第2話 勧誘も本気でやるから!

 高校生に戻って慌ただしい一日が過ぎた。朝寝て起きるとまたサラリーマンに戻っているのではないかという淡い期待は枕横に置いていた青いガラケーが見事に打ち砕いてくれた。

 そして今、昨日より余裕をもって教室へとやってきた俺はある困難に直面している。

 目の前の女子は姫川さん。昨日教科書もノートも忘れた俺に教科書を見せ、そして落書き帳という名のノートを貸してくれたのだが、俺がノートにつらつらと書いた走り書きを読んだのだろう。朝、俺の姿を見つけるや否や満面の笑みで俺に詰め寄ってきたのだ。

「で、どうなの?結城君!やっぱりこれってさ…」

 昨日の落書き帳を両手で持ち、目をまさにキラキラと輝かせて顔をずいっと近づけてくる。

「ど、どうって…言われてもどういえばいいのかな…」

 思わず体を仰け反らせ要領を得ない答えを返してしまう。

「あの、やっぱり結城君も、そうなのかなって…」

 結城君”も”ということは姫川さんはこういう人生やり直しのようなことに心当たりがあるのだろうか。だとすればぜひ詳しく話を聞いておきたい。

「姫川さん、ここじゃあれだからさ、今日の昼休み時間取れないかな。」

「あー、そうだよね。こんなこと人前で言い辛いよね。ごめんね。私気がまわらなくってさ。昼休み大丈夫だよ。何なら一緒にご飯食べようよ。」

「あー、それじゃ、昼休みに中庭のところでどうかな?俺、購買でパン買ってから行くからさ。」

「いいよ。それじゃお昼楽しみにしてるから!」

姫川さんとの会話を打ち切り考える。そうだ、もしかするとこんな風にやり直しをしてるのは自分だけとは限らないのだ。他にも俺と似たようなことになっている人がいるのかもしれない。ましてや、こんなことおいそれと他人に話したりできない。人知れず苦悩を抱えているのかもしれない。そう考えると幾分か気が楽になった。

 朝のHRが始まる。深川先生は昨日に引き続き、ご機嫌に進めていく。点呼の時も一人一人合いの手を入れている。こういうコミュニケーションはその人のセンスが現れる。合いの手もただただ挟めばいいというものではない。適当な合いの手なら必ずどこかでネタが切れる。そうなるとまるでbotのように機械的で不気味な印象が残る。

 深川先生がこの短期間で生徒一人ひとりをいかによく観察しているのかが分かった。

 うんうんと感心していると点呼が自分の番になる。「結城君」「はい」返答を返すと先生はじっと教卓から俺の目を見つめる。先生の顔が少し赤くなる。俺も心なしか頬が熱くなる。奇妙な間をはさんで点呼が次の人に移る。あれ?俺には合いの手ないのかぁ。なんか少しがっかりした。楽しみだったのになぁ。

 HRも終わり授業もおおむね順調である。そのうち予習や復習をしなければついていけなくなるであろうことはわかっているので今のうちにできる部分は予習をしておいた方が賢明かもしれない。そして、授業の疑問点を残しておかないことも重要だ。

 勉強についていけない、わからなくなる。主な原因は疑問点や不明点の累積によるところが多い。正直ケアレスミスは日常の中では些細な問題だ。肝心なのはちゃんと理解できているかだ。

 専門学生、サラリーマン時代使う使わないに関わらず数々の資格を取得した。資格を取得する際には受講のみで取得できるものと試験突破が必要なものとがあるが、試験の突破率を見ると就業者、従事者の突破率は未従事者よりも格段に良くなるのは文面の文字だけでなく実際に現場を見て体験し内容に対しての理解の難易度が下がるためである。

 これはおそらく学校の勉強にも言えることだろう。なので学校の勉強に対して「社会に出たら使わない」とか言っているお馬鹿さんは落ちぶれるべくして落ちぶれていくのだ。過去の俺のことだけどな!

