第七話:遠い海の底の願い






 エターナルは、そのサメに似た目を吹き飛ばしたカタリ達の方角へ向ける。

 そして、一歩そちらへ踏み出すエターナル。


 だが瞬間、ズン、と見えない力に押し潰されるよう、全身を海に叩きつける。



「行かせるかよォォォォォォォォッッ!!!

 デカブツぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」


 サウスダコタの力、重力操作の力で、その巨体を押し留める。

 だが、それに対抗するように、凄まじい抵抗力で立ち上がろうとするエターナル。

 ぐぅ、と歯軋りしたサウスダコタのかざした右腕が震える。


「片手じゃ不足かよぉ!!片手で守ってちゃ押さえられねぇのかよぉ!?

 ちくしょう!!!」


 もう片方の手を使えば、あるいは抑え込めるかもしれない。

 だが、眠る陸奥を海に投げ捨てる事は今、出来ない。


「なんでだよぉ!!アタシの力は護るための力じゃないのかよぉ!!!

 誰かを護ってんのに、力が出ないのかよぉ!!!

 そんなのってねぇだろぉっ!!!

 だから誰も守れないだなんて……!!!」


 徐々に、吹き飛ばされたカタリの方角へ向かい始めるエターナル。


「そんな悲しい話が!!!!!

 あってたまるかよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」



『────その通りだサウスダコタ!!』




 ヒュルルル、シュパンッ!!


 瞬間、無数のノコギリのような光輪が、エターナルへと命中する。


『我々フリートレスの力が届く限り、悲劇をただ繰り返す日々であってはいけない!!』


 傷を治しながら振り向いたそのサメのような顔へ、凄まじい光の奔流が叩き込まれる。


 長門の光。

 強力な光線を放てる能力を持って、ビッグセブンの巨大な艤装の主砲41cm連装砲二つから放たれ収束され放たれた一撃だ。


『どうやらその文字化とかいう現象は、こちらの攻撃には効かないみたいだな!!

 自慢の再生ごと焼き切る!!』



「よっしゃあッ!!

 すげぇよ長門ォ!!!!!」


「────まぁ多分無理なのだけど」


 ガッツポーズを取ったサウスダコタの横、あの喋る完全人型なD.E.E.P.が音もなく現れて唐突に喋りかける。


「テメェェェェェェッッッ!?!?」


「〜ッ、地声にしたって煩いのね」


「陸奥を起こせェッ!!!お前!!

 お前眠らせたのなら出来るよなお前ェッ!!」


「むちゃくちゃ言うわよね……

 そもそもなんであなたは眠ってくれないのかしら?」


「知るかぁ!!あやっぱ知ってるぞD.E.E.P.ゥ!!!

 昨日は12時間ぐらい寝たからだD.E.E.P.ゥ!!!

 めちゃくちゃ気持ちいい日差しの日だったからなぁ!!!」


「あらカワイイ。

 ま、そんな理由で防げる貴女はともかく……」


 aaaa─────────♪


 再び、サウスダコタの目の前で歌い始めるD.E.E.P.

 とても綺麗で、透き通るような……不気味で何故か心のざわつく旋律を。


「ぐぬぬぬ、なんか聴いてるとすっごくムズムズして嫌な感じがするぞD.E.E.P.ゥ!!

 けど効かねぇぞぉ!!!眠くなら」



 ズドォンッッ!!!



 突然、背後で聞こえる爆音。

 とっさに抱えていた陸奥を庇ったサウスダコタは、波が収まった瞬間即座に振り向く。


「あ……!」


 考えるべきだった。だが忘れていた。


 ここにはもう一人フリートレスが戦っていて、


 そいつは、あの歌が効果があるかもしれないと。




「長門ォォォォォォォォォォォォッッ!?!?!」



 仰向けになって倒れた、ビッグセブンの艤装の巨大な顔が、視線がこちらを向いていた。



          ***


 ───カタリ自身の傷は、すぐに治せた。

 ノベライザーの能力で、痛みは少なくともだいぶ良くはなった。

 まだ戦える……


「なんで……?」


 その修復中、助けたフリートレス……神通がそう問いかける。


「え……?」


「なんで……なんでそんなボロボロになってまで助けたの!?!?

