第11話 二人だけの文化祭だから!

 どれほどの時間、二人でそうやっていたのだろうか。いつの間にか俺は眠ってしまっていた。

 こんなに安らかに眠れたのはいつ以来だろうか。こんなにも暖かな温もりに包まれたことが今まであったのだろうか。

 再び目を開けると、そこにはちょっと困った顔をしながら俺の頭を撫でる美海、そして、呆れた顔の理子、おどおどしてどうしたものかわからないといった雰囲気の七海が立っていた。

 俺は慌てて美海から体を離す。

 「ごめん、寝てた。その体制辛かっただろ?」

 「ううん、大丈夫。平気だよ。」

 「お二人さーん、おアツいのは結構なんですけどね。私たちも居るんですよー。」

 俺たちのやり取りに理子がしびれを切らせて言う。七海は持ってきたのであろう見舞の菓子をベッドの隣のスツールに置く。

 「ほんとに、無茶してくれたものね。あの後、大変だったんだから。」

 理子と七海に事件の後の経緯を聞く。

 結果的に言ってしまえば、相手の生徒は全員自主退学という形になったらしい。本来であれば一方的な集団暴行に婦女暴行未遂、建造物侵入、器物損壊、ナイフも持っていた為、凶器準備集合、俺を刺した女子生徒に至っては殺人未遂の役満フルコースだ。普通なら逮捕でもおかしくない。

 学校としては公にしたくなかったのだろう。教頭初め、学年主任、生徒指導、そこから各教師に至るまで徹底的なかん口令が敷かれたようだ。時間帯がすでに下校時刻を過ぎていたので目撃した生徒がほとんどいなかったことも学校側としては良かったのだろう。

 その後、学校は相手に対し、警察の介入をちらつかせながら自主退学を迫ったのだという。

 「それでね、誠君、言いにくいんだけどね…あなたも…」

 七海が言いにくそうに俺を見る。

 「俺も退学ですか?」

 「そんなわけないじゃない。そんなことになってたら私たちはもう、ここにはいないわよ。」

 冗談めかした口調でそう尋ねると理子が否定する。

 「一応ね、停学十日間、あと、事件のことは他言無用でお願いしますって…み、美海ちゃん、違うの!私が決めたんじゃないから。私は伝えるように言われただけだから!」

 停学と聞いた途端、美海の鋭い眼光が七海に突き刺さる。すると七海は慌てて自分の決定ではないことを弁明する。

 「ということはこちらにもメリットのある話なんですよね?」

 すかさず理子に聞く。

 「さすが誠ね。話が早くて助かるわ。まぁ、これも当事者のあなたたちへのかん口令ってことなのよね。で、学校から預かってる条件は、ここの入院費用、治療費全額学校負担。さらに、見舞金も出すそうよ。もちろん見合った額の。」