 さて授業は4限目に入り科目は現国。担当講師は深川先生である。

 深川先生は朝とは打って変わって毅然とした態度で授業を進めていく。落ち着いた口調で進め、私語をしている生徒には「私語は休み時間にお願いします。」と静かに正していく。こうされると生徒も自然と緊張感を持って臨まざるを得ないのだ。

 現国の授業も終わり、昼休みに入ると深川先生は質問に来た生徒たちににこやかに朝のような爽やかさで受け答えする。その様子を横目に購買に向かって歩を進めると後ろから声を掛けられる。

「結城君、もし良かったらお昼保健室で一緒に食べないかなぁ?」

 はっと振り返ると深川先生だった。

「ほら、並木先生もいるし、どうかなぁーって」

 少しもじもじしながらこちらを伺ってくる先生はすごく可愛らしく思わずハイと言いたくなってしまうが生憎先約がある。

「お誘いありがとうございます。非常にうれしいお申し出なのですが、生憎今日は先約がありますのでそちらを優先させていただきたいと思います。僕も先生とは是非ご一緒したいとは考えておりますのでまたこちらからお誘いさせていただいてもよろしいでしょうか?もちろん先生のお時間がある時で構いません。」

 電話口のように丁寧に丁重にお断りとご一緒したい気はあると伝える。深川先生は少し肩を落とし「先約ならしかたないかぁー。誘ってもらえるの待ってるからね。」と軽く肩を叩く。そして俺はまた購買に向かって歩を進めた。

***

 購買で2つほどパンを見繕い自販機でお茶を買う。中庭に着くと姫川さんはもう来ていたようで俺を見つけると軽く手を振ってくる。俺たちは中庭に設置されているベンチに腰掛けお互いの昼食を広げゆっくり食べ始める。

「朝のことなんだけどさ、あれってさ…」

 急に本題に入り身構えてしまう。いざ自分のことを話すとなるとなかなか覚悟が決まらない。さて、どうしたものかと考えるしぐさをすると彼女から衝撃的な言葉が飛び出した。

「やっぱり…結城君ってさぁ…隠れオタクだったのかなぁー!」

「は?」

 朝以上に目をキラキラさせている姫川さんとは対照的にひどく間抜けな声がこぼれる。食べかけのパンは零れ落ち、おそらくひどく間抜けな顔を晒しているだろう。これが〇〇興業ならズダーンと椅子を蹴り飛ばしながら転げまわっているところだろう。

「あれって、今期のアニメの考察ってやつでしょ。わたしもさぁー、よくやるからわかるんだよねぇー。ほら、私ってさ、こう見えて高校デビューってやつ?なんだけどさぁ、ほら、好きなものって簡単に変えられないじゃない?だからこういう話ができる人ってすごく嬉しくてさぁー。ほら、クラスの子たちとはこういう話できないじゃん」

 早口でまくし立てる姫川さん。俺は全身から力が抜ける。まさか姫川さんは重度のオタクだったようだ。しかし、情報が得られなかったのは残念とはいえノートの件をごまかすには非常に好都合であった。ここは話を合わせて乗り切るとしよう。

「そうなんだよね。姫川さんは今期のアニメ何見てるのかな?お勧めあったら教えてほしいな。」

 その後の彼女の勢いはすごかった。目からビームでも発射させそうな勢いで目を輝かせ、思わず口が触れるのではないかというくらい顔を寄せ、俺の手を両手でガッシリつかんで離さず自分の世界を繰り広げていた。たしかに普通にこのテンションでアニメや漫画について語られてしまうと興味のないものは少し、いや、かなり引いてしまうものがあるかもしれない。

 確かに昔の俺ならばドン引き確定だったかもしれない。しかし専門学校時代付き合いのあった友達に重度のオタクの子は何人かいた。そしていろいろ講釈を受け休日にはお勧めアニメ鑑賞会などやっているうちにその友達にも負けないくらいの知識を得るに至ったのである。

 ちなみに彼女が話しているアニメの最終回にどうなるのかも、彼女が一推しにしている推しキャラが6話の最後に死ぬことも当然の如く知っている。知ってはいるが不要なネタバレは控えておいた。やっぱりアニメはリアルで話を追った方が断然楽しいだろうし、一応推しキャラが死なない可能性も微レ存なんだからね。

 しばらく語り尽くし、状況を理解した彼女は冷静になったのかバッと体を離し顔を真っ赤にする。

「ごめんね。なんか一気に話しちゃってさ。中学でもここまで聞いてくれる子いなくてさ、なんか嬉しくてさ。」

「全然いいよ。俺もアニメ好きだし色々話せて楽しかったよ。姫川さん教室とはまた違って好きな事話してるときって目がキラキラしてていいと思うな。」

 またおっさん臭いことを言ってしまったと、軽く反省していると彼女の赤くなった顔がますます赤くなり茹でダコのようになっていく。

「えぇ!?いや、あの…またこういう話付き合ってもらえるかな?ほんとにすごく楽しかったし、そっちの話ももっと聞きたいし、話したい…」

 最後の方は消え入りそうな声になりながら彼女はこちらを見つめる。

「うん。こちらこそ。今日は姫川さんとたくさん話ができて嬉しかったよ。また、一緒に話そうね。それと、姫川さんがオタクっていうのは二人の秘密にした方がいいんだよね?」

