第二話 閑話の談笑

前回


岬守さきもりわたる:むっつり助平。ヘタレ男子。

麗真うるま魅琴みこと:クッソ強い。毒舌クールビューティ。


神聖しんせい大日本だいにっぽん皇國こうこく:なんか色々ヤバい。

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 は存在そのものが経済危機クライシスだった。


 得体の知れない莫迦ばかでかい脅威が太平洋上に居座るだけで、世界の流通は深刻な混乱に陥っていた。


 ちなみに我が国最大の島、本州の面積は世界七位の大きさであり、これが十倍になると世界最大の島グリーンランドの面積を超える。

 日本国の面積の十倍となればそれはインドを抜き世界七位となる。

 さらに、元々日本はそのインドと南北の距離がそう変わらない(沖縄諸島を含む)ため、それが三倍の縮尺で太平洋上空に浮遊している状況がどれだけの存在感で影響を及ぼしているかは想像にかたくないだろう。


 おかげで世界中の経済に信用不安が起こり、株価は軒並のきなみ暴落。

 今後企業倒産が相次ぎ、大量の失業者で溢れることが各国で懸念された。


 雇用の回復をとなえ、経済の再生を強みとしていた大統領や、強力に世界を牽引けんいんしていた成長に陰りが見えたことから権力を自身に集中させていた国家主席は怒り心頭で、早くも二大国は断固とした措置を示唆しさする声明を出していた。


 日本国も今回は早い段階で米国と足並みを揃える態度を鮮明にした。


 株価暴落だけでなく円が急騰きゅうとうし北南米との貿易が停止した上、その元凶がよりにもよって自国の名を騙り戯画化された過去のステロタイプを演じているという貰い事故の様なオマケまでついてきた日本は、ある意味この件一番の被害者かもしれない。

 ネット上では近く大国による軍事作戦が行われ、日本はこれに乗じて一気に憲法改正や管理国家化に向かうのではないかという噂がまことしやかにささやかれていた。




⦿⦿⦿




 しかし高校生の日常にはそう急激な変化が起こることはなかった。


「今日は麗真うるまさんと一緒じゃないの?」


 金曜日の放課後、珍しく一人で下校しようとする岬守さきもりわたるに声を掛けてきたのは、先日の出来事がきっかけで麗真うるま魅琴みことと交友が始まりそのまま三人仲良くなったクラスメート、久住くずみ双葉ふたばだった。


 丸い垂れ目に眼鏡を掛けたショートボブの小柄な彼女は非常に少女的で可愛らしい印象を受ける娘だ。

 切れ長の目にセミロングヘアで、背が高い出で立ちや振る舞いからクールで大人びた印象を与える魅琴みこととは対照的である。


 普段魅琴みことの事を舐めまわすように見ていると忘れてしまいがちだが、肉付きが少なく繊細かぼそい女性も、それはそれでグラマラス、しくは健康的な体とはまた違った可憐かれんさがある。


 叢雲むらくもまとう月も風に揺れる花も共に美しいものであるが、夜空に浮かぶ月に魅せられ手を伸ばす感情と窓辺に咲く一輪の花に水をやり愛でる感情はそれぞれ異なるものである。

