちゃってるんじゃないかなぁ。」


 想像を口にすることで感情を押さえられなくなったのだろう。彼女は小さな嗚咽を漏らし、涙を零し始めた。


 「でもほら、見間違いとかかもしれないし、まだ何かあったって決まったわけでも…」


 「なんでそんなに平気なのよ!何かあったらどうするの!?あなた、責任とれるの?」


 彼女の興奮は頂点に達したようで、俺の言葉を遮り捲し立てる。しかし、これでは話にならない。


 パン!


 俺は彼女の前で両手を勢いよく叩き音を出す。ちょうど猫だましのようなそれに驚いた彼女はビクリと肩を震わせる。


 「琴美の事は、俺達も心配だよ。どうでもいいとか思ってないよ。でも、琴美が言いたがらないってことは、自分自身の力で頑張りたいって思ってるからじゃないのかな?」


 なるべく穏やかな口調を意識して、彼女に問いかける。


 「そんなの…ただの詭弁じゃない。関わるのが嫌なだけじゃないの?」


 彼女の口調は穏やかなものではあったが、何も行動しない俺たちに対しての嫌悪が滲み出ているようだった。


 「わかった。じゃ、今日は俺がキミに付き合うよ。一緒に琴美を付けて行って、問題がありそうなら俺が何とかする。それでもいいか?」


 彼女は完全に納得したわけではないのだろうが、頷き、俺の提案を受け入れる。


 「じゃ、放課後に。自転車置き場で待ってるから。」


 そう言い残し、去ろうとする彼女に俺は背後から声を掛ける。


 「琴美の事、いつも気にかけてくれて、ありがとな。」


 彼女は一旦立ち止まりこちらを振り返って小さく呟いた。


 「だって、友達だから。」


 そう言い残し、彼女は去っていった。


その次の5限、俺は美海と授業をサボり、保健室に来ていた。


 「っていう事らしいんだけど。どう思う。」


 先ほどの芽衣さんとのやり取りを大まかに話し、美海に意見を求める。


 美海は顎に手を当て、なにやら考えているようだ。その代わりといった風情で隣で聞いていた理子が神妙な面持ちで言う。


 「なにか弱み握られて、エッチな事でもされてるんじゃないの?」


 多少の冗談交じりではあるだろうが、今の俺たちにとって、それはなんの面白みもない。


 「理子さん、冗談でも怒りますよ。そういうこと言うんなら、出て行ってもらいます。」


 いつの間にか理子の事をファーストネームで呼ぶようになっている美海は、冷ややかな視線を理子に向け、冷たい声で言い放つ。


 「いや、ここ保健室…」


 抗議として、この部屋の主であることを主張する理子をとりあえず無視し、話を進める美海。


 「誠と芽衣ちゃんにとりあえず任せてもいいかな。あくまで琴美に私たちに相談してもらう方向性で。」


 美海は神妙な面持ちで言う。彼女も琴美の事を気に病んでいた一人でもあるのだ。


 「わかった。優子と霧崎先輩には美海から言っといてくれるか。琴美が帰った後にでも。」


 「うん、わかった。でも、もし、本当に琴美になにかあったら、誠、どうするの?」


 美海は心配そうに俺を見つめる。文化祭の時のような暴力沙汰にならないか心配しているのだろう。


 「大丈夫。あの時のようにはならないようにするつもり。まずは琴美と話でもするさ。」


俺の返答に美海は安心の表情を浮かべる。対照的に邪険にされた理子は頬を膨らませている。


 「誠なんかに頼って大丈夫?誠って、挫折経験なさそうだし、悩んでる人の気持ちわからなさそう。」


 理子の精一杯の反撃なのだろう。彼女は不機嫌そうに言い放つ。


 「それならお互い様。それに、俺の人生、挫折と後悔なら人一倍多く経験してきたつもりだよ。」


 誰に言うでもなく、自分の掌を見つめ呟く。その言葉の意味を、重みを、彼女たちはきっと理解していることだろう。


 放課後になり、芽衣さんと合流する。


 「ちゃんと来たのね。」


 俺は未だに彼女の信頼を得るには至っていないのだろう。懐疑的な眼差しを向けられる。


 「おう、友達だからな。」


俺がそう告げると彼女はふんと顔を背ける。


 放課後の駐輪場。二人で琴美の下校を待つ。


 お互いの間に会話があるわけでもなく、心を通い合わせているわけでもない。なんとも居心地の悪い空間だが、お互いに共通していることがある。


 俺たちは琴美が、大切な友達が心配なんだ。そのことだけは共通していると言える。


 待つことちょうど一時間。部活を早く切り上げ、校門に向かう琴美の姿を見つける。


 「行くわよ。」


 そう短く告げ、芽衣さんは琴美の後を付ける。


 「ちょっと近いな。もう少し離れよう。勘のいい人間なら気付かれる。」


 俺の忠告を彼女は意外にも素直に聞き入れる。彼女の様子を見てみると、かすかに震えているようだ。そうか、彼女も怖かったんだな。


 琴美は自宅の方角に向かわず駅の方に足を向ける。駅前に着いた彼女は誰かを待っているようだ。


 そのまま、駅で待機すること約十分。一人の男が小走りに琴美の方へ駆け寄ってくる。


 以前、そこまでじっくり顔を見ていなかったことと、距離があるせいか、男が以前、文化祭準備の時の不良かどうかはわからなかった。


 しかし、琴美は待ち合わせ相手が来たにも拘らず笑顔一つ浮かべず、その男の後を付いて行く様はただ事ならぬ雰囲気を漂わせていた。


 移動し始めた琴美たちを追い、後を付ける。


 そのまま、歩き続けること数分、一軒の家の中にその男と琴美は入っていった。


 俺と芽衣さんは急ぎ玄関に近付き表札を確認する。


 「これ、この家って…」


 表札を見た芽衣さんは、青ざめた顔をして呟いた。

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