より良い明日を掴むため!-ある日気が付いたら高校生の自分に戻っていたので全力で青春することにした!
じゅんちゃん
第1話 やり直しってんなら本気でやるから!
人生はやり直せない。当たり前のことだが人は常日頃からそんなことを思いながら暮らしてはいない。こと重要な岐路や局面に瀕した時でさえ、それが自分の人生においてただの一度きりの選択であっても。しかし、全てにおいて熟慮し最良の選択を取ることはほぼ不可能であるし、また、すべてにおいて誤った選択をしてしまうということもない。
しかし往々にして人は誤った選択をし、その度に過去の自分の選択肢に思いを馳せ、そこにあったであろう可能性を夢想する。もちろん自身の過去の選択を変える、もしくはなかったことにすることなど不可能である。ならもし、過去の自分に戻れたとしたら、いったいどんな選択をするのだろうか?いや、どんな選択をしたとしても、むしろ、どんなに一度自分のした選択を模倣して選択していったとしても、今の自分と全く同じ自分ではいられないだろう。なぜなら、小さな蝶の羽ばたきですら、世界に重大な変化をもたらしてしまうのだから。ならばいっそ、自分が一度たどった道から大きく変化を求めて行動したとする。そうすれば、たとえ同じ自分であったとしても、別の人生と言えるのではないだろうか。
突然、過去の自分に巻き戻された。そんな男のお話。
***
過酷な歳末の事務仕事から解放されること数日、桜の匂いも落ち着き始めた4月初旬、しがないサラリーマンをやっていると季節の変わり目やスケジュールの日付、休日や業務のローテーションのため以外に暦を見て感慨にふけることは少なくなってくる。
俺は”結城 誠”現33歳バツイチ独身サラリーマン。いわゆる不良物件というやつですね。
スマートフォンの日付は202X年4月7日、時刻は9時24分。
午前の休憩時間までもうしばし時間がある。しかし年度初めの業務内容は新規顧客と年間業務計画。従来からの顧客要件がなければ、案外手が空きやすいものだ。
この忙しさを繁忙期や年度末一斉に襲ってくる事務作業と平均化して仕事ができればどれほど楽になっただろうか。
そんなことを思いながらもう一度スマホに目をやるとメッセージアプリに新着通知が来ていることに気が付く。
差出人欄は「Naoko」。
”大石 奈緒子”…元妻である。
「玲の入学式の写真送っとくね♪」
フランクな内容とともに張り付けられた大量の写真。
「あぁ…お義母さん張り切ったんだなぁ」
誰に言うでもなく独り言ちる。
娘の入学式の写真には娘の玲、元妻の奈緒子、そして和服の一張羅に髪をアップに盛りに盛っているお義母さん。…満面の笑みである。
「ありがとう。」
簡素に一応の返信を打ちつつ「入学祝いしてないなぁ…」と思い巡って気が付く。そうか、これは「入学祝い寄越せ」の催促だなと。
打つだけ打って未だ送信していない文面をひとまず削除。
「入学祝い買いに行く?送ったほうがいい?」文面を差し替えて送信。これで良し。
それでも、催促でもなんでも元夫なんぞに愛娘の成長をつぶさに報告してくれる。よく出来た元奥さんではある。なにせ、もともとの離婚原因は俺の女癖の悪さが一番の原因であるにもかかわらず、周囲には生活の違いとかもっともらしい言い訳を考えてくれた挙句、こうして今も気さくに連絡を取り合ってくれる。
養育費も払うと言っているのに「いらない」と言ってこちらの生活を気にしてくれるほどの出来っぷりだ。正直、要らないといわれた瞬間には絶縁ぐらい言い渡されるものかと思ったが、どうやらお義母さんの資産が潤沢にあるため本当に不要だったようで、ならなぜ誕生日プレゼント、クリスマスプレゼント、入学祝いと、ことあるごとに催促を寄越すのかというと、これも簡単。単に「俺がプレゼントする」ということが大切なようである。
「娘さんですか?」
スマホを眺めつつ時間を潰していると、後輩の矢田が話しかけてきた。
「入学祝いの催促だよ。新規予定表埋まったの?」
「いやー、なんともなんですよねー。あんまり予定表出して乖離率高いと部長うるさいじゃないですかー。」