 小さくたおやかな肢体に神性を見出し魅了され、自らの作品として世に残そうとする芸術家もいるのだ。


 魅琴みこと双葉ふたばの印象は、蝶に例えるならばミヤマカラスアゲハとモンシロチョウといったところだろうか。

 ただ、どちらも秋の日差しを受けて輝く緑の黒髪の美しさは共通している。


 光を受けた髪に天使の輪がえんを描いている。

 生まれつき髪色の明るいわたるにはほんの少しうらやましかった。


「まあ毎日一緒じゃないからね。今日は用事があるとかで早退したみたいだし。」


 この日魅琴みことわたる双葉ふたばと昼食をとるまでは学校にいたが、その後の授業は六限だけで七限は受けずに帰ってしまった。



⦿⦿



 わたる双葉ふたばの通学路は最寄り駅までは一緒である。

 二人は校門を出た。

 並んで歩いているとクラスメートと言うよりは兄と妹のように見える。


「前からきたかったんだけど、岬守さきもり君と麗真うるまさんって付き合ってないの?」


 大人しい彼女には珍しく立て続けに質問を繰り出してきたことと、その内容にわたるは驚いた。


「付き合ってのっておかしくない? き方。」

「いや、ほとんど毎日一緒に登下校してるし、なんか会話とか距離感にやたらとそういう、何というか感じがするというか……。」


 別にこれは双葉ふたばだけが思っていることではなく、わたる魅琴みこと二人のクラスそれぞれでなかば暗黙の了解として広く共有されている認識だった。

 勿論もちろん皆が皆そういう思いを持っているわけでもないし、色恋いろこい沙汰ざたに興味関心が無い級友もいる。

 わたるの周囲には我関われかんせずの友が多く、魅琴みことはそもそも積極的に級友と会話しないので、二人ともそういううわさが立っていることに気が付いてはいなかった。

 だが少なくない面々にそういう印象を持たれているのはまぎれもない事実だった。


「ただの腐れ縁じゃない?」


 わたるはなるべくなく聞こえる様に答えた。

 だが、その不自然さはまるで隠しきれておらず、たちま双葉ふたば気取けどられることになった。


「疑問形なんだね……。」

「え?」

「そういう事なら、さっさと確保……しといた方が良いと思う、よ?」


 これは双葉ふたばの一つの本心だった。

 わたる魅琴みことの関係は、双葉ふたばにとってきらめく青春の憧憬だった。

 二人の尊い関係が末永く続いて欲しいと、紛れもない本心からそう思っていた。

 それは先日芽生えた些細な感情を脇に追いやるには十分すぎる輝きを放って見えていた。

 故に双葉ふたばは間違いなくわたるを応援していた。


 決して手の届かない別世界への憧れである。


麗真うるまさんって男子にも女子にも凄くモテるんだよ。成績も良くて、運動神経は抜群。そしてとにかく顔が無茶苦茶良いから。」

「だろうなー。」


 わたるは納得する他無かったが、一つ疑問も浮かんできた。


「ん? その割には誰かに告白されたとか、そういう話全然聞かないんだけど……。」

「それは岬守さきもり君が先約済みだと思ってるからだよ……。元々高嶺の花な雰囲気出しまくってる上に相手が岬守さきもり君じゃ分が悪いとみんな思ってるの。」

「はぁ? ぼくが?」


 わたる魅琴みことと違い能力的には成績も運動神経も並より少し上程度だった。

 しかしそれを考慮しても周囲からは魅琴みことに十分釣り合っていると疑いない程、容姿面ではスタイルが良い、端麗だと思われていた。


 双葉ふたばが二人の関係に憧れているのも、多少ではなく誇張が入っているものの、夢の様な美男美女の麗しき恋愛関係に見えていたからだ。


「付き合ってないのバレない内に本当に付き合っちゃえばいいと思う。じゃないと横から掻っ攫われちゃうよ?」

「いやいや……。」


 双葉ふたばわたる魅琴みことがどういう風に育ってきたか知らない。


 わたるにしてみれば、魅琴みことが見ている自分は気持ち悪い変態行為を繰り返すヘタレに過ぎないと思っていた。

 魅琴みことに対する劣等感もあった。

 勉強でも運動でも魅琴みことの方が優秀であり、おまけに腕っぷしでも幼い頃のトラウマが記憶にこびり付いていた。