「うん。ありがとう…」

 そう言ってしばし俯いた後彼女はパッと明るい笑顔を見せ「また話そうね!」そう言いながら走っていったのだ。

 午後の授業も終え、帰りのHRが終わると深川先生が満面の笑みでやってきた。

「お茶しよ!」

 お昼に一緒に昼食を取れなかったことへの埋め合わせなのか再びの誘いを断る理由もない。それに周囲が学生だらけの中、少しでも精神年齢の近い人と話すのは良い気晴らしにもなる。なにより自分を慕ってくれる新入社員と話してるようでこそばゆいような、嬉しい気分にもなるものだ。もちろん立場は生徒と教師、わきまえた言動を鑑みるとさしずめ取引先の新入社員といったところかな。それにしても、深川先生、俺のこと好きすぎでしょ。

 保健室に来ると並木先生が「よっ」と片手をあげて迎え入れてくれる。会釈をして保健室に入る。見かけが少女なだけにこの包容力とのギャップにやられてしまう生徒は少なくないことだろう。

 先生達の近くに椅子を寄せ、腰掛けると近くの薬品テーブルに深川先生が入れてくれたお茶を置く。それをずずっと一口飲み一息入れる。

「どうかな?」

「あぁ、美味しいですよ。」

「そうじゃなくて!」

 深川先生が入れてくれたお茶の感想を求められたのかと思いきや外してしまったようだ。服装でも変えたのかなと先生に視線をやると並木先生がちょんちょんと肩をつついて小声で「昨日のことよ」

と教えてくれる。なるほど。合点がいった。

「想像以上にうまくやれてると思いますよ。授業の時のギャップの作り方も見事でした。なにより朝の点呼の時の合いの手なんか絶妙でしたね。生徒のことをよく観察されているのがよく伝わってきました。人って頑張って結果を出す以前に、頑張っている自分を見てくれている人がいると感じることが一番やる気につながりますから。生徒たちの励みにもなります。」

 そこまで言うと並木先生が「他に生徒もいないし友達と話す感じでいいよー。お互い固いと疲れるし。ね、七海?」と言いながら深川先生を見る。つられて俺もそちらを見ると深川先生は顔を両手で覆い「ト、トイレ!」と出て行ってしまった。

 並木先生と顔を見合わせお互いやれやれと肩を竦める。すると並木先生は立ち上がり窓側へ行く。

 ちょいちょいと手招きをされ窓に近づくと並木先生は「見て」と窓の外を指さす。そこは今日お昼に俺と姫川さんが話をしていたベンチがあった。

「見てたんですか?」

 尋ねると並木先生はクスっと笑いながら昼の様子を語る。

「いやー、大胆だよねぇ。手なんか握り合っちゃってキスしてなかった?」

「いやいや、誤解ですよ。話してたらお互い盛り上がっちゃって手以外は触れてませんから。」

 並木先生は納得したのかまた椅子に腰かけ「キミもモテるねぇ」と冷やかしてくる。

「誤解ですよ。確かに深川先生は俺のこと好きすぎだとは思いますけど。」

「あら、私もキミのこと好きだよ。」

茶化したつもりが並木先生が攻勢に出てくる。並木先生は言いながらずいっと体をこちらに突き出してくる。小柄な体格に似合わない巨乳が主張を始める。しかし、熟練のおっさんにこんな小娘の色仕掛けは通用しない。

「先生、俺本気にしますよ?」

 そう言って並木先生の方に手を添える。まさか反撃に合うとは思っても見なかったのか並木先生が一瞬目線を逸らし、意を決したように「理子って呼んで」そう言って俺に顔を近づける。ここまでくれば根競べだ。先に逃げた方が負け。絶対に負けられない戦いがここにある。