「先にアポだけでも取っちゃうんだよ。で、乖離率高くなっちゃうようなら別のとこ何個かキープしとくの。」
アドバイス…というほどでもない、何年も同じことをしているとツッコミが入らないようにだれもが要領よくやるようになる。それはある程度役職を得たものでも同じである。
「先輩、課長とかやらないんですか?」
「俺、キャリアねぇしな。ほら役職付きってここほとんど神都大学の出じゃん。俺高卒だしさぁ。」
「確かに。でも先輩、専門学校卒ですよね?」
「専門学校でも最終学歴は高卒なんだよ。大学くらいFランでもなんでもいっときゃ良かったっていまだに思うよ。」
「アハハ…先輩仕事はバリバリなのに勿体ないですねぇ。」
少ない会話の中でも適度に世辞をねじ込んでくる。こちらもまた出来た後輩だなと感心してしまう。もちろん俺が出世できない理由は学歴のほかにもある。それがどんなことなのかも一応自分でも理解している。しかし、それを今更修正したいと思わないのも事実だ。
「午後からの外回り一緒に行くか?何なら飯も一緒に食う?」
「ええ、ぜひお願いします。…あと、得意先なんかもいくつか廻らせていただければと…」
ほんとにちゃっかりしてる。それでも自分のことを頼ってくる後輩はかわいいもので、OKと軽く返事をしてまたデスクに向かいあう。あぁ…出世して楽してぇなぁ…
午後になり、後輩と定食屋にて一緒に昼食をとり営業先を何件か廻る。
特に変わったこともなければ、なんなら順調すぎるまである。この調子だと思ったより早めに今日の予定分は終わりそうだ。
営業車の中で次の営業先とのアポの時間までノートPCにデータをまとめておく。効果的に時間を使える人間こそ楽ができるのだ。
さて、今日の営業も残り2件。吸っていた煙草を揉み消し、そろそろ車を出そうかとキーを回…そうとした。突然胸が痛くなる。とっさに胸元を抱えてうずくまる。
息もできない。突然のことに混乱する?
酸欠の金魚のように口をパクパク開くが声にならない。
胸を抑える掌から伝わる鼓動は大きくそしてゆっくりと…そして消える。
そのまま俺の意識は闇に呑まれていった。
***
目を覚ますと見覚えのある天井。しかし、覚えがあるにはあるが…実家だ。
さらにベッドは俺が昔使っていた物。昔、結婚した時に廃品業者に処分したはずなんだけど。
どのくらい意識がなかったのか、気になって手探りでスマホを探す。しかし枕元には目当ての物はなく。
「なっつ・・・」
ガラケー。昔使っていたブルーのガラケーがあった。パカパカ開くまさに”携帯”だ。
パカっと開くと大きく時刻、少し小さめの表示で日付。しかしおかしい。
「200X年。4月8日。…は?」
よくわからないけど疲れてるんだね。会社休ませてもらおう。そう思いまたスマホを探す。
「あれぇー。ないー。」
ベッドの周辺にはない。スーツの中に入れっぱなしなのかと部屋を見渡してみる。
スーツもない。というか、部屋が全体的におかしい。
ベッドは昔捨てた物。学習机がある。これも昔処分した。そういえば記憶にある実家の部屋よりも微妙に部屋が大きい。壁にはご丁寧に高校時代の制服が飾ってある。正直俺は高校時代にそこまでアオハルしてたリア充って訳ではない。寧ろボッチとまでは言わないが友達は少なかった覚えがある。こんな後生大事に「思い出の品」とやらを取っておくような甲斐性もない。
「もう起きて学校いきなよー!」
部屋の調度品を眺めうんうん唸っているとリビングのほうから母親が呼ぶ声がした。学校?何言ってんだ?ウチの母親にもついに認知症の症状が現れてしまったのか。もういい歳だもんなぁ。前に実家寄った時にはピンピンしてたのになぁ。現実の問題として考えると少しも笑えない。重大な問題である。
このままリビングに顔を出すのは非常に億劫に感じられたが、現状を理解しないままにしておくほうがよほど怖い。仕方がないのでリビングに顔を出す。
「おはよう!」
…母親が、若い。40そこら、いや、下手したら30代に見える。あれか?仙人みたいのが歳取りまくって逆に見た目が若返るとか最終的には8歳くらいの幼女になるまであるって…いや普通に母親だしキモイ。
