第三話:信じてくれるのは嬉しいけど……
声が聞こえて、カタリは目を開ける。
明るさに慣れるまで数秒、周りの様子がようやく分かる。
カメラが一台、白い制服───たしか海軍の物だった衣装の人物が一人。
この前見たちょっとエッチなメイド服の女性、壁に男性の服に似ているけれど、身体のラインに合わせているような衣装の黒髪の女性と、隣に同じ制服をボタンを開いて肩から羽織ったクノイチっぽい女性が一人。
「気がついたデスかー?私が分かるデース?」
そして小さな白衣とセーラーの少女が……そういえば彼女はたしか担当医だった気がする。
「……叢雲先生、でしたっけ?」
「その通りデース。
あの時の記憶はあるみたいデスね?」
ようやく、あちこち痛む上体を起こすカタリ。
だいぶマシになったようだ。
「……9週間でここまで回復するとは」
「ええ、提督。私も驚きデース」
「……あなたは?」
「私は、
今時にこんな古風で厳つい名前なせいで苦労している軍人だよ。
若い子にもモテん」
「38歳子持ち提督ー、美人の奥さんに言いふらすデスよー?」
「……これ以上小遣いが減るのは勘弁願いたいから辞めてくれ叢雲」
ぷっ、と吹き出す笑い声があちこちから聞こえる。
冗談でもあり、本当のことでもある意味だとまだ寝起きの頭でカタリも理解できた。
「提督……偉い人なんですね?」
「君はそういう知識が曖昧なところがあるようだがね、カタリィ・ノヴェルくん?」
「何故名前を!?」
「……こう言い方は卑怯だが、良い知らせと悪い知らせがある。
どちらから聞きたいかね?」
南雲雷蔵と名乗った人物は、どこかお決まりな質問をしてくる。
「……今は良い知らせから、ですかね」
「そうか。
では単刀直入に言えば、君は異次元からやってきたが、敵では無いと判断がされた。
行動の制限は最小限になると思うよ。
ノベライザーというあの人型兵器も修理は出来そうだ。
ブラックボックスは解明できないのが残念だと、ステイツのエリア51基地は言っているがね」
「……!」
とても短いが、良い知らせだった。
「……その、ありがとうございます」
「いいんだ。
正直これは、悪い知らせの結果でもある。
先に謝っておこう、本当にすまなかった。
こうする以外他になかったんだ……著しく君の人権を侵害してしまった」
「……あの、そこまで言う悪い知らせって?」
と、チラと近くのメイド服の女性に目を向けると、が彼女は腰から何かのケーブルを抜く。
「……君も、状況はどうあれフリートレスに出会ったのだろう?
彼女達は、人であって人ではない。
機械と脳の接続になんの負担も処置も不要だ。
そして、」
「南雲提督、ここからは私がご説明いたします」
と、そう言ってメイド服の綺麗な女性が一歩前に出る。
「はじめましては変ですが、名乗るのは初めてですね?
私は、ロドニー。
以後お見知り置きを」
丁寧に長いスカートの端を摘んでお辞儀をする。
その動作の淀みのなさは、素人のカタリでも彼女が『このメイド……できる……!』と確信するほどの説得力を持っている。
(─────そして、私からも謝らせていただきます)
「え?」
だがそんな感覚をも吹き飛ばす、耳ではなくもっと奥に響いた彼女の声。
「私は、二つ名を『神秘の魔術師』と申します」
と、日の光が差して影が映るカーテンの、なんの影もない場所に腕を持っていき、取り出したるはティーセット一式。
おぉ、とこれにはこの場の人間が声を上げています。
「まぁこの通り、マジックが得意故のあだ名でもあり、」
言うなり、ふわりとティーカップとポットが浮かび上がり、高い位置で勝手に紅茶が注がれる。
「え……!?」
「タネも仕掛けもございません、はお決まりの文句ですが、私の場合物を浮かせたり動かしたり程度はタネも仕掛けも必要ありません」
すー、と浮いてやって来た紅茶を受け取るカタリ。
「……超能力!?」
「彼女ほど強い者は人間ではいないな」
同じく南雲提督も紅茶を受け取り、そう静かに言う。
「そして、私には人の心もある程度は読むこともできます。
ああ、常日頃はしていませんよ?
人の頭の中に土足で入り込むことは失礼ですもの」
「へー……」
ついでに言えば彼女の入れた紅茶はすごく美味しいものだった。
香りがいい、口当たりがいい。熱いがその熱さがちょうどいい。
そんな紅茶をすすりながら、
「そしてもう一度謝らせていただきますカタリ様。
私は、昏睡状態のあなたの心の中を何度も覗かせていただきました」
世界一聞き捨てならない事を聞く。
「……え?」
「……異世界の知的生命体へのコンタクトは全く初めてだった。
その脳に侵入できる。
世界は、申し訳ないが君の過去を全て見たがったのだ」
「え、頭の中を……のぞいて……まってください、世界って?」
と、鎮痛な面持ちで、ロドニーは近くのノートパソコンを持ち、画面を向ける。
いくつかの議会のような場所、何分割かの画面の向こうの、スーツ姿の偉そうな方々がこちらを見ていた。
ジュネーブ国際会議センター、ホワイトハウス、ウェストミンスター宮殿、クレムリン、国家議事堂、中南海、
そんな言葉が書かれているのが分かる。
全部がどう言う意味かは知らないが、その面々の面構えに、一部の分かる単語からどう言う場所かは良くわかった。
「言葉通り、世界中のお偉いさん方に君の過去が見られたんだ」
思考が停止する。
いや…………正確には、その後やってくる羞恥心のために頭をスッキリさせただけと言うべきか。
紅茶を落とさないで脇のテーブルに置けたのは変に冷静なカタリにとっては幸いだった。
2時間、顔があげられなかった。
その後2日は枕を涙で濡らしていたカタリだった。
***
「うっ、うっ……前までの世界の人って……優しかったんだな……優しかったんだな……!!」
カタリは、身体はだいぶ良くなったが、目覚めた直後の羞恥プレイ……もとい過去の記憶全てを偉い方々に見られた出来事に泣いていた。
「うぅ……うがっ!?」
そんなカタリの真横から、やってくる枕が一個。
「辛気臭い!!!