 「悪くないですね。並木先生に任せておけば見舞金の増額もあり得るんでしょ?のみますよ。要するに俺は入院じゃなく、停学してたってことにすればいいんですね。」

 俺の解釈にうんうんと頷きながら理子は一枚の紙を俺に出し、サインを求めた。いわゆる覚書書というものだ。

 そこにサインし、理子に渡す。

 「これで良し。私たちの教師としての仕事は終わりよ。」

 理子が締めると七海は大きく深呼吸する。

 「もう!ほんとに心配したんだから!!死んじゃったのかと思ったんだから!美海ちゃんも事件の後から全然話してくれないし!」

 七海が怒涛の突進をかける。急に抱きつかれ、傷口が痛んだがあまり顔に出ないよう、我慢する。

 「私たちもずっと心配してたんだから。でも本当、あなたたちが無事でよかった。

 理子もずっと心配してくれていたのだろう。心底ほっとした表情でそう言った。

 「ありがとうございます。本当に、ご心配おかけしました。」

 そんな二人に対し、俺は深々と頭を下げた。

 その後、いくらか談笑した後、理子と七海は帰っていった。まだ仕事も残っているだろうに。改めて感謝の念を抱く。

 また二人になると美海は俺の隣に座り不思議そうな顔をする。

 「良かったの?誠、停学って。」

 「いいよ。別に。俺自身も、公にしたくない。それに、俺が全く悪くないとも言えない。」

 俺が言うと美海はそれ以上追及することなく「そっか。」と短く言った。

 再び、二人の間に静寂が流れる。手持無沙汰にふと美海の手が触れる。

 触れた手から美海の体温が伝わる。美海は俺の指の形を確かめるように俺の手を握る。いつしか互いの指が絡まり指先から互いの鼓動が聞こえるような錯覚までする。

 片手の指を絡ませたまま、美海の肩に手をかける。

 「誠―!お見舞いに来たよー!荷物も持ってきたよー!」

 突然、明るい声で志信が病室のドアを開ける。

 俺と美海は跳ね上がるように互いの手を放す。しかし、先ほどまでの光景はばっちり見られてしまっていたようで志信のきょとん顔の後ろで目を真ん丸に見開いた優子と琴美。

 「取り込み中…」

 その後ろからとどめの一言を言う真一がいた。

 「お、お取込み中?あたし達、時間潰してこよっか?二時間くらい。」

 琴美がませた気づかいを見せる。

 「いいから。そういうのいいから。」

 「心配して損しちゃった。美海も。ちゃんと学校来なよ。誠が大事なのはわかったから。」

 優子も冷やかしをいれる。

 「う、うん、明日からは学校、行くね。真一は大丈夫だった。いっぱい殴られたみたいだったけど。」

 美海は顔を赤くしながら返答する。ちゃっかり話題を逸らすことも忘れていない。

 「平気。体は丈夫な方。もう痛くない。」

 真一の顔は少しの赤みがまだ残っているもののとりあえずは平気のようだ。なんにせよ大事に至らなくてよかった。

 「ごめんな。すぐに気付いてやれなくて。」

 「いい。あの時来てくれただけで十分。二人が無事でよかった。」

 「でもさぁ、誠、あの時、どこから来たの?急に現れたように思ったけど。」

 琴美が思い出したかのように聞く。

 「屋上だよ。屋上にいたら琴美の声が聞こえたからな。」

 「屋上って。あたしが叫んでからすぐ来たじゃない。」

 琴美はなかなか鋭いところを突いてくる。

 「この人、飛び降りたんです。屋上から。」

 美海が告げ口をする。それを聞き、三人は目を見開き、信じられないという表情を浮かべる。

 「誠、やっぱりすごいねー!」

 空気を読まず志信だけが目をキラキラさせて言った。

 「…マネすんなよ。普通に危ないし、俺も今となっては馬鹿な事したと思ってるから。」

 一応志信に釘を刺しておく。志信は小さな時から俺のマネばかりしてきた。今回のこともマネしないとは限らない。

 「いや、普通真似しようと思ってもできないから。」

 琴美の冷たいツッコミが胸に刺さる。

 「ところで、文化祭の準備、大丈夫か。間に合うのか?」

 「うん。大丈夫!何があっても間に合わせて見せるから!文化祭までに怪我治して絶対来てね!」

 優子が自信満々に言う。

 「ならいいんだけど、無理そうならちゃんと言うんだぞ。」

 「うん。クラスの出し物も決まったよ。ウチはメイド喫茶するからね。」

 優子は胸を張って言う。

 確かにうろ覚えではあるが、高校の文化祭で喫茶店をした覚えがある。だが“メイド”喫茶になったのは目の前のオタク女子の影響が多分にあるのだろう。

 「メイド喫茶…準備とかいろいろ大丈夫なのか?」

 「大丈夫だよー。姫川さんも僕も接客するんだよ。誠にもメイドさんの恰好してもらおうかと今姫川さんと相談してたんだ。」

 聞き捨てならないことを言う志信の口を優子が慌ててふさぐ。しかし、時すでに遅し、ばっちり聞いてしまった。

 「普通に嫌なんだけど。ていうか、執事とかそういうのはしないの?」

 俺の提案に優子と志信は合点のいかない顔をする。

 「そんなの普通じゃない?インパクトないというかさ。」

 優子が不満げに言う。

 「いやいや、優子さんともあろう人が勉強不足。執事流行るから。これから。爆発的に。」

 俺の提案にもまだうーんと唸っている。まぁ、こんなところでどうこう言っても仕方ないだろう彼らに任せることにする。

 「ところで、琴美、親父さん、今日挨拶してくれたぞ。なんか、いろいろ良くしてくれてるみたいで。琴美からもお礼言っといてくれ。」

 「お父さん来たの!?なんで!?」

 琴美は驚いているようだ。家では病院の話などはあまりしないのだろうか。

 「だってほら、主治医だし。」

 そう言いながら主治医の名前が書かれたプレートを見せる。

 「私聞いてないのに!お父さん、ほんとこういうの教えてくれない!」

 琴美はご立腹の様子だが医者が患者の情報を病院外に持ち出すのご法度のはず。それは個人情報保護にまだうるさくない“今”でも例外ではないだろう。寧ろ、遵法精神は評価に値できる。