「朝の挨拶くらいちゃんとしなさい。」
「あぁ、おはよう。っていうか何?学校て何?」
「あんた高校入学したばっかりでしょ。もう登校拒否?」
「いや、ちょっと待って。なに?なんで?」
ちょっと理解できない。まず、何から確認すべきだろう。
「今っていつ?」
我ながら意味不明な質問だ。どうやら母親の認知症を心配するよりも自分の頭がどうにかなってることのほうを心配するべきみたいだ。
「もう7時10分よ。7時半には家出ないと間に合わないんでしょう」
「じゃなくて、えーっと、今って何年?」
「?平成?平成1X年よ。」
平成って言ったか。どうやら令和は光の速さを超えてついに平成に回帰して…いや、意味わかんね。
「平成1X年て西暦いつよ?」
「200X年。なに?どしたのって時間!顔洗って服着替えて準備しなさい!」
時計はもうすぐ7時20分になろうというところだった。確かに高校に向かうとすればもうそろそろ家を出なくてはならない。
いろいろな意味で顔を洗ってさっぱりする必要があったので洗面台に向かって驚いた。
「おぉ、若い。っていうかガキじゃん。」
もういろいろあきらめ半分の心境ではあるが実際に自分の顔を見ると改めて異常事態であることを痛感させられる。鏡にはよく見覚えのあるまだ幼さの残った高校生の顔がある。顔を洗いながら髭剃りに煩わされない若さを堪能し、自室に飾ってあった制服に袖を通していくと自然と笑みがこぼれた。それは懐かしさというよりも、高校生に扮して悪戯をするようなそんな笑みだった。学習机のそばにある鞄をひっつかむ。
さて、行ってきますと玄関を出たものの、俺が通っているのは制服と鞄から市立山手西高等学校であることのおおよその察しはついている。なにを隠そう俺の母校だしな。駅まで徒歩でそこからたしか3駅だったかな?
駅に着き、鞄をごそごそと探り財布を探す。開いて所持金を確認する。1万4千と小銭が786円。おぉ、結構持ってる。券売機に行き目的駅への金額を確認していてふと思い当たる。たしかどこかに定期なかったっけかな?
鞄を再びごそごそと漁ってみると、あった。鞄の外ポケットに定期入れと定期。目的地もばっちり書いてある。俺偉い!
定期を改札に差し込み出てきた定期を受け取る。懐かしい。定期の裏には時刻と入ったことを表す文字が印字されている。「俺昨日もちゃんと学校行ってるな。」こんな心の声誰かに聞かれたら即カウンセリング行きだよ。
「誠!おはよー」
電車を待っていると後ろから同級生だと思われる男の子から声を掛けられる。というかよく知ってる人だわ。若返ろうが見間違うこともない。同級生で幼馴染の”太田 志信”だ。志信は大人になっても度々一緒に飲みに行っていたし、間違いなく俺の人生で一番仲のいい男友達と言えるだろう。
「あぁ、おはよ」と軽めの返事をしながら確認しておいたほうがいいことが数点あることに気づく。
「教室一緒に行こうぜ。」我ながら完璧な誘い文句である。なぜなら俺と志信は高校で三年間同じクラスだったことを覚えている。これならごく自然に教室まで案内してもらえる。
「いいよー。誠部活はもう考えてるの?」
問われて思い返す…までもない。高校では3年間ずっと帰宅部だった。それどころか早く社会に出ることを憧れていた俺は狂ったようにアルバイトに励んでいたのだ。
「まだわかんないなぁ。」
実際今自分が置かれている状況ですらイマイチよくわからないのだ。部活とか考える余裕など今はない。
そうこうしているうちに電車がホームに付き志信と電車に乗り込む。電車の中は満員とは言わなくてもそこそこに人が乗っており志信とは電車を降りるまで会話もなく、車窓から流れる景色に目をやる。そこにはやはり、懐かしさよりも新鮮さといったほうがしっくりくるような、見慣れていたはずの景色が流れていた。
学校に着き、志信と下駄箱に来たもののまた問題発生である。クラスの出席番号がわからない俺は自分の上履きがわからない。
「俺のどれ?」志信に聞いてみたが志信も首をかしげてしまった。そして、しばし間をおいてから何かを思い出したように鞄を探り、クラス名簿表を取り出した。さすが我が親友!手際の良さが一流です!
