第二話:ネタバレ注意なあの時の出来事






 思い出した。

 僕ことカタリィ・ノヴェルがこの世界に来る前の出来事を





 ────D.E.E.P.の情報は、実はバーグさんでも全てを知らない。

 規模こそ小さいけれど、どうもエターナルのように別次元を荒らす怪物である事は有名らしい。



 そして何より、

 ノベライザーに、現時点でだけど、



 有効な攻撃手段が無いということを教えてもらった。




           ***


 この世界へ来る直前、ノベライザー内


「なんで攻撃が効かないの?」


『原理というべきかなんと言うべきか、

 ノベライザーの能力にも原因があるのですが……』


 バーグは、目の前の画面に映る顔を少し唸るように変えて、ややあって話し出す。


『……そもそも、このノベライザーは、イマジネーターという現実改変装置が搭載されているのです。

 説明はしましたっけ?』


「現実改変……?」


『ええ。文章を詠唱して攻撃がその通りになるのも、武装を作り出せるのも、それが理由です。


 そして、これが、D.E.E.P.という謎の存在群、これですら正式名称じゃなくって、これから行く世界での呼称を使っているだけの謎すぎる相手に相性が悪い原因でもあるんです』


「どうして?現実を改変できる、ってとにかくすごいことじゃないか!

 チートだと思うけど、僕達のことながら」


『では、もしも同じチートがぶつけられたらどうなると思いますか?』


 え、と思わずカタリは呟く。


「……現実改変に、現実改変を?」


 と、口で言って気付く。


「……エターナルの文字化も……ある種の現実改変能力って事だよね?

 でも……エターナルを倒さない限り、文字化は止められないし……ノベライザーでも、文字化を遅らせたり防ぐことは……」


『できませんね。えぇ……それとも関係あるかも知れません。

 話を戻しますが、D.E.E.P.は分かっていることが少ない理由の一つにですね……ある種の現実改変能力で身を守っているからなんですよ』


「現実改変で身を守る?」


『ええ……とても限定的な、二つです。

 『死なない』『とどかない』という改変を周囲に張っているんです』


「死なないって……あれ、とどかない?」


『文字通りですよ。

 あらゆる攻撃も、あらゆる害も、あらゆる調査手段も『とどかない』。

 極めて限定的で、恐らくノベライザーの現実改変より……いえ、場合によってはエターナルですら干渉できないほど強力、いえ密度が濃い改変を常に行なっています。

 それでいて、空いた手間で自分を周囲の物質と同化させて形作る。

 その身体はあくまで大半が依代で、本体も死なない上に表面上壊れても治すことができる。

 文字通り不滅。殺せないし破壊もできないんです』


 あまりの相手に、絶句するカタリ。


「……なんでそんな怪物が存在するんだ……」


『しかも、いくつかの世界で散々暴れている様なんですが…………』


「エターナル以上の危機じゃないのかなそれって!?」


『いや実は……なんか行動原理もエターナル以上に妙でして。


 いっそ聞きたいぐらいなんですよ。

 なんでこれから行く世界はそこまでD.E.E.P.に狙われているのかを』


「どういうこと……?」


『たしかにこの存在群は、現れて暴れた記述のある世界は数多いのですが、それだけの力を持って蹂躙するも、滅ぼしたりする前に引き上げてしまうことが多いんです。

 D.E.E.P.に滅ぼされた世界は……2つぐらいですね。

 それも文明がなくなって石器時代に戻っただけなのを数えた程度です』


「それって、結構洒落にならない気も」


『他は文明残ってますよ?軍部は再編中ですが。

 なんなら、2時間で帰った世界もあるらしいです』


「じゃあ、被害自体はエターナル以下ってこと?」


『ところがこれから行く世界は2回D.E.E.P.滅ぼされてるんですよ』


「……え?」


『記録上、かつては恐竜から進化した知的生命体がいたらしいんですが、文明の痕跡ごと消されたらしいんです。

 ああ、現地の方は知りませんよそんなこと?