 わたるは確かに魅琴みことに好意をいだいていたが、それを情けない形でしか発露できない自信の無さにより今一つ踏ん切りがつかないでいた。


「それにしても急に涼しくなったなー……。」


 わたるは話題を天気に変えて露骨にはぐらかそうとした。

 確かに、例の珍事の日にいきなり快晴になって湿度も下がってからというもの、一気に秋が深まりつつあった。

 太平洋上に変なものがあらわれたことも気候に影響しているのかも知れない。


 大通りに植えられた銀杏並木いちょうなみきは既に黄葉こうようし始めていた。



⦿⦿



 駅に着いたので二人は別れ、それぞれ違うホームから電車に乗って自分たちの住む街へと帰って行った。


 わたるは最寄り駅から家まで歩いていたが、ふと何気なく途中のカフェをのぞくと魅琴みことが見知らぬ男と二人向かい合って座っているのを見つけてしまった。


 は? おまえ何してんの? つか誰だよ? そいつがどんな女か知ってんのか? その気になったら簡単に拳で男を、チビって泣き出すくらいボッコボコにできるゴリラだぞ? お前に制御できんの? その猛獣。離れた方が良いからね? マジで!――こんなことを考えながらわたるは悟られないように魅琴みことの背後に陣取って座った。


きみはどう思っている? この状況を。」


 端正な、いかにも堅そうで真面目な顔立ちの青年が魅琴みことに問いかけた。


根尾ねおさん、高校生相手に何を話すんですか?」


 そうだそうだ、言ってやれ言ってやれ!――わたるが内心で合の手を入れる。


 見たところ根尾ねおという男は二十代なかばくらいの年頃だった。

 身に付けているものはどれも年不相応に高価に感じられるが、それらをよく着こなしており、とても高校生においそれと手を出して良い立場には見えない。

 その出で立ちは非常に洗練された大人の薫りをかもし出しているように思えた。

 見た目の年齢以上に風格のある青年だった。


「今日アメリカは大統領が改めて声明を出した。恐らくかつて卑劣なテロと断固として戦いそして勝利したように、今回も強固に立ち向かうという意思を今日この日に示す意味もあったのだろう。再選を賭けた大統領選挙も近いしな。日本はどうする? 同調するしかないだろうな。」


 根尾ねおはアイスコーヒーを口に運んだ。

 てっきり色恋いろこい沙汰ざたを匂わせる言葉が飛び出すと思っていたわたるは、肩透かたすかしを食らった気分だった。

 ある意味、高校生にする話としてどうなのか、という話題なのは同じだが。


「アメリカは世界の警察を辞めたがっている、というのは前大統領の頃からの話だが、何だかんだで覇権国家から降りるつもりはないし、国際秩序の著しい変化など以ての外だと思っている。それに無法国家がのさばるくらいなら従来の警察としての影響力を発揮することもやぶさかではない、出来ればやりたくないだけでそれくらいの力はあるんだぞ、という自負心も決して捨ててはいない。」


 ははあ、なるほど……。――わたる根尾ねおの魂胆を推察する。


 おそらく小難しい国際政治、時事問題の話をすることで、見識ある大人の自分を演出して女をなびかせようという腹積もりだろう。


 だが残念だったな。

 魅琴みことはそんな見え透いたマウントでコロッといくようなチョロい女じゃないんだよ。


「ま、でしょうね。」


 何乗ってんだ? まさか魅琴みこと、そういうのが好きなのか? 澄ました顔して(※見えていません)内心まんざらでもないのか?――そういうわたるは内心穏やかではなかった。


 根尾ねお魅琴みことの言葉を受けてさらに続ける。


「だが一つ決定的に違うことがある。これまでは圧倒的強者としてのアメリカという力関係が明確だった。しかし今回の敵、世界的には皇國こうこく、エンパイア等と呼ばれていたり、インペリアル・ジャパンと呼ぶべきだ、などと戯言を言っているもいたりする『アレ』は、全く得体えたいが知れないということだ。日本としても、今までの様にアメリカに乗っていれば安泰だ、という訳にはいかないだろう。そういう意味で日本にとって今回の危機は今までとはモノが違う。」