名簿を確認し無事上履きに履き替えクラスの確認も済ませた俺は志信と教室に向かった。
それとなく自身の席を志信に教えてもらい窓側後方二番目の席に着く。良い位置だと思うだろ?これがなかなか夏場には開け放たれた窓に吹き込む風にたなびくカーテンのせいで授業どころではなくなるのである。
朝のHRが終わり、授業の確認をして机の中をごそごそと探る。ない。鞄も一応見てみる。ない。うーん、なんということでしょう。教科書一式をお忘れになっているではありませんか。ちゃんと翌日の授業準備はしておこうね!俺!
とはいえ、教科書もノートも出さずにただ座っていてはあまりにも目立ってしまう。隣の席の人に見せてもらおうとちらりと見やると少し明るめのウエーブがかったロングヘアーに少し強気そうな目の女生徒だった。
「ごめん、教科書忘れちゃって…見せてもらえるかな?」
「う、うん。いいよ。」
正直女子高生に話しかけるのは(年齢的に)ハードルが高かったがあまり目立ちたくもなかった。思い切って声をかけたが一応の了承はいただけたようで机を付け教科書をずいと近づけてくれた。
「ありがとう。えーと…」
「あ、姫川です。”姫川 優子”よろしくね。」
「結城誠です。どうもご迷惑おかけします。」
「なにそれ。かしこまらないでよ。」
ついサラリーマンの癖が出てしまった。しかし、姫川さんはクスっと笑い悪い印象ではなさそうだったのでまぁ、良しとしよう。
授業の内容はほとんど中学の基礎的な部分の復習であったり、そこまで難しい内容ではなかったので今日一日内容を聞いてなかったからと言って極端に授業から置いて行かれるようなことはなさそうだった。
高校1年生として目が覚めたのは不幸中の幸いで、これが2年や3年ともなると授業内容などちんぷんかんぷんのアブラカタブラ、おおよそまともに聞いても半分も理解できなかったことだろう。さらに言えば人間関係も出来上がった後になり、いきなり浦島太郎の記憶喪失状態。そうならなかっただけでも神様にも一応の人情はあるのだろう。
授業内容を耳半分に聞き流しつつ、さて今自分が置かれている状況と今後について、どうするか考えを巡らせようかというところで隣の席からちょんちょんと遠慮がちに肩をつつかれ、ちらと目線をやると姫川さんが小声で話しかけてきた。
「ノート。取らないの?」
「ノートも教科書も全部忘れちゃって…紙切れかなんかある?」
こちらも小声で返すと姫川さんはすこしごそっと机を探り「ん」と1冊のノートを差し出してきた。
「や、ノートとか悪いし、切れっ端とかでもあるといいんだけど。」
「いいよ。落書き帳だし。ノート持ってきたらまた写せばいいじゃん。」
ずいっと出されたノートを静々と受け取り「ありがと」と短めの礼を言う。ノートを改めてみると罫線も何もない真っ白なノートだ。最初のページにちょこちょこ落書きや覚書、入学時に仲良くなったであろうクラスメートの名前などいろいろ書かれている。
「あんまり見ないでよ。恥ずかしいし。」
少し顔を赤らめ姫川さんが抗議してくる。「ごめんね」と軽く返し、ノートの白紙のページを開いた。
もちろん板書がしたくて借りたわけじゃない。とりあえずの状況整理をするためだ。ノートの上に現在の状況を箇条書きする。
・2003年4月8日
・2020年4月7日
・高校1年
・死んだ?
・夢?現実?どっちが?
・生まれ変わり?入れ替わり?
・タイムスリップ?
・何故?