「理子。」

 声のトーンを落として名前を呼ぶ。ジッと並木先生の目を見つめ顔を近づける。

「あー!!なにやってるのよー!!」

 互いの唇までもう少しというところで深川先生が戻ってきた。この勝負引き分けのようだ。ふぅ、危ない勝負だった。

「プッ!あはははは」

 二人同時に笑いを堪えきれずに吹き出してしまう。深川先生は泣きそうな顔をしている。

「七海ー。私、誠君に理子って呼んでもらっちゃったー」

 並木先生は自慢げにとんでもないカミングアウトをしている。

「呼べと言われたから呼んだだけです。何もやましいことはしてません!」

 一応釘を刺しておく。しかし深川先生は納得できてない様子ででもでもと連呼している。

「七海も呼んでもらえばいいじゃん。誠君ノリ良いし呼んでくれるよ。」

 まぁ、それくらいお安い御用ではあるけれど深川先生には刺激が強すぎるような気がする。そんなことしたらこの人死んじゃうんじゃない。

「そ、それじゃ、私のこともななって呼んでみてよ。」

 拗ねたようにおねだりをしてくる可愛らしいその姿に嗜虐心が掻き立てられる。

「遠慮なくいっていいんですか?」

「う、うん」

 よし、殺してみよう。そう決意して深川先生に近づく。深川先生の手を取り目をじっと見つめ先生の肘までを抱え込むお互いの体の距離もグッと近くなる。

「なな」

 先ほど同様声のトーンを落として名前を呼ぶ。そしてお互いの顔を近づけようとしたとき。

「きゅぅー」

 奇妙な鳴き声をあげて深川先生は気絶してしまった。なにこの人初心過ぎない?ほんとに二十歳超えてるの?中身中学生とかじゃないの?

 気絶してしまった深川先生をベッドに寝かせると並木先生が笑いながら言う。

「誠君、女性慣れしすぎ!もう既婚者の域だよね。」

 この二人と話しているとついつい気が緩んで余計なことを口走ってしまう。

「いやむしろバツイチ子持ちの域までありますよ。」

「そうかー。誠君はバツイチ子持ちかー。」

 うんうんと並木先生は納得する素振りをする。そうだこの人何気に鋭いから下手なことを言うと危ないのだ。

「冗談ですよー。男子は18まで結婚できませんからー。」

笑いながら念を押しておく。時刻は下校するには程よいくらいの時間になっていた。と言っても深川先生を気絶させた手前放置して帰るのも気が引けたので起こしにかかる。

「先生朝ですよー。起きてくださーい。」

 体を軽く揺さぶり声をかける。深川先生はうーんとうなりながら目が覚めたのか眠そうに眼をこする。

「おはようございます」

 寝ぼけ眼の深川先生に声をかける。すると深川先生はビクッと肩を震わせると今度は一転、ギギギとロボットのような動きに変わる。まったく飽きの来させない人だな。

 そうこうしているとコンコンと保健室の扉がノックされる。

「すみません、お姉ちゃん来てますか?職員室にはいないみたいで…」

 入ってきた人物を見て驚いた。自習室であった深川さんだ。ふと気付く。お姉ちゃん。深川。なるほど、二人は姉妹だったのか。

 俺がそんなことを考えていると向こうも俺の姿を見つけ、あっ、と気まずそうな顔をする。その様子を見て入部届の件を思い出したので鞄を漁って入部届を取り出す。

 深川さんに「これ」と入部届を差し出すと彼女はすっと俯いてしまった。

 はてと彼女を覗き込むとぽろぽろぽろと涙を零し始めた。

 ギョッとして彼女に近寄ろうとすると俺よりも早く深川先生が彼女に駆け寄った。そしてキッとこちらを睨む。その瞳には「妹に何をした!」と言わんばかりの迫力があった。

 膠着していても埒が明かないので持っていた入部届を彼女に握らせる。

 入部届にはもちろん俺の名前が書いてある。彼女は涙に濡れた瞳で入部届を確認すると、なんと今度はうっうっと声をあげながら泣き出した。

 その様子を見ていた深川先生は恐る恐る入部届に目をやると状況を察したのか見る見るうちに顔を赤くする。

 美海は俺の渡した入部届をぎゅっと持ちいまだに涙を零し続けている。あーあ、入部届しわしわのブヨブヨになってるよ。まぁ、何回でも書くけどさ。

「これからよろしくな。いい部活にしような。」

「うん。よろしく…お願いします。」

 昨日よりも確かな声でそう言うと美海は元気に首を上下に振った。

***

 翌日、お昼休みになり俺と深川姉妹は部室となる自習室に集まった。

「昨日は本当にごめんなさい。」

 部室に入るや否や、深川先生は俺に深々と頭を下げる。昨日の保健室での件の謝罪だろうが、本日2回目である。

「朝も聞きました。それに気にもしてないですし、朝みたいにみんなの前でそういうの、やめてくださいよー。深川先生、生徒から人気あるし、俺そのうち学校来れなくなっちゃいますよ。」