 なんで……なんで!?!?」


 ぐい、とカタリの服の襟を、ノベライザーに空いた穴から手を伸ばして掴む。



「アタシは神通!!第2水雷戦隊を率いる神通だ!!!

 そのくせ、部下も、妹も、仲間を全部ダメにした最低な奴だ!!!!

 本当ならあそこで……ラフィー……綾波……あの二人が助けてくれなかったら……!!!」


 うぅ、と再び泣き出す神通。


「……死んで詫びてもまだ足りない……!!

 アタシは……アタシは……!!!」


「───まだ勝ってない」


 その時、カタリは今までにないほど強い口調でつい言葉が出てしまっていた。


「……え?」


「捨て身の特攻で、勝てるなら……いくらでもすれば良い。

 でもそれだけじゃ勝てない。

 勝ててなかった……だからあなたを助けた」


「どういう……?」


「あの化け物を倒すのにあなたが必要なんだ!!!」


 ぐ、と泣いている神通の肩を掴むカタリ。


「ノベライザーの力じゃあの能力を突破できない。

 フリートレスの力だけじゃ、エターナルを殺せない。


 あなたが悔やむ理由もわかる。

 だけどあの時!!あなたの、フリートレスの攻撃が効いた理由はあるはずだ!!


 つまり、命をかけてあなたを救った二人の意味が!!

 犠牲になってまであなたを生かした仲間の命の意味が!!!!


 確かにあったって、事じゃないのか!?」


「!」


「まだ、命の捨て時じゃあない!!


 …………そうじゃなくても、泣いて死に急ぐ人を止めたことに後悔なんてない」


 自分でも、なんでこんなセリフがスラスラ出てくるんだ、と思ってしまうカタリ。


 だが後悔はない。

 間違いなく、心の底からの言葉だったから。


 神通も……頭では分かっているという顔で俯いている。今はそれでいい。



「───あー、いたいた!!

 着地お願いしまーす!!」


「無理だ!諦めろ!!対ショック防御!!」


「「ぐえー!?!」」


 と、ズシャーと音を立てて酷い着地をする3つの影。


「え……あれ、夕立ちゃん!?愛宕んパイセン!!」


「いたた……えっと、姉さん無事ですか!?」


「落ち着け夕立!村雨は生きている!!」


 目を瞑ったままの村雨を抱えて立ち上がる夕立と、それを手伝ったままこちらに近づく愛宕。


「愛宕さん……!」


「フン!無様な姿の割に男の顔になったな」


「あ、あなたがカタリさん?病室一緒なのに挨拶が遅れちゃって……」


「後にしておけ夕立!

 それより見えるか!?時間はないぞ!!」



 愛宕が指差す先、文字を纏うサメの怪獣。

 あのエターナルが、こちらに向かってくる。


「……ボク、というよりは……神通さんが狙いか……!」


「どういうことだ!?この短い間に何が!?」


『聞こえますか?ノベライザーAIのバーグです。

 見て分かる通りノベライザーは中破、応急修理中です。

 そして、相手は何故かフリートレスの攻撃が通ります』


「「なんだってぇ!?」」


 驚く二人に、しかし見えてはいないだろうが画面に映る顔は暗いままに言葉を続ける。


『先程長門さんの艤装が治ったらしく、密かに通信を入れて情報を共有しましたが……』


「そうですよ!

 あの人型D.E.E.P.!!

 アイツ……歌ったせいでここまで運んできた村雨姉さんが!!」


「長門もか。

 ハン……!子守唄がやたら得意な敵だ!!

 だが何故私たちは寝ない?」




「─────私としても不思議なのよねぇ?」





 その声に反応し、全員が視線を向ければ、瓦礫に座り両手で顔を支えたアンニュイなポーズのあのD.E.E.P.がいる。


「魂ごと沈める歌なのに、あなた達眠らないどころか随分不快そうな顔するのね?