 だって歴史の痕跡ごと消えてるんです。

 恐竜の化石はあってもその先はもうありません』


「……なんだそれ……世界に恨みでもあるのかな?」


『そこが分からないのが不気味です。

 一体全体どういう意志で動いているのやら」


「死なない謎の侵略者か……あれ?

 じゃあ……マサチューセッツさんはどうやって……倒しているんだ?」


『うーん……原理自体は、彼女ら曰く、その血液である特殊な毒素『フリートブルー』によって殺している事にはなりますが……まぁこれはまだ理解できるんですけれども問題は……』


 うーんうーん、と珍しく頭を抱えるような仕草をするバーグ。


『……なぜかD.E.E.P.は『軍艦の攻撃』、もっと言うのならば、『近代の鋼鉄製の船体を持つ軍用艦艇』の攻撃が、改変できないんです』


「え?」


『つまり……マサチューセッツさんの、名前の元となった、サウスダコタ級3番艦マサチューセッツの砲撃は、現実改変せずそのままダメージとして通るんです。

 まぁ、そこから治ってしまうんですが……うーん』


「バーグさん、なんでそんなに難しい顔と唸りを?」


『……お恥ずかしながら、


 フリートレスのような艦艇擬人化的存在は、私たちにとっては不条理の塊なんですよ』


 そういうバーグの顔は、真剣そのものだった。


『ぶっちゃけちゃいますけどね?

 反重力機関を付けて空を自由に駆け回り荷電粒子ビーム砲とかミサイルとかレーザーブレードなんかを装備した女の子、いわゆる『メカ少女』はまだ分かるんです。


 マサチューセッツさんもそんな類じゃないですかどちらかと言えば。

 なのに、なんでわざわざ飛べるのに海だけに特化した装備なのか?

 戦艦や駆逐艦を模した、模し過ぎた形状、無駄なスクリュー、あと露出度高過ぎな軍服風な衣装に無駄に大きな胸部装甲に、何を詰めているか分からない胸部装甲、


 なんで第2次世界大戦の戦艦を過剰に模して、なおかつその名を名乗らせるのか?


 訳が分からないんですよ、戦艦が何故か胸がものすごく大きかったり……』


 なんだか胸を気にし過ぎな気がするが、それ以前にもっと大事なことに気づくカタリ。


「……なんだかバーグさん?」


『なんですか?別に胸の大小なんて男の子しか気にしないで』


「そうじゃなくって……まるでフリートレスが他の世界にいるみたいな言い方じゃないか」


 ふと、バーグがこちらを意外そうな目で見る。


『……夢の中で言ったのを忘れましたか?

 ただ、『フリートレスは』彼女達だけです』


「……そういえば、あの時!」


『他にもいろいろな、『古い艦の力を持った女の子の姿をしたもの』はいるんです。

 ゲームにもなってますよ?

 あ、でもプレイなんて許しませんからね??

 特にアで始まるのだけは!!』


 なぞの圧を加えた上で、バーグは続ける。


『ある世界では、深海に棲み、まるで自分達の鏡写しの様な存在と戦い続け、


 またある世界では、海の魔物の名を冠する超科学を操る存在と戦い、その最中二つの陣営に分かれてお互い譲れない正義の元対立し合う。


 別のとある世界の彼女らは、指揮官との『誓い』で強くなり、海の脅威と戦う人造生命体。


 皆、もっともらしい理由こそありますが、なぜ沈んだりスクラップになったりした旧型艦艇の名を冠しているのか……

 あまつさえ、その『力』を持つなどと言うのか、

 なんなら、『艦の力』とはなんなのか?