 事実、朝の謝罪の折複数の生徒からの好奇の視線、殺意の視線をひしひしと感じ、果てはなにやらひそひそとあらぬ噂までたてられているようなのである。

 それに対し志信は「誠、すごいね」と苦笑いを零し、姫川さんは「先生と仲いいよね。どういう関係なのかな」と何やら黒いオーラを発していた。当然二人には誤解である旨を説明することになったのだが各休み時間になると深川先生とお近付きになりたい男子生徒に囲まれさらには手を出したら云々かんぬん脅しを受ける羽目にまでなったのである。

「今日はどうしましたか?お昼一緒に食べるために集まったんですか?」

「部活のこと…新部開設に最低でもあと、一人は要るから。」

 なるほど。その一人をどうするかの作戦会議か。ふむと考えるしぐさをした後先日生徒手帳にて確認した内容について深川先生に確認をする。

「校則では部員2名以上で同好会としての許可がおりるようになっていますよね。最悪同好会としての設立も視野に入れてもいいと思います。さらに部員の人数規定も常設部活についてはこの限りではないとなっていますが、天文部なんて大概どこの学校にもある部活ですよね?常設部活と申請も可能だと思うのですが。」

 確認事項をぶつけると流石に先生も校則内容は確認していたようで反論意見をぶつけてくる。

「同好会なんて駄目よ。部室もない。部費もゼロ。天体観測ってお金かかるじゃない。ほら、望遠鏡とか要るでしょ?それに同好会って顧問設置不要なんだよ?ほら、美海ちゃんもお姉ちゃんと部活したいでしょ?」

「べ、別にいい。お姉ちゃんだって一昨日まで同好会でもいいんじゃないって言ってた。」

「先生…そういうの、なんていうか知ってます?公私混同って言うんですよ。」

 しかし、美海は姉と話すときにはそれなりに普通に話せている。まぁ、家族と他人で態度が違うのは当たり前のことと言えば当たり前のこと。どちらかと言えば問題は先生の過保護ぶりにあると言える。

「妹想いは結構ですが、他の生徒がいるときは気を付けてくださいね。ほら、子供って依怙贔屓には敏感なんですから。こっちにその気がなくても勘違いさせると後が面倒ですよ。」