 再びコーヒーに口をつける根尾ねお

 わたるは、「そんなにのどが渇くならその『世の中のこと考えてます』アピールを辞めて口を閉ざせ!」などと心の中で悪態をついていた。

 しかし声にしない言葉は見ず知らずの男に決して届きはしない。


「だが、危機はチャンスでもある。この時勢を上手く泳ぐことが出来れば、日本が再びよみがえることだって不可能ではないと思っている。そこで麗真うるま君、おれきみに是非考えて貰いたいんだ。」

「何を、ですか?」


 だから食いつくなってー!――わたる魅琴みことのちょっとした反応にハラハラして仕方がなかった。


「今の日本には諦めが満ちている。もう衰退するのは確実なのだから、身の丈に合わせた大人の国としての慎ましやかな幸福をみんなで分かち合おう。今までのように未来に手を伸ばしても利用されて無駄に疲れるだけだ、もう十分頑張ったじゃないか。これからはせめて穏やかな余生を過ごそう……。そんな空気が蔓延はびこっている。だがそれは一世代の生で完結して去り行く老人の発想だ。国家とは世代交代しながら次の若者へとより良い未来を託し続け、百年二百年と代替わりしながら続いていくものだ。これからを担う世代としては、旨い汁を吸うだけ吸った奴等のたわ言にNOを突き付けてやらなければならない。そのためには若くて優秀な人材が要る。おれきみが欲しい。」


 ああ⁉ 何寝言れてんだ? 夢なら一人で勝手に見てろよ! いたいけな高校生を引き込もうとするんじゃねえ! ――焦りが募ってくる。


 魅琴みこと、そいつは碌な奴じゃないぞ。

 女子高生に政治思想語りをするような男がまともな訳が無いんだ。

 頼むから断ってくれ! 断れ断れ断れ断れ!


きみには高い知性と華がある。おれと志を同じくして共に歩み、助け合いながら未来を築くための重要な資質だ。そして何より、きみはあの人の娘だ。」


 ピクリ、と魅琴みことの眉が動いた。

 親の話題を出されたことが明らかに気に障ったようだった。

 だがそんな反応が見えないわたるは、魅琴みことが勧誘を断ることをただただ祈るしかなかった。


 魅琴みことは一口だけアイスコーヒーを飲み、小さく溜息をついた。


根尾ねおさん、母は母、わたしわたしですよ。貴方あなたが母を尊敬し手伝ってくれるのは有難いです。志を持って社会を変えようとする姿勢も尊敬します。でもわたしは単なる十七歳の小娘に過ぎないんですよ。他人からきっかけを貰わないと上手く友達も作れないような、コミュニケーション能力の低い生意気なガキです。」


 魅琴みことは席を立った。

 わたるは慌てて通路から見えないように顔を背けて縮こまる。


 その時根尾ねおの表情がいびつな笑いに変わり、素早く魅琴みことの手首を掴んだ。


麗真うるま魅琴みこと……おれを甘く見るなよ。この大嘘吐きめ……。」

「何のつもりですか?」


 魅琴みこと根尾ねおの変貌に対し到って落ち着きながら静かに、しかし相手のおどしに対して確かな圧を返すように視線を向けていた。


「他の連中の様にこの根尾ねお弓矢きゅうやにも取って付けた誤魔化しが通用するとでも思っているのか。おまえが単なる小娘こむすめだと? クックッ……冗談も大概たいがいにしろ。」