書きながらお約束のように自分のほっぺたをつねってみる。痛い。夢ではないようだ。では今までが夢で2020年までの妄想をしていたのか。否、社会人になってから痛い思いなどそれこそ肉体的にも精神的にも山のようにしてきたし、それこそ死ぬんじゃないかという体験もあった。寝れば夢を見る日もあった。寧ろ今こそ家に帰って寝れば泡沫の夢のようにサラリーマンとして目を覚ますのではないかとさえ思う。
しかし今の現状をいくら考えても俺は高校1年生からもう一度人生をやり直す必要がありそうだということ。何故とかそういうことを考えるとそれこそ途方もなく考えあぐねることになりそうで一旦考えることはやめた。
そうこう考える内に一限の授業の終了を知らせるチャイムが鳴り教師が教室を出て行った。休み時間になると姫川さんが先ほどより少し大きな声で話しかけてくる。
「この後は教科書あるの?」
「ごめん、全部持ってきてないんだわ。見せてもらえるかな?」
客観的にずいぶん図々しいお願いである。迷惑を承知でお願いした。
「全部!?何しに学校来てるのよ。…いいよ。」
言葉とは裏腹にあきれ半分笑顔半分といった雰囲気で快諾してくれた。姫川さん、正直名前どころか印象も何も覚えてないけどいい人だなぁ。
その後の授業も姫川さんと机を付け、形だけ教科書を見せてもらい、落書き帳には今後どうするのかを書き込んでいく。
まず、元の生活にはもう戻れないとする。そして俺は何をすべきなのか考える。
大学には行きたい。できれば国立。もう専門学校には行かない。
そのためにどうするか。まず勉強をする。ちゃんと受験勉強にも精を出すこと。そして部活はどうするか。アルバイトは。
アルバイトは正直今はする気はない。出来るならまともなアオハルがしたい。なら、部活はしておくべきだろう。ノートの部活と書かれた部分にグルグル丸を付ける。そこまで書いて気が付いた。ボールペンで書いてる!
やっちまった。これ消せないよ。修正液まみれで返すわけにもいかないし、人のノート破いて返すわけにもいかない。しかもこれ最初のページの裏表だよ。うわー。
思わず頭を抱えていると「どしたの」と姫川さんが声をかけてきた。
「ごめん、ノート、ボールペンで書きこんじゃって…」
申し訳なく言うと、姫川さんは「いいよ。別に気にしないよ」とけらっと言ってくれた。いや、ありがたいのですが書いてある内容がね。
まぁ、最悪中二病の妄想野郎って思われるだけかな。あーアオハルってなにそれおいしいの?
午前の授業が終わり昼休みになるととりあえず購買に向かいパンを物色し中庭を通って図書室の横にある特別教室へ行く。そこは自習室になっており試験勉強や受験勉強、自習などのために開放されてはいるが、専ら誰も利用しないのだ。まぁ、勉強するなら普通に図書室のほうに行くわな。
以前から俺はお昼をそこで過ごしていたのはよく覚えてる。昼食を取るだけにしても寝るにしても人がいなく一人になれるいい場所である。
購買のパンを片手にカララとドアを開けると珍しいことに先客がいた。というより先客がいるのを初めて見た。いつ頃からここで昼食をとっていたのか定かではないが俺が過去高校に通っていた3年間先客どころか来客でさえいたことがなかった。
地味な感じの女生徒だ。長めの前髪にえりあしが肩にかかるかというところで切りそろえられ小顔に対して大きめの眼鏡。
多分同級生だったと思うがあまり記憶にない。目が合ったので一応会釈し「お邪魔じゃないですか?」と軽く声をかけておく。
「大丈夫です。」
ぽそりと女の子が返事をしたのを確認するとあまり邪魔にならぬよう離れた席を確保して購買のパンをほうばる。
パンを食べ終えどこを見るでもなくぼーっとしていると視界の端にB4サイズの紙を差し出された。
驚いて視線を向けると先客の女の子がなにか言いたげにその紙を差し出している。が、何を言うわけでもないので困惑してしまう。
「えっと、なにかな?」
沈黙に耐えかねて尋ねると女の子はびくと軽く肩を震わせ視線はちらちらとこちらにそちらに泳ぎ、顔は見る見るうちに赤くなっていく。小動物のような雰囲気を可愛らしく思って眺めていたくなる衝動を抑えその子の差し出す紙を受け取ってみる。
入部届
女の子の持つ紙にはそう書かれていた。こんなところで部活勧誘とは驚いた。まさかこんなところで勧誘されるとは。そうか、教室に居場所がないボッチと思われてるのかな。半分当たってるよ!