一応釘を刺しておく。先生も一応の理解があるのかむーっと膨れながらも納得はしているようだ。

「とにかく、同好会なんてダメ!」

「じゃあ常設部活はどうです?それなら2人だけでも部活として申請できると思うんですが。」

 ならばと対案にあった常設部活について提案をする。しかし、こちらにも思うところがあるのか先生は難色を示す。

「確かに常設部活なら2人だろうが極端な話1人でも部活動は出来るよ。でも、やっぱり身内の部活に申請の難しい常設部活の許可ってやっぱり出しづらいかな。」

「なら別の顧問を立てたらいいんじゃ…」

 そこまで言ってギョッとした。目の前の教師が泣きそうな顔をしているからだ。

「まぁ、意地悪なことを言いました。すみません。ではあと一人探す方向で考えましょう。」

 肩を竦めながら提案を訂正する。するとまたしても先生は申し訳なさそうな顔をしてぼそりととんでもない条件を突き付けてくる。

「それがねぇ…そのことなんだけど…最低部員5人でお願いしたいんだけど…」

「でもお姉ちゃん、部員は3人って…」

「それも身内びいき対策ですか?」

 やはり身内が顧問となってそこそこの部費を引き出そうと思うと簡単にはいかないのだろう。下手をすれば横領の猜疑がかかることになる。

「そうなのよねぇ。申し訳ないんだけど、あと3人どうにか勧誘できないかしら…」

 確かに部員が5人ともなれば新部設立としては必要十分な人数である。さらに各部員に役職を割り振れば不要な勘繰りの対策にもなる。

 簡単なことではないのはわかっている。しかし、せっかく第二の高校生活が回りだしたのだ。行動しなければ、きっとまた後悔が残る。覚悟を決める。

「わかりました。あと3人。必ずそろえて見せます。」

「私も!一緒にやる!」

 珍しく美海も力強く返事を返す。

「誠君。美海と新部をお願いします。」

 先生は俺に向かい深々と頭を下げた。

 ***

 翌日から俺と美海の新入部員探しが始まった。

 美海に入ってくれそうな人に心当たりがないか聞いてみたが思い当たる人物はいないようで俺の方で入ってくれそうな人を思い返す。

 とはいってもそれこそ15年以上前の記憶になる。名前も覚えてなければ雰囲気だって記憶と変わってくる。

 一人ずつ話して説得していくしかない。美海と休み時間に学年中を回ることになった。

 美海のクラスは1-2この学校には各学年特殊クラスを含めた9クラスある。

 さらにはほかの部活の部員獲得競争も激化しており一筋縄にはいかない。現に志信もすでに空手部に入部しもう部活に参加していた。

 各クラスを回るといっても中をチラチラ見ながら俺の記憶にある人がいないか探すのが主であるがなかなか見つからない。自分の記憶の曖昧さが恨めしい。

 さらには美海の引っ込み思案もあり学年散策は難航していた。そんなこんなでお互い空いている休み時間は二人で学年を回り、お昼休みには二人で部室で昼食兼作戦会議をする日々が続いた。

 暦は4月下旬に入ろうとしている。

 他の部活勧誘も一段落が付いてきたようだ。俺たちはというと何人か記憶をたどりながら勧誘をしたもののこちらではまだ初対面。見事に玉砕続きの日々だった。GWの絡みも考えるとどうしても今月中に部員を揃えておきたかった。

 朝、登校してくると隣の姫川さんが声をかけてくる。

「最近何してるの?なんか休み時間になると2組の深川さんとどこか行ってるよね。」

「部活の勧誘してるんだけど、なかなかうまくいかなくてさぁ。」

 げんなりした様子で答える。実際ここまで難航するとは思っていなかったのだ。

「何部なの?」

「天文部。新設なんだけど申請に必要な人数集められなくてさぁ。」

 言いながら入部届をヒラヒラして見せる。姫川さんは入部届をはしっと取るとまじまじ見つめ何やら書き出した。

 じゃーん!と効果音が鳴りそうな勢いで俺に入部届を突き出す。

 入部届 天文部   姫川 優子

 入部届を俺に渡しながら姫川さんがニシシと笑う。相変わらずアニメの影響が隠しきれていませんよ。しかし、難航続きの部員集めにやっと光が差したような気がした。

 嗚呼、天使は隣の席にいたんですね。

「ありがとう。一緒に部活頑張ろうな。」

 姫川さんに図書室の横の自習室が部室な事、美海とお昼を一緒に取っている旨を伝え良かったら顔を出してみてほしいと頼んだところ快諾を得られた。

 となれば、こちらも勢いに乗りたいところで実は以前から一人目を付けていた人物がいる。

 7組の”細田 真一”。彼は以前高校の頃俺が足を骨折して入院をした時それまで一度も話したことがなかったにも関わらず毎日お見舞いに来てくれたのである。その縁で以前はことあるごとに色々仲良くやっていた覚えがある。

 しかし、細田にはある弱点があった。彼は非常に無口で不愛想。しかもその強面から周囲に非常に誤解されやすいのだ。俺でも入院の一件がなければ関わろうとは絶対に思わない。

 7組に来て細田を探す。というまでもなく細田はすぐ見つかった。だって、彼の周り、人が全然いないもん。

「細田君!ちょっといいかな?」

 戸口から細田を呼び出す。周りからはなんて怖いもの知らずだと話していなくても聞こえてくるような、怖いものと可哀そうなものを同時に見るような視線が送られてくる。

「俺さ、4組の結城って言うんだけどさ。天文部っての作るんだよ。細田君に入ってほしくてさ。どうかな?」

 言いながら入部届を差し出す。細田は俺の気さくな話し方が意外だったのか不愛想な仮面の下に隠しきれない驚き顔を一瞬浮かべ、静かに入部届を受け取った。

「それ書いたらさ、俺ら図書室横の自習室が部室なんだ。お昼もそこにいるからさ、来てよ。」

 そう言って7組を後にする。俺は細田が部室に来てくれる自信があった。なぜなら細田はこう見えて非常に押しに弱く誰よりも心優しい面を持つのだ。さらに繊細で実は傷つきやすくわかりやすく言えば強面の乙女(♂)なのだ。