 「お父さん、なんか言ってた!?」

 琴美がずいっと詰め寄ってくる。正直怖い。

 「い、いや、何も言ってなかったです。お世話になってます。とかそういうのぐらい?」

 思わずたじろぎ疑問形で返してしまった。

 「誠も。お父さんに余計な事は言わないでよね!」

 琴美に釘を刺される。しかし、琴美に父親に報告されて困るようなことなど、あっただろうか。

 「い、言いません。いいお父さんだったと思うんだけど。」

 「そうだけど…とにかく!余計な事は言わない!」

 ぴしゃりと会話を締められてしまった。

 「私たち、そろそろ帰ろうかと思うけど、美海どうする?」

 しばらく談笑した後、琴美が美海に声をかける。

 「私も今日は帰ろうかな。」

 どうやらみんなと一緒に美海も帰るらしい。

 「明日からは無理して見舞には来なくていいぞ。みんな文化祭の準備も大変だろ。美海も、真一も。」

 「俺、明日も来ようと思ってたのに。」

 真一がずーんと沈んだ表情をする。

 「ほら、展示の直したり大変だろ。大丈夫だから。俺が退院した時驚くぐらいスゲーの作ってくれ。」

そう言うと真一は納得したのかグッと拳を握りながら「まかせろ!」と元気に言った。

 「私は展示直さないから毎日来るね!」

 美海がにこやかな笑顔で言う。

 「いや、美海もクラスの出し物あるだろ?そっち、全力でやれ?三日も休んでたんだろ?」

 俺が言うと美海はまるで糸の切れた操り人形のようにガックリと項垂れた。

 みんなが帰った後、俺は静かになってしまった病室に寂しさを覚えつつ、来たる文化祭に思いを馳せた。

***

 みんなで誠のお見舞いに行ってから数日が過ぎた。あれからは特にみんなで病室に行くこともなくもうすぐ彼の停学期間もあける。

 クラスのメイド喫茶は女子にメイド服、男子の一部に執事服ということで話はついた。私は彼にも合うサイズの大きなメイド服を発注しておいた。言われっぱなしにしないささやかな抵抗だ。

 メイド喫茶はおおむね順調。しかし、天文部のプラネタリウムが意外に難航している。やはり、各々がクラスの出し物と並行しての作業になるので人が揃わないことも多い。大きなものなので一人での作業には限界がある。

 「問題は骨組みの方かなぁ。」

 私の言葉に真一は申し訳なさそうな顔をする。

 「違うよ。責めてるんじゃなくて、ほら、人手がかかるというか一人でできないじゃない。」

 私は慌てて取り繕う。

 「そうそう。あたしたちも星の地図優先しちゃってるから、真一には頑張ってもらってるよ。」

 琴美もあわててフォローしてくれる。

 星の地図はある程度の進捗が見られる。しかし、それを張り付ける骨組みの方がまだ完成には遠く、作業も手間のかかるものが多い。しかし、彼に啖呵を切ってしまった以上間に合わせるほかない。

 「やっほー、手伝いにきたよー!」

 元気に部室のドアを開け入ってきたのはワンゲル部の先輩三人だ。その姿に私たちはキョトンとする。

 「こんにちは。お手伝い。ですか?」

 「並木先生から聞いたよ。大変みたいだね。私たちの展示はもう完成したからさ。みんなで天文部手伝おうって。」

 ワンゲル部三年の梶原先輩が元気に言う。

 「助かります。正直大変で。」

 実際助かる。特に人数の要る骨組みの組み立て作業には、彼女たちの協力は非常に大きな戦力になる。

 「結城君と深川さんに手伝ってもらうわけにはいかないものね。だからせめて私たちが少しでもお手伝いできればいいなってみんなで話したのよ。」

 同じくワンゲル部三年の古池先輩が大人しげに言うがその言葉には力強さが宿っている。夏の合宿時、みんなの前で二人には手伝ってもらわない宣言をしたので事情も把握してくれている。