大概たいがいにするのはあんただよ。」


 わたる根尾ねおの手を魅琴みことから引き剥がした。


「国よりまず女子高生にいきなり掴みかかる自分の性根をどうにかしろよ。」


 根尾ねおは背の高いわたるをさらに上からにらみつける。

 立ち上がった彼の上背は190㎝近くあり、わたるは思っていた以上の威圧感を受けた。


 腕を掴んでみてわかったことだが、この男かなり鍛えている。

 ワイシャツの下には固められたゴムのような筋肉が眠っている。

 一度目を覚ませば、体に引き締まった筋肉を備えたわたるですら容易たやすく組み敷かれてしまうであろうことは簡単に想像できる。


 わたるはむしろそれゆえになおのこと屈するわけにはいかないと思った。

 この威圧が、自身よりも背の低い少女である魅琴みことに向けられたことは許しがたい。

 二人の緊迫した睨み合いは店内に不穏な空気を充満させていく。


 フン、と鼻息を立てて根尾ねおわたるの手を振りほどいた。


麗真うるま、これだけは覚えておけ。おれはおまえの事をよーく知っているんだ。おまえが思っているより遥かにな……。」


 根尾ねおは財布から万札を取り出し、テーブルの上に置いた。


「釣りはとっておけ麗真うるま。デートの飲食代は男が持つものだからな。大人の男の甲斐性だよ、わかるか王子様?」


 根尾ねおはそう捨て台詞を吐いて店を出て行った。



「今の男、何?」

根尾ねお弓矢きゅうや、大学で政治学を学び、卒業と同時に母の事務所に転がり込んできた男よ。今は私設秘書をしているけど、母のお気に入りで優秀だからその内政策秘書を任されると思うわ。その後、政界に入るつもりでしょうね。」