 ちょっと、悲しいわ」


「お前……!!」


「辞めろ神通。

 お話の時間のつもりの内は、付き合ってやるのもこちらの余裕を見せるいい機会だ。だろう?」


「ナイス判断♪クスクス」


 ハン、と煽りに対して愛宕はそう返す。

 すると、相手のD.E.E.P.の顔がカタリに向く。


「思ったより成長してないのね。

 まだまだ、神にも悪魔にも程遠い」


「……なんの話だ?」


「───本来の力の1/3も出ていないのよ」


 頬に伝わる冷たい感触。

 遠くにいたはずの相手は、背後で自分の右肩に顎を乗せてピトリ、と頬をくっ付けていた。


「─────!?」


「『読者』ならこの程度予想もできるし予想も上回れるはず……ああ、『翻訳』間違えたかしら?ちょっとニュアンスが違うわね?」


 勝手に後ろでそういう相手に、いつのまに移動したことや何か知っているという勘、全てないまぜになった悪寒のせいでカタリは動けない。


「テメ……!!その子から離れろォ!!」


「なんのつもりですかあなた!!!

 私たちが敵にハズでしょ!?」


「はいはい、仰せのままに」


 しゅん、と今度は3隻のフリートレスの中心に現れる。

 瞬間、刀を、魚雷を、単装砲を突きつけられる歌うD.E.E.P.


「ねぇ、カタリ、君だっけ?

 あなたがあの世界を永遠に止めるケダモノを止めるというのであれば、同じようにここにいるフネモドキ達を倒すべきなんじゃなくって?」


 その状態のまま上体を大きく逸らし、カタリに視線を向けてそう言い放つ。

 この状況を無視して、言い放つ。


「意味が分からない……!

 なぜ彼女達を……!?」


「見た目に騙され本質をまだ理解できない。

 単語だけ読んで意味を理解しないように、まだまだその青い巨人の本質も、ここにいる『アラガミ』の恐ろしさを理解しない。


 すでに、あの夢の向こうのバトルシップ・コーヴの地で、


 本質に触れているくせにねぇ?

 あははははははははは!!!」


「!?

 なんでそれを知っているんだ!?!」


 今、あのD.E.E.P.はマサチューセッツの夢のことを言い当てた。

 不気味過ぎるほど的確に。


「黙れ!!この状況でよくふざけた話を!!」


「ふざけてなんかないわよ?そこのカタリ君はよぉく分かっているようだけど」


「黙れつってんだろォ!?あの子にほ、頬ずりしたりとか変態かあんた!?」


「神通さんの言う通り!!ちょっと、「え?そこ??」とは思いましたけど!!」


 あははは、と一通り高笑いしたそのD.E.E.P.は、ニィとあまりに不気味な笑みを浮かべて、こう言った。




「呑気よね。もう近づいている」




 ───気づいた瞬間、光が来た。


 ズガァン!!


 衝撃。強烈な光。

 いや……どす黒いまでの『文字』の奔流。


 気がつけば、夕立達に向かってあのエターナルがサメのような口を開いて文字化光線を放っており、


 とっさに、ノベライザーが盾を創造して守っていた。


「あ……!!」


「可哀想にね。

 最後の時は近い」


「カタリ君!!!」


「カタリィ!!!」



 その盾は、なんとか何枚も文字化して消えるまでに創造を繰り返すことで辛うじて防げるような、


 今にも破られそうな盾だった。






          ***


「陸奥ゥ!!悪い!!そぉい!!」


 長門、ビッグセブン艤装の艦橋───コックピットの扉を開き、90度回転したそこへ陸奥をおぶって飛び込むサウスダコタ。


「長門ォォォォ!!!

 生きてるかァァァァァ!?!」


「うっ……!」


 大声で叫びながら、操縦部分によじ登り、背中の固定アームで宙ぶらりんと言った様子の長門に近づく。


「起きろォォォォ!!

 寝るな!!寝ないでくれェェェェェ!!!」


「……サウスダコタ……か……お前の……声が……遠い……」


「ふざけんなァァァ!!!声だけがデカイんだぞアタシはァァァァァ!!!