「部活?何部かな?」紙には「天文部」と書かれているが言葉にして問いかける。
「天文部。ここに来たから…興味…あるのかと思って。」
ここに?自習室でしょ?久しぶりで部屋間違ったかな。
部屋をいったん出て表札を確認する。「多目的教室1」うん。あってるね。
「ここ…一応天文部の部室…だから。」
女の子はぽそりというが俺にそんな記憶はない。
「ここって何かの部活の部室だったっけ?ごめん。覚えがなくてさ。俺ここで飯食ったのマズかったかな?」
そう考えると非常にばつが悪い。この子からしたら見知らぬ男子が急にきて部室でもしゃもしゃパン食ってるんだからシュールすぎて怖い。
「大丈夫…です。まだ正式な部活じゃないし…一応自習室にも…なってるから。」
「ほかの部員さんは?確認とかしなくてもいいの?」
「今、新部申請出してて…部員も…5月までに3人以上集まらないと正式な部活にならなくって…だから、あの…まだ決めてないなら、入ってもらえると…あの…」
なるほど合点がいった。以前は部員が集まらなかったので俺がこの教室を見つけるまでに部の申請が却下されてしまっていたのだ。 女の子は言いながら顔を赤面させている。初々しい雰囲気が非常に可愛らしい。
「他も色々見たいからさ、一応入部届もらっといてもいいかな?」
そう言いながら差し出された紙を受け取ると女の子はますます赤面し、コクっと頷いた。
「そうだ、名前。教えておいてもらっていいかな?俺、結城誠って言います。よろしく。」
「あ、えっと…”深川 美海”です。あの…こ、こちらこそ。」
赤面した深川さんはバッとお辞儀する。そこまで畏まられるとむず痒く居心地が悪い。
「それじゃ、俺、そろそろ教室戻るね。ありがとう。」
居心地悪さを悟られまいとその場を去ろうとすると、深川さんに少し大きめの声で声を掛けられる。
「また!…来てください。」
声に出さずににこりと会釈で返事を返し自習室を後にした。
***
午後の授業の予鈴が鳴り、少し足早に教室に戻ると、教室には誰もいなった。誰もいなかった!ところどころの机の上には女子の制服が脱ぎ掛けられている。なるほど、このクラスの人間はみな宇宙人にアブダクションされてしまったのか。など、心の中でボケをかましつつ俺は教室の扉をそっと閉めた。その時無情にも授業の本鈴が鳴り響いたのだった。
着替えもなく教室に居るわけにもいかなくなると普通なら行き場を求めて学校中をウロウロとさ迷うことになるのだろうが、あいにく俺はこんな時どこに行けばいいのか知っている。どんな顔すればいいのかは知らないけどね!
足取りはよどみなく目的地の保健室を目指す。時が経ってはいてもだてに三年間通ってないぜ。以前バイトが深夜にまで及んだ時には睡眠場所としてよくお世話になったものだ。
コンコンと、軽くノックをしてから相手の返事を待つ。
「どうぞー」と軽い口調の返事を聞くや、保健室のドアを開ける。
「どうぞ。体調不良かな?」
保険教諭の先生は優しい口調で訪ねてくる。優しい母親のような雰囲気とは裏腹に外見は生徒と見間違うほどに若く見える。ふとみると隣に担任の女性教諭の姿が見える。
「いえ、体操服を忘れてしまって、五限目はここで休ませていただけないかと…」
正直に答えると保険教諭は「替え用の体操服貸そうか?」と優しく訪ねてくる。
「いえ、もう授業も始まってますし、あまり目立つのも…先生方はお取込み中でしたか?」
「大丈夫よ。どうぞ座って。」言いながら椅子を勧めてくれる。
腰掛けながら「1-4の結城です。」と軽く自己紹介をする。
「保険の”並木理子”です。4組なら七海のクラスね。」
七海?と言われてもクラスの誰指しているのかわからない。血縁者でもいるのだろうかと「七海さんですか…?」と尋ねると隣からゴホンゴホンと咳払いが聞こえる。
「結城君。担任の”深川 七海”です。先日自己紹介したばっかりじゃない。結城君、サボりは感心しないなぁ。」
呆れたような口調で担任の深川先生がたしなめるが。並木先生が茶々を入れる。
「サボってるのは七海もじゃない。それにしても結城君。まだ一年生なのに随分礼儀正しいのね。ご両親の教育が良かったのね。」
「いえ、そんな、恐縮です。」