貴様それでも男か!?!」
隣のベッドにいた黒髪長髪な切れ長な瞳のすごい美人。
病院着と包帯の下のスタイルも凄まじい起伏で抜群。
そんな彼女が───色々問題があるだろうが、自分の腕の点滴を吊す支柱を持ち上げてこちらにむけて言い放つ。
「痛いです……!」
「痛いです!?そんな柔らかい物でか!?!
男だろ貴様は!!女のような見た目のやつに馬鹿にされ、あろうことか痛いですだと!?!」
「いや、あの……」
「いや!?あの!?!
普通は「なんだとこの女!!」ぐらいは言えないのかぁ!??!
「女ぁ!生意気な口を聞くな!!黙っていろ!!」ぐらいの口をきかんのか!?!
言い返す気概のない軟弱な奴だからそんなメソメソし続けるんだ!!!」
無茶苦茶なセリフである。
しかもかなり前時代的な精神論。
ムッとなるとかそういう前に、「えぇ……」と困惑するのが普通なぐらいの。
「いいだろう!この第二戦隊旗艦である私、
無理やり立ち上がった瞬間、凄まじい顔で固まる。
じわりと青い物が腹の包帯に滲む痛みでうずくまる愛宕に「えぇ……」と再び困惑していると、ガラガラ戸を開けてタイミング良く叢雲がやって来て、愛宕を寝かせて布団をかける。
「うぐぐ……くそぉ、これしきの……これしきの事でぇ……!!」
「これしきって言うのは腹に穴開いて縫ってる事だと言いやがる愛宕ちゃんがおかしいデース」
「工作艦は……ドッグはまだか……!!」
「おっぱい揉ませてあげると言えば、明石なら即座に来るかもデスね。
あ、カタリさーん!診察デース!」
「はい、先生」
うーんうーん唸る愛宕を放っておいて、カタリの診察にやってくる叢雲。
「美人に囲まれているおかげか、回復も早いデース。
あ、1番の美人である私のおかげデス?うふふ」
「まぁそうかも知れませんね」
「ヤダー!口が上手いんだからデース!
……まぁ、にしたって、傷の治りがやたら早いデスよ……9週間寝たきりで筋肉量まで変わらないだなんて……」
「はぁ……」
「キミの、ノベライザーとか言うヒロイックなロボットのおかげって奴デス?」
「多分、そうかなとは……一回同じ方法で人の事も治したことが」
「なんだとぉ!?」
ガバッとまた起き上がる愛宕。
そしてずいっとカタリに(繋がっている機械にヤバい数値と警告音を叩き出しながら)近づく。
「貴様ぁ……今すぐ私も治せぇ……!!」
「えぇ!?」
「私は……!!ヤツに犠牲になった戦友達にためにも寝てられんのだぁ……!!
今すぐ奴を探……が、がぁ……」
後ろから、『ゾウコローリX7』と書かれた瓶とその中身を入れた注射を刺した叢雲。
くるりと白目になった後、力なくよろけてベッドへ。
足を入れて布団をかけて『完了デス!』とパンパン手を叩く叢雲。
「愛宕ちゃんは昭和な体育会系全開な子デスけど、仲間思いすぎるぐらいの底抜けの良い子なんデス。
許してあげてデス。あと枕取ってデス」
「はぁ……」
と言って枕を渡すと、叢雲は手際良く愛宕の頭の下に敷く。
「…………一体、なんでこんな怪我を?」
何気なく尋ねると、ふと叢雲は左右に首を動かし、まるで誰もいないことでも確認したようにカタリに近づいてコソコソ話し始める。
「喋るD.E.E.P.デス」
「……え?」
「でかいD.E.E.P.に強いD.E.E.P.
色々出て来たけど、はじめてのおしゃべりD.E.E.P.デス。
そして……妙な能力で、ここの愛宕ちゃんとリハビリ中のそこの夕立ちゃん以外、いまも昏睡中デース」
ふと周りを見る。
まるで死んだようにピクリとも動かない少女達を。
その様はまるで…………船の墓場。
「それだけじゃないぞ」
ふと、なんと愛宕がそう声を出す。
「起きてた!?」
「薬程度では痛み止めにしかならんよ。
あの煩い歌のD.E.E.P.程度では、こうはならん」
そう言うと、愛宕はくるりとカタリの顔を見る。
「なぁ……黒い文字にあらゆるものを変える攻撃を行う。
そんな怪物をお前は知らないか、異邦人?」
それは、
その特徴は、あまりにも聞いたことのある物だった。
「エターナル……!?」
「知っているか。
どうやら我らの敵と敵は、手を組んだらしいぞ?
おかげでこのザマだ」
それは、何か最悪な予感をさせるには十分な情報だった。
***
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