 私にとっては、私たちにとってはよく分からないんです』


 言われてみれば、とカタリは納得する。

 だけど、同時に……


「夢の内容を思い出した……

 マサチューセッツさんが言っていたことを」


『あの夢の……?』


「『沈んだら……眠っている場所に帰る。

 私達の魂は、たとえどんな世界の身体になろうと、そこから浮上して、そこに沈む』って」


『……船の、魂』


「……船の魂を宿す。だから船の力が使えるって言えば、なんとなく理屈が通る気がする」


 カタリは、しかしその言葉はバーグには否定されると思っていた。

 しかし、ふと画面の中のバーグは、ふむと考える様な顔になる。


『……船の魂ですか……

 まぁ、幽霊の実在はともかく、

 幽霊であるならロジックが通りますか……』


「え?」


『カタリさんが驚くのも無理はありませんね。

 幽霊の存在自体が何かはたしかに不条理の塊です。


 ですが、それは存在を考えた場合のみ。

 その行動原理、動き方は何よりも論理的な物です』


「……祟ったり呪ったり、出たりするのが?」


『ええ。

 地縛霊はつまり『死が認められない』という『感情のロジック』からそこに留まり、浮遊霊は『行く場所がわからない』からさまよう。


 祟りは『来て欲しくないのに踏み込んでしまった存在への防衛』『やってはいけない事をした事への制裁』。呪いもこの理屈だけは通ります。


 トリガーが存在し、条件があり、結果なにかの現象が起こる。


 いっそ気分が存在しない辺り、人間なんかよりも論理的かもしれないですよ?』


 言われてみれば、そうである。

 霊という物にも、考えてもみればルールがあるのだ。


『でもだったら余計に可愛そうですよ。

 なぜ、すでに戦いを終えた軍艦の、記念艦や現役じゃない、沈んだ艦の魂をわざわざ眠りから覚まして別の身体を与えてまた戦わせるだなんて。

 私ならお断りですよ。

 まぁ、物に魂だなんて、付喪神じゃ無いんですからないとは思いますが』


「言われてみればそうだね……」


 はぁ、と訪れる予定の先の存在の不可解さを理解しきれない疲れを吐き出す。


「なんだか……訳が分からないモノと訳が分からないモノが戦っているみたいな世界って印象になったかも」


『まぁ、どうせカタリさんは薄着の訳が分からないナイスバディの軍艦娘に釘付けですけどね』


「バーグさん、それは……あれ、もうそろそろかな?」


『ええ……ん?

 嘘でしょ、カタリさんまずい!!』



 え、と言いかけて、直後、ピシャーンと響く『雷鳴』。


「うわぁ!?!」


 ノベライザーの周りを、黒い亜空間を突然満たす雷の群れ。


「なんで!?!

 ここは異空間のはずじゃあ!?!」


『タキオン粒子です!これじゃあ進めない!』


「タキオン?」


『光の速度より早く、3次元空間に近づくほど遅くなりエネルギーが高まる粒子!!

 この密度は……タキオンを使った次元移動の後!?』


「それってノベライザーと同じ、うわっ!?」


 危うくタキオンの雷に直撃しそうになる。

 無事では済まなそうな威力が肌にビリビリと伝わってくる。


『違いますよ!

 タキオンは、旧式どころか黎明期の次元移動の手段です!

 この様を見れば、他の移動者に害が及びすぎるのが見て分かりますね!?』


「なんでそんなもの、ンガッ!?!」


 ズドン、とタキオンの筋がノベライザーを真正面から貫く。


「……ビリビリ来た……!?」


『どういうことですか?

 タキオンの直撃なら今頃ノベライザーは跡形もなく消えて……減速した?タキオンが、な……』


 コックピットのモニターに、にゅ、と手が映る。

 何を、と思った瞬間、カメラの前に現れたのは……スラっとした体型の女の子。


「『へ?』」


 ノベライザーの胸の上で、何かを、と思った瞬間真上のハッチが開く。


「───や、久々!」


 ボーイッシュな笑顔で片手を上げて挨拶してくる、変わった格好の美少女が一人。

 羽織っているようなコートの下の、ちょっとピッチリで胸の下に穴が開いている際どいデザイン。


 だが、カタリは気付く。


 背負っている、煙突、砲は……は……!!