 「プラネタリウム作ってるんだよね!頑張って完成させちゃおう!」

 ワンゲル部二年の霧崎先輩が手を突き上げる。私たちは互いに顔を見合わせ一緒に元気に手を突き上げる。

 「よーし、みんなでがんばろー!」

 私たちは決意を新たに制作を続けた。

 「なな先生、今日も保健室でサボってるのかな…」

 せっかくワンゲル部の先輩たちが手伝ってくれているのに肝心の顧問の教師が不在というのもバツが悪い。

 職員室に行ったところ、なな先生は不在だった。また保健室でサボっているのだろうか。そんなことを思い、私は保健室に来た。

 「…」

 ドアの引手に掛けた手の動きが止まる。

保健室の中から話声が聞こえる。しかし、その声は私が想像していたものとは違った。

 「この声…美海?」

 ドアの中から美海と並木先生の声が聞こえる。普段聞くことのない真剣な声音。私は入ることも、離れることもできず、その場から動けなくなってしまった。

***

 長く感じた入院生活も終わりやっと今日学校へ登校することができた。抜糸はしたが、もうしばらく病院に通院することになる。圧迫するとまだ痛むが日常生活は不便なく送れるほどに回復することができた。

文化祭はもう翌日に迫っている。退院時期も文化祭に合わせて早めてもらった。みんなが俺たちのために頑張ってくれたとあっては当事者が居ないわけにもいかない。

天文部の展示については朝に優子に確認したときにはにこやかな笑みを返してきたのでどうやら問題なく完成を迎えそうな雰囲気である。

 むしろ問題はクラスのメイド喫茶にあると言えよう。俺の提案通り、クラスの男子は執事としての参加で決まったようだが、なぜか俺の制服はメイド服だった。抗議を言うとクラス一丸となって停学に遭っていた俺の不手際を責められたのでそれ以上俺に言えることはなかった。

 これまで通り、天文部の準備から、俺と美海は外されてしまっているのでクラスの担当時間を確認する。

俺の担当はどうやら昼まで、しかもやはりというか接客に割り振られている。しかし俺ももう腹を括る。どうせしなければいけないのなら、長年の接客アルバイトの経験、サラリーマン時代築いたビジネスマナー総動員して最高の接客を見せてやる!そう心に誓った。

そして、ついに文化祭当日を迎えることとなった。

 朝、優子と琴美に満面の笑みで呼び止められる。どうやら天文部の部室には文化祭の後来てほしいということだった。特に異論もないので言われるまま、他の教室を見て回ることにする。

 俺のクラスの出し物はメイド喫茶だ。男子は執事服に身を包んでいるのに俺は文字通りメイド服を手渡され、ウィッグを付けさせられている。

 本心を言うとメチャクチャ恥ずかしい。こんな罰ゲームのようなこと大人でもなかなかさせない。

 しかし、こういう時恥ずかしがるのが一番恥ずかしいことを知っている。俺は前日の決意通り、全力での接客を心掛けた。もちろん、メイド口調だ。モエモエキュン!

 そんな俺の姿に志信は苦笑いし、優子は琴美とワンゲル部の先輩三人を携え、みんなで大爆笑。兄弟を招待していたであろう真一は上の妹と下二人の兄妹の目を塞ぎ、無言で去っていった。