 魅琴みことの母、すめらぎ奏手かなでは与党の衆議院議員だった。

 前々回選挙時に泡沫ほうまつ政党から与党に鞍替えし、現在では当選四回目である。

 首相や党の有力者にも期待されており、次の内閣改造では閣内に入ると言われていた。

 そのすめらぎ議員に気に入られているという事は、彼女が決定的に失脚しない限りは政界入りするだろうと思われる。


ぼく、あいつには絶対入れない……。聞いた? さっきの言葉。おれはおまえが思ってるよりお前を知ってるとか、まるっきりストーカーの発言じゃないか……。」

わたる貴方あなたがそれを言うの?」

「……手厳しいな。」




⦿⦿⦿




 人の世に前代未聞の混乱が起ころうと、季節は変わらず流れていく。


 色鮮やかな実りと早くなる黄昏たそがれに、人々は年がまた一つ暮れに向かいつつあることを思い起こす。


 夏の終わり、秋の深まりの物悲しさ。

 それは遠くなった始まりの季節と迫る終わりの季節の狭間で、重ねられた年月とともに情景を優しく包み込み、移り変わる世代の歩みを映す。



 魅琴みこと根尾ねおの会話をわたるがストーカー同然に盗み聞きした金曜日から一ヶ月余りが経過した。

 後で聞いたところによると、あの時は魅琴みことがカフェで休憩していたところ、後から来た根尾ねおが勝手に相席あいせきしただけだったようだ。


 あれ以降、魅琴みことが早退することは無かった。

 結局用事とは何だったのかはがんとして話さなかった。

 わたるがそれを知るのはもっとずっと後の事だ。

 あの日以降も庶民しょみんの暮らしにはさして変わらぬ日々が続いたため、些細なこととして意識の片隅も片隅に追いやられていった、というのもある。


 現にこの日も、わたる魅琴みことに加えすっかり仲良くなった双葉ふたばの三人で他愛のない話をしながら下校するという何気ない日常が色づく街と共にゆっくりと流れていた。


 銀杏並木いちょうなみきはすっかり秋の装いをまとい、鮮やかな黄金色こがねいろの輝きをどこか誇らしげながらも儚げに示していた。

 先月、入道雲が消え去ったのを境に例年よりもかなり早く季節の変わり目を迎えたようだ。


 どこまでも続く黄葉こうようが、街を行く三人の青春の記憶をそっと彩っていた。


久住くずみさんが教えてくれた漫画、面白かったわよ。」

「良かった。あともう少ししたらコミックスが完結まで出るし、他にも色々あるから興味があったらまた貸してあげるね。」


 魅琴みことは前の土日で双葉ふたばの家に遊びに行っていた。

 他人の家を訪れるというのは、これまでの彼女には考えられないことだった。


 この後も卒業までこうした交流は続くことになる。

 わたるとしては、魅琴みことの時間が自分以外の誰かに裂かれるのは少し寂しい気もした。

 しかし双葉ふたばが明るく笑うようになり、魅琴みことと会話を交わすのが心底楽しそうだったので、嬉しいようなほっとしたような気持ちの方がより大きかった。


 だが直後、三人の真ん中に挟まれて歩く魅琴みことの表情がどこか遠く見えた。

 今までにはほとんどない、同性との談笑に花を咲かせる姿が違和感を呼び起こすからだろうか。

 しかし魅琴みことはあの奇妙な世界的事件の日以来、二人きりの時でも時折こうした、どこか場違いな居所に存在しているかのような得も言われぬ違和感を見せる瞬間があった。


 そんな三人の下に招かれざる客が訪れた。


「随分暢気に楽しい高校生活を送っているようだな。」


 根尾ねおだった。

 露骨に嫌そうな顔をするわたる

 ビビッて魅琴みことの陰に隠れる双葉ふたば


 そして魅琴みことは面倒臭そうに口を開いた。


「何の用ですか?」

「おまえは本当に母親の後を継ぐ気は無いのか? 自分の生まれてきた意味とその為にすべきことをよく考えろ。おれが示している道は、おまえが考えているよりずっと真っ当で、スマートな…」

根尾ねおさん。」


 魅琴みこと根尾ねおの言葉をさえぎった。


わたしには、わたしの生き方がある。貴方あなた貴方あなたの道を行けば良いでしょう。もうわたしに構わないでください。」


 魅琴みこと根尾ねおに一礼すると、わたる双葉ふたばの手を引いてなかば強引に彼の横をすり抜けて行った。


「ふん、生意気なガキというのは真実だな……。」


 根尾ねおは振り返りながら三人の後ろ姿に一人悪態をつき、しばらくそのまま佇んでいた。



⦿⦿



「今の感じ悪い人、知り合い?」


 双葉ふたばは小声で恐る恐る魅琴みことに尋ねた。


「駄目だよ麗真うるまさん、ああいう有無を言わさず自分に従えっていう今時〝男〟丸出しの俺様気取り。ああいうのが思い通りにならないとすぐ暴力振るったりするんだから。」


「おおぉ?」


 わたる双葉ふたばの思いもかけない鋭さに感嘆の声を上げた。


「子供は親を継ぐのが当然っていうあの言い草もさ、いつの時代のつもりなんだろうね。気にしちゃダメだよ。お母さんはお母さん、麗真うるまさんは麗真うるまさんなんだから、ね?」


 双葉ふたばの言葉に魅琴みことは先週の記憶を反芻する。

 魅琴みこと自身が根尾ねおに言ったことでもあり、そんなことは彼女も百も承知で、改めて言われるまでもないことだった。

 しかしそれでも、同じ言葉を双葉ふたばが言ったことは魅琴みことにとって純粋に嬉しかった。


「ありがとう。」


 彼女の礼の言葉に、わたるもまたそこに込められた感情を察したようで、つい笑みがこぼれた。


 三人は再びめのない会話に戻り、駅までの道を歩いて行った。



 青春の日々はいずれ終わりを告げる。

 だがそこにあった景色はきっと変わらず次の誰かの青春をまたいろどるだろう。


 そうして人々だけが年月を重ね、時代を動かすのだ。

 それが新たなる希望に満ちた世界を築き上げるのか、これまでの世界を打ち崩して地獄に落とすのかはまだ誰にもわからない。




⦿⦿⦿




 時は流れ、五年の歳月が運命を次第に加速させていく……。




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久住くずみ 双葉ふたば

西暦2004年(皇紀2664年) 1月10日生

身長 150㎝

3サイズ B77 W55 H78

血液型 A


根尾ねお 弓矢きゅうや

西暦1996年(皇紀2656年) 9月8日生

身長 188㎝

体重 84㎏

血液型 O


次回更新は8月23日㈰

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