 起きるまで叫び続けるぞ!!!目を開けろォォ!!

 めざましがわりだ!!!目を開けろ、開けてくれェェェェェ!!!」


「……あ、あ……た、のむ……」


 長門が、震えた手でなんとか、何かを懐から取り出そうとして腕に力が入らず落とす。

 とっさにそれを掴んだサウスダコタはソレ──鉤括弧のマークの栞を見る。


「なんだよ、コレ……?」


「……希望だ……カタリの物だ……む、陸奥は……いるか……!」


「いる、いるぞ!!おぶってきたんだ!!いるぞ長門ォ!!」


「頼む……私の手……陸奥の手を合わせて……栞を……!」


 弱々しく動かす右手。

 とっさにサウスダコタはソレを掴む。


「手を合わせて!?陸奥と!?」


「栞を……」


「こうか!?こうでいいよな!?!?!」


 陸奥と、長門の手を合わせ、栞を掴ませる。


「奴が……希望なんだ……頼、ぅ……」


 瞬間、長門が眠る。

 かくんと力が抜けたように……


「あ……!」


 静寂。

 あまりの事態に、二人の手を合わせたままサウスダコタの肩が震え始める。


「…………ふざけんなよ……こんなのって無しだろ……!!」


 ぴちゃり。

 立っている壁を濡らす、水の一雫。


「何もできずに……二人が沈む……?

 不慮の事故……望まない最後…………

 アタシ、バカだけど……二人の、元の名前の艦の……!

 歴史をよぉ…………聞いてるし覚えてるんだよ……!!!」


 ガン、と開いている腕で壁を殴る。

 ガン、ガン、と何度も、何度も。




「ふざけんなァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!


 こんな!!!!!!!


 こんな酷い最後があるかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!!!!」




 慟哭。

 もう恐らく目を覚さない二人のために



「長門は!!!戦えないまま沈んだ戦艦じゃない!!


 色んなところで出没する、いっぱい世界を旅する奴だ!!!


 陸奥だって……こんな理不尽な最後は嫌だって!!



 思うだろ普通は!?!

 何でこうなるんだ!!!


 こんな話考えたの誰だ!?!

 残酷な運命を書くようなクソが!!!

 この世界の作者かよ!!!神様なのかよ!!!


 うぅぅぅ……!!うぅぅぅぅぅぅぅ……!!!」



 ガスン、と壁を抜く。






「誰でもいい!!!邪神でも、悪魔でも何でもいいからァ!!!!!



 こんな運命、変えてやってくれよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!


 あんまりだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!!」





 泣き崩れるサウスダコタ。

 もう、絶望で立てなかった。





























 ポウ、と、


 その手で握った、二人の手。

 その中に握られた物が光り出したのは、その時だった。



           ***




『カタリさん!

 もう持ちません!!』


 創造しては文字化され、文字化されては創造して、

 しかし、限界はすぐそこである。

 もはやノベライザーは文字化光線を止められない。




「……ノベライザーがやられたら、この世界は?」


『滅ぶに決まっているじゃないですか!!』


「じゃあ、避けたら……?」


『後ろの3人が犠牲に!!』


「ダメだ……!!

 どれも、ダメだ……!!」


『でも……!』


「無理なのは、分かっている。

 でも諦めたくない……!諦めちゃダメだ!!」


『もう限界です!!』


「今限界を越えなきゃダメなんだ……!」


 無理なのは分かっていた。

 だが、そう言ってしまっていた。


「……う、ぉ……!」


 空いたコックピットの穴から、外へ手を伸ばす。


「諦……めるか……!!」


 ヤケクソ。意味のない行動だった。


 だが、その時、


 ノベライザーのモニターが、光る。

 そして、そこに張り付いたままだったコアフリートリアが光る。



 栞が出てきた瞬間、カタリは夢中で手を伸ばしていた。


 そして同時に、

 コアフリートリアが眩い光を放ち、当たりを包み込んだ。


          ***

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