そこまで上等なものでなくとも礼儀作法ができなくてはサラリーマンなどしていられないが、改めて褒められると照れ臭い。一応畏まって返すと深川先生がポツリとつぶやく。
「みんな結城君のような子ばっかりだといいんだけどなぁ。」
「なにかありましたか?」要領を得ず問うとため息交じりに深川先生がボヤキ出す。
「ほら、私、みんなと歳も近いからさ、舐められちゃうというか。普段からななちゃんとか呼ばれちゃうしさ。慕ってくれることはうれしいんだけど、やっぱり私だって教師だし、真剣に向き合いたい場面もあるわけじゃない?そこで友達感覚で来られても困ると言うか…ほら、教師としての威厳っていうかさ…」
聞いていて思ったが、これは並木先生に話しているのだろう。口を挟むべきかどうか思いあぐねて並木先生を見る。並木先生は肩を竦めて目で「いつものことよ」と訴えてくる。
確かに深川先生の言っていることには思い当てがある。サラリーマンをしている時も取引先と仲良くなることは良い事なのだが、どうもそこからの距離感を作ることが苦手な人というのは一定数居るのだ。もちろん取引などが順調に行っている時は良いのだが、時には厳しいことを言わなければいけない時もある。そんな時距離感がよくわかってない担当者に当たってしまうとナァナァで終わらせようとしたり、時には逆切れをされるなんて言うこともあるからだ。
もしかしたら余計なお世話なのかもしれないと思いながらつい思ったことを口にしてしまう。
「あの、それでしたら、先生の方からキチンとした壁を作ってあげるのはどうでしょう?朝のHRの時もそうでしたが、先生基本的には僕達生徒の前ではキリっとした話し方を心掛けていらっしゃるようですが、普段はあえてそれを崩してあげるんです。そして真面目なシーンなんかでは話し方を真面目にし、先生のほうからななちゃん先生でいる時と深川先生とで使い分けてあげるんです。そうすれば大体の生徒は空気でおちゃらけても許されるか、真剣に先生の話を聞かなければいけないのか感じ取ると思うんです。もちろん、中にはそういう空気を読むのが下手な生徒もいるとは思うのですが、その時は先生がその生徒のために真面目に話しているということを優しく教えてあげればその生徒のためにもなります。…っと偉そうにすみませんでした。」
ついつい偉そうな講釈を垂れてしまったと、焦りつつ先生たちの様子を伺うと二人とも目を真ん丸にして口をあんぐりと空けこちらを見ていた。バツが悪くなり俯くと「プッ」と並木先生が笑い出す。
「結城君って何歳なのー?しっかりしすぎて怖いんだけどー」冗談だとわかっていても年齢の話をされるとヒヤッとする。バツが悪くなり深川先生の方を見るとなにかブツブツつぶやいていたかと思えば、ウン!と何か納得するように立ち上がる。
「結城君!ありがとう!先生、結城君と話せてよかった!また、先生とお話ししてね!」
深川先生は俺の手を両手で握りブンブンと上下させお礼を言うとニコニコしながら「じゃ、またね」と保健室を後にした。
呆気にとられながら深川先生の後ろ姿を見送ると並木先生が優しい笑みを浮かべながら話しかけてくる。
「七海ね、教師になってからずっと悩んでたんだ。私はね、見た目が幼いし、真剣な雰囲気も自分に合ってないってわかってるから気にしてないし気にしないほうがいいよ。ってそう思ってたんだけど…結城君…キミ、すごいね。」
そんな風に言われてしまうと買い被りすぎ以外の言葉が浮かばない。こんなこと、実は誰でもやっていることだ。それに実際、そのやり方が深川先生に合っているかはやってみないとわからない。そう考えていることも並木先生の優しい瞳に覗かれているかのような気がして、ふぃと視線を逸らす。
「結城君、結城誠君…キミほんと何歳?」
今度はいたずらっ子のような瞳で覗き込んでくる。
「そんなジジ臭いですか?自分なんてまだまだですよ。まだ高1の16歳です。」
ごまかす様に視線を外しながら答える。
「結城君、4月生まれなの?高校1年生はこの時期大体15歳だよ♪」
並木先生はからかう様に言うが正直冷や汗が止まらない。慌てて「今年16って意味ですよ」と訂正する。しどもどをどう取り繕えばいいかわからなくなり開き直って並木先生の目を見つめる。まさに窮鼠猫を噛むである。