「フリートレス!?」


「あそっか……ここじゃ『はじめまして』か」


 艤装を解除。

 ひょいとコックピットに潜り込む長い手足の彼女。


 勢いでふにょんと柔らかいもの二つが当たる。


「うゅ!?」


『カタリさん!?』


「相変わらずラッキースケベで可愛い反応だなぁ。

 彼女さんはご立腹だけど」


「ちょ、ま、どういう!?」


『ご立腹なの分かっているなら離れてください!?!』


「おいおい君から頼まれたんだぜ?

 コイツを渡してってさ」


 す、と取り出すは────一枚の栞。


「それって!?!」


 描かれているのは、目の前の彼女の今にも走り出している姿のシルエットと、一隻の船。


「『なんでそれを持ってるんですか!?!?』」


「君に貰ったんだぞ?

 あ、でもたしかこれネルソンさんが作った『コピー品』なんだっけ?」


 瞬間、ザザ、とノイズまじりにモニターへ『島風しまかぜ』の文字が現れて、砂嵐のように明滅しながら、一枚の栞────彼女の持っていたものとおなじ物が出てくる。


 カタリがそれを掴むと、一瞬酷い砂嵐とエラー画面と共に同じ栞が出てくる。


『不明なユニットが接続されました。

 カタリさん、それは普通の栞じゃないです……使用してはダメです!』


「ま、渡すだけだから、それはお好きに!」


 と、言って彼女はハッチから外に出る。


「待って、君は!?」


「それに書いてあるだろ?

 二回は名乗らないよ」


 艤装を展開、跳躍した瞬間、その姿はあのタキオンの雷となって遠くへ行ってしまう。


「……書いてあるって……?」


 栞を裏返すと、島風の文字がある。


「……島風?」


『大日本帝国……いや、向こうの世界では、大東亜連合海軍最速の船……


 でも使っちゃダメですよ!

 これは普通の栞じゃありません!!

 さっきだって、いつもと違う力が流れて来て……』


 カタリはすかさずスロットにセットした。


『あー!?

 警告!

 不明なユニザザが接続されました。

 直ちに使用を停止しザザ-……タリさん酷いです!!

 エラー出てますし、あっ、あっ……!』


 バチバチと、ノベライザーに謎の放電が発生する。


「これで進めるって言われたけど、どうなるの?」


『後悔しても遅いですよ!?

 まぁ進めるでしょうけ─────────』


 瞬間、カタリは座席に押しつぶされるような衝撃を感じた。

 雷を纏うというよりは雷自体になったノベライザーは、信じられない加速と速度で進みはじめた。


「─────────」


 何か叫んでいるカタリだが、音が完全に置き去りになっている。


『─────────』


 バーグも何か言っている気がするが、もう音などと言う遅すぎるものは追いついていない。


 不思議なことに、周りがゆっくりに見える。

 雷が止まって見える。

 よく見れば、色とりどりの雷の先に誰かいるのが見える。

 遠くにいるさっきの島風が、雷の先でジョギングするような速度で動いているのを横目に、ノベライザーが雄大に進んでいるように感じる。



 ─────実際は、光を超える速度だが。


 光が見える。

 出口のようだった。

 ゆっくり進んでいる感覚とは裏腹に、急速に景色がやってきた。


「うわっ!?」


 ガシャン、とノベライザーの足が地面をとらえる。

 前のめりに倒れかけ、目の前に人影が見えて慌てて踏ん張る。


「危なかっ……え?」


 ノベライザーの目の前にいた褐色で長身な二人。

 片方の、髪が長くて目を丸くしているのは……


「マサチュー……セッツさ、」


『カタリさん後ろ!!』


 衝撃。

 コックピットが、背後からの攻撃で揺さぶられて─────




















「はい、ここまでにしましょう」











          ***

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