 ***

 昼休み、俺は姫川さんを連れて部室へ来た。部室の扉を開けると美海はいつも通りもう来ており俺の隣にいる姫川さんを不安げな顔で見ては俺の顔と交互にチラチラしている。

「お待ちかねの新入部員だよ!」

 俺が元気に告げると深川さんの顔がぱぁっと明るくなる。

「4組の姫川です!フフン!2組の深川さんだねぇ?よろしく頼むでござる!」

 俺と美海の顔が一瞬凍り付く。これは勘違いをされておりますぞ!姫川殿!

 そっと姫川に耳打ちで美海がオタクでないことを告げると姫川の表情が一気に青くなる。がそんな気まずい空気を打ち消したのは意外にも美海だった。

「大丈夫!姫川さん。よろしくでござる!」

 胸の前でピースを突き出し姫川さんのセリフをまねる。この子はこれで一生懸命歩み寄ってるんだなぁとしみじみ思った。

 3人で机を並べ昼食を食べようと机を並べる。そして俺はもう一つ隣に机をつける。その様子を二人は不思議そうな顔をして見つめる。

「もう一人、新入部員が来る予定なんだ。」

 言いながら扉の方を見る。摺りガラス越しに大きなシルエットが見える。

「おーい。待ってるんだからはやく入れって。」

 そう言って扉をガラッと開けてやる。ぬっと細田の巨体が部室に入る。女子の二人が固まった。というより美海「ヒッ」と声に出ている。

「・・・」

 なんか言えと言いたくなるが仕方ない。これが細田なのだ。だが誰よりも優しいところを俺は誰よりも知っている。

「持ってきた?」

 細田は無言で俺に入部届を差し出す。

 入部届 天文部   細田 真一

 俺の強引な勧誘は何とか成功を収めたようだった。

「細田、自己紹介しよっか。こっちは2組の深川さんと4組の姫川さんね。」

 細田はうなずく。さてはさっきのやり取りも聞いていたな。さしずめタイミングを計りかねて入れなかったというところだろう。

「7組の細田…です」

 不愛想に細田は自己紹介をする。一見不機嫌に見える彼だがこれが彼のスタンダード、デフォルトなのだ。

 俺は未だにおびえた様子の女子二人に補足する。

「彼ね、無口で不愛想だけど、本当に優しい奴だからさ、仲良くしてあげてね。」

そう言い彼を真ん中の席に誘う。

「端でいい。」

 細田はボソッとつぶやくが聞こえないふりして却下する。こんな乙女な彼のお弁当を見ないなんてモッタイナイ!

 みんなでお弁当を広げ、俺はパンをかじる。

「うわぁー!」

 細田のお弁当を見た女子二人が感嘆の声を上げる。

 体格に似合わない小さめのお弁当箱にウサギのおにぎり、きれいな形に巻かれた卵焼き、季節の野菜を使ったカラフルな野菜炒めにサラダ。とても男子高校生のお弁当とは思えない。

「これお母さんが作ってるの?」

 姫川が問いかけると

「自分で…」

 と細田は答える。しかし俺は知っている。細田は下に女の子2人、男の子1人の4人兄弟の長男。さらに彼らのお弁当も細田が毎日作っているのだ。しかしさすがに俺の細田通も度を越えるときもいのでここは黙って様子を見ることにした。

「はぇー。すごいですねー。私料理できないから素直にすごいと思います。」

 美海も感嘆の声をあげている。

「深川さんとこは深川先生が作ってるの?」

「美海でいい。お姉ちゃんのお弁当お肉と冷凍食品ばっかり…」

 意外なことに美海が自分からファーストネームで呼ぶことを要求したのだ。ここ数日で本当見違えるほど積極的になったものだ。

「私も優子って呼んで!みんなも!」

 姫川さん改め優子は美海と仲良くなれたことがうれしいのかまたキラキラと目を輝かせた。

「真一でいい…」

 なんと!今度は無口で有名なあの細田改め真一でさえもこのビッグウエーブに乗り出した。

「お、俺も誠って呼んで!」

 出遅れて殿を務めることになってしまった。不覚にも非常に恥ずかしい。

 こうして、新たな部員を迎え、残る部員はあと一人となった。

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