並木先生はまさか俺が攻勢に出るとは思ってなかったようで見る見る顔が赤くなり、あぅとかうぅとか唸っている。
そんな言外の攻防に火花を散らしていると授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。
「そろそろ行きます。休憩させていただいてありがとうございました。」
「またきてよー。誠君、今度一緒に飲みに行こうよ♪」
軽くお辞儀をして退室を告げると明るく並木先生が飲みに誘う。確かに以前の俺は飲みにケーションは苦手ではなかったし、なんなら飲みの席で本音をぶつけ合うのは好きなほうだった。が、しっかり釘を刺す。
「未成年はお酒飲めませんから。純情青年をからかわないでください。」
そう言いながら保健室を後にした。
***
その後の授業は特に変わったこともなく昼休みにもらった入部届を眺めつつどうしたものかと考える。
本音はもう少し色々部活を見て回ってから返答しようかと思っていたのだが…
以前にはなかった部活。今日自習室に行かなければなくなっていたはずの部活…
そのことが自分の興味を引くには十分すぎる理由に思えた。しかし、問題はまだ残っている。
部申請を通すためには部員が最低3人必要とのことだった。誰か誘える人がいたかなと考えていると、ふと思い当たることがあった。
懐をごそごそして生徒手帳を取り出す。ペラペラとページをめくって校則のページを確認する。
「これだ。」
目的の項目を確認して笑みがこぼれる。これで天文部が立ち消えになるということは回避できそうだった。入部届に氏名を書いて鞄にしまう。
授業が終わり姫川さんにノートを返す。
「いろいろ、落書きしちゃっててごめん。」
謝ると姫川さんはにこっとしながら「いーよ、いーよ。落書き帳だし」とにこやかに応対してくれた。
帰りのHRが始まり深川先生が入ってくる。が、明らかにテンションがおかしい。ニッコニコである。そして話し方が非常にフランクだ。どうやらさっきの話を実践しているようだがもっと自然体でいいのに、これじゃただの機嫌のいい人だ。そしてやたらチラチラとこちらに視線を送って来る。なんなら軽くウィンクまで飛ばしている。やめて!誤解されちゃう!一応ニコッと営業スマイルで受け流す。
HRが終わると志信がやってきた。今朝言っていた部活の件らしい。
「まことー。部活決めたー?」
「おぅ、一応な。志信はどうすんの?」
「一応気になってるところあってね。今から見に行こうかと思ってるんだけど、誠はどこにしたの?」
「天文部だよ。志信の気になってる部活、当ててやろうか?空手部だろ」
「さすが誠だね!当たりだよ!でも誠が天文部ってなんか意外!」
もちろん志信が空手部に入ることは知っていたし覚えていた。もっと言えば小学校と中学2年までは志信と俺は同じ空手道場に通っていた。俺が道場に行かなくなっても志信はしっかり道場に通っていたようだった。「待ってようか」と提案したが「遅くなると悪いから」というので先に帰宅することにした。
志信と別れ教室を出ると深川先生が生徒たちに囲まれ未だ談笑していた。
確かに生徒たちと楽しそうに笑う深川先生は俺の知っている担任の先生のどの記憶とも違うまぶしい笑顔だった。
深川先生は俺を見つけると満面の笑みで「結城君!また明日ね!」と手を振った。周りの生徒が不思議そうな顔を浮かべていたが俺はニコッと営業スマイルを返し帰路に着いた。
***
帰宅し、母親と夕飯を取っていると「部活どうするの?」と聞いてくるので「天文部に入ろうと思う」と簡潔に返す。
「天文部って何するの?」
「知らない。これから何するのか考える。」
そんなやり取りをし、夕飯を済ませ自室に戻る。学習机に座って翌日の準備をし、ふと今日のことを思い返す。
目を覚ますと高校1年の自分に戻っている。しかし、昔のことで忘れていることも少なくはないが、高校生活とはこんなにもキラキラしたものだっただろうか。また、自分が何かをすることで以前自分が歩んだ道と別の道が開けていくような感覚はすごく輝いて見えた。
ならばこの体験を、この第二の高校生活を、そこから続く自分自身の人生を精一杯謳歌しよう。
よりよい明日をつかむために。
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