 美海と七海はメイドコスの俺と写メを何枚も取り、ガラケーの荒い画質で動画まで取っていた。

 俺は担当していた午前中だけでいろんなものを失ってしまったのかもしれない。

 意気消沈しながら役目を終え服を着替える。すると、教室を出たところで美海が俺のことを待っていてくれた。

 「一緒に回ろ。」

 美海は穏やかな笑みを湛えながら言った。先ほどの醜態を見てなお、俺と文化祭を一緒に回ってくれるのはありがたかった。

 「美海のクラスは何やってるの?」

 「演劇。ロミオとジュリエットだって。」

 そっけなく美海が答える。

 「なんだか、嫌そうな口調だな。」

 彼女の口調があまりにも淡々としていたので不思議に思い聞く。

 「私、悲劇は嫌い。でも、衣装はちゃんと手伝ったんだから。」

 「そうだな、俺もハッピーエンドがいいな。」

 「だから、クラスの劇は見たくない。」

 やはり、俺も物語は悲劇よりも喜劇。バッドエンディングよりもハッピーエンディングがいいと思う。

 「でも、ロミオとジュリエットもあと何年もしたら、ハッピーエンドに変わってるかもよ。」

 俺の言葉に彼女はクスっと笑う。

 「そうだね。それなら、見てもいいかも。」

彼女の顔に再び笑顔が宿った。

 「みんな、頑張ってくれてたみたいだよ。ワンゲル部の先輩達も手伝ってくれたんだって。」

 「そうなのか。さっきあった時お礼言っとくべきだったな。」

 「誠は不義理だねぇ。みんながお世話になったのに。」

 校舎のから中庭に抜けつつ、会話を弾ませる。

 「だって、知らなかったし。知ってたらちゃんと言うから。」

 出店の屋台を物色しながら言い訳を重ねる。

 「みんな、すごく立派に見えるよね。」

 「そうだな。まるで、俺らが足踏みしてて、何年も同じ場所にいるみたいだ。」

 出店のクレープを二人で買い、空いてるベンチに腰掛ける。

 「もうね、足踏みはやめようかと思うんだ。」

 美海の言葉の真意はもう気付いている。

 「わかった。俺も、逃げないように頑張ってみる。」

 高校生の作ったクレープのクリームは上辺にしか乗ってなくて、そのうえほんのちょっぴり焦げていて、最後の一口は俺の口に苦みだけを残した。

 文化祭が終わり、生徒達は徐々に帰宅していく。俺と美海は天文部の部室まで来ていた。ここに来るのは久しぶりで。懐かしさは入室することへの躊躇いを生む。

 「や、お二人さん、来たね。」

 天文部の中から琴美が出てきて俺たちを中へ導く。部室の中はいつも並べられている机は片付けられスクリーンが壁中に掛けられている。中央にはみんなが作ったプラネタリウムが鎮座しており、隣にはパイプ椅子が二つ、床には黒いシートが敷き詰められている。

 「ほら、ここ、二人とも座って。」

優子がプラネタリウムの隣のパイプ椅子を指して俺たちに着席を促す。

 「みんなは?」

 「私たちは外にいるから。」

 「ダメ。みんなにもいてほしい。みんなにも聞いてほしい。」

 外に向かおうとした優子を美海が制止する。

 みんなはお互いに顔を見合わせた後、部屋の後方にパイプ椅子を並べ座る。

 真一は部屋を閉め切り、部屋の電気を消すと懐中電灯一つでプラネタリウムを作動させる。

 暗幕で覆われ、ただでさえ真っ暗になった部屋に外の薄暗さも相まって、見えるのは真一の持つ懐中電灯の光一つだ。そこに作動させたプラネタリウムの写す星々が部屋中に広がる。

 「これは…正直すごいな。」

 思わず感嘆の声が漏れる。

 部屋中に広がる満天の星。これは夏の夜空だ。天の川が作ってあることから、それはすぐわかった。しかし、実物とは違った部分もあった。

 「夏の大三角形がないな。」

厳密に言うと、ベガとアルタイルがない。七夕の言うところの織姫と彦星に当たる星だ。

 「これ、七夕の星空?」

 美海が聞く。

 「そうだよ。二人とも、七夕の日、ここでずっと空見てたから。この辺りは毎年雨が降って七夕の星空なんて見えないのにね。」

 優子がゆっくりした口調で言う。

「見てたのか…じゃ、織姫と彦星はどこに…」

 「あれ。あれじゃないかな?」

 美海が指さした先、天の川の中、ちょうど消えたベガとアルタイルの中間あたりにひと際眩く光る一つの星がある。

 「二人、逢ってるんだね。」

 美海が感慨深く言う。

 「そうだな…ちゃんと逢ってるんだな。」

 部室の中が静寂に包まれる。しばしの沈黙の後、大きく息を吐いた美海は言葉を区切るように、話し出した。

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