序章
第一話 轟臨
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五十六年振りに自国開催されたオリンピック・パラリンピック大会の全日程が終了した。
そして憂鬱な月曜日も過ぎ去ったこの日の朝空は、本当にどういう風の吹き回しか、つい先日までの入道雲が嘘の様に
まさに日本晴れと呼ぶに
この日は日本国にとって極めて重要な記念日なので、それを知る人にはまるで天が祝福しているかのようにも思えたかも知れない。
しかし地に営む一般の人々にとっては特に感慨も無いごくありふれた火曜日の朝であり、湿度が低いので幾分か過ごし易いという程度の話でしかなかった。
よってこの青々とした天球に
そんな街中で
彼女は通学途中であったが、多少足を止めた程度で遅刻することなど無いくらいには比較的早い時間に登校していたので、何をするでもなく
一陣の風がセミロングの黒髪を
その長い髪の一本一本が光を
同時に彼女は聞き慣れた足音で近付いてきた少年に気が付いたらしく、座ったまま少し
「おはよう
やや長身で細身の優男から発せられる、何の変哲も面白味も無い朝の挨拶。
それは少女を非現実的な晴天から彼の言葉と同じ次元のありふれた日常へと呼び戻すような空気をほんの一瞬だけ作り、そのまま通り抜けて行った。
その出で立ちは先程細身と書いたが、決して
全身の筋肉をバランスよく鍛えることによって全体的に脂肪分を絞った、引き締められた
制服はまだ夏服であるため、
それが露出されればおそらく、典型的な男の
彼とはもう毎日のように顔を合わせている筈なのに、出会った肉体の状態を
「おはよう。」
素っ気なく返される挨拶。
おそらく何千回と繰り返されたであろう二人のやり取りは、古今東西
彼自身の事を悪く思っているわけではない。
だが例えば今の様に何か物思いに耽っていた時、それをあらゆる世俗的な営みの中に埋没させてしまう様な、ある種の押しつけがましさを感じてしまうのだ。
とはいえその日常に対するもやっとした拒否感は、ほんの一瞬わずかによぎるだけで、一度受け入れてしまえば居心地は決して悪くない。
現に彼女は、彼とその日常を傍らに登校することをあっさりと了承していた。
⦿⦿⦿
二人の関係は
真面目な優等生でありながらそこそこやんちゃであり、運動神経も良かったので、割とモテる子供であった。
それ故に、転校生の美少女ともきっと仲良くなれるだろうという期待、好かれるであろうというある種の
丁度図書室での授業から教室に帰る途中の廊下だった。
しかし期待とは裏腹に彼女の対応は冷たかった。
慣れない環境に戸惑っているというわけではなく、ただ他人と接するのが煩わしいという内心が透けて見えるかのようだった。
こういう場合、誰もが必ずしも人と積極的に関わりたいわけではないということが分かる者と分からない者が大人にもいる。
後者は自分の距離感を相手に押し付けてくることがあるものだが、この頃の
そしていつまでも冷淡な
そこでほんの出来心で、
批難されても知らぬ顔をし、証拠も無く疑うのかと言って
後悔することになった。
恥知らずな涙目の鼻血少年はここで逆上して反撃を試みるが、この一発のへなちょこパンチを実にあっさりと鮮やかに回避されてからは、それはそれは悲惨なことになった。
二発目の拳が頬に炸裂した時点で
そこから馬乗りになられた後は、それこそ殺されるかという恐怖を味わうことになる。
その後無抵抗の
⦿
事態を聞き付けた教師に
冷静に周囲を見渡してみると、周囲の級友たちは恐怖に固まったまま二人をただ見ていることしかできない様子だった。
そして引き剥がされた足元では先程まで自分が殴っていた少年が失禁してしまっていた。
そのうわ言の様に呟く声をよくよく聴いていると、許しを乞う言葉にはどうやら命乞いも混じっていた。
彼女は自分のした報復は死の恐怖すら与えるもので、彼が働いた無礼に対し、あまりにも釣り合わない過剰な暴力だったのだとわかった。
同じ年頃の子供相手に喧嘩をした、もとい暴力を振るったのは初めての事だったので、加減がわからずに全力で殴ってしまったのだ。
当然
ここで
⦿⦿
鼻骨、
彼の見舞いに来た者は担任の他には凶行を謝りに来た
この時治療費については確約され、また彼女の母親は身なりが大変良く、かなり裕福な人物だと察する事ができたこともあって、ひとまず費用の心配はなさそうでその点は一安心だった。
それよりも
このようなことがあったので冷淡な対応をされることは仕方が無いと思っていたが、一度だけ話をさせて欲しいかった。
ほんの少しだけ、せめて謝ることだけは許して欲しかった。
⦿⦿
女子にセクハラをして返り討ちに遭い、その折に女子に手を挙げ、おまけに一方的に泣かされて小便まで漏らしたことで、クラスでの
一方で
それで、学校生活において他人と組みを作る必要が出た時、必然的に二人は余るようになった。
これによって余り者同士の組み合わせが成立するようになり、
そしてこれをきっかけとして、なし崩し的に二人の交友は続いていくことになる。
後に
⦿⦿⦿
それに中学、高校と人間関係が入れ替わったこともあって、彼がかつて孤立していたことは
二人は同じ高校に通っており、クラスは隣同士であった。
この日の一限は体育で、二人のクラスは男女それぞれに分かれ二クラス合同で授業が行われていた。
その為、ことあるごとに運動部の勧誘を受けていたが、彼女は
そんな彼女にまとわり付く熱い視線が一人の男子から、腕や
誰のものかは彼女もよく知っていたので、ファーストコンタクト以来小中高とずっとこうなので、もう
ただ、体操着を装い
彼女もまた華奢に見えて凄まじい資質をその五体に宿している。
極めて高い身体能力を支える筋肉は女体特有の柔らかさとしなやかさを極限に備え、その素晴らしき肉を包み込む珠のような実りを蠱惑的に踊らせる。
軽やかに舞う姿は正に蝶の如しである。
今の
真下からそのたわわな
しかし、彼女の
その
ちなみに、見た目ばかり爽やかですました顔をしながら胸の内には下心を忍ばせ、悟られないように取り
⦿⦿
授業が終わった。
要件は彼にとっては毎度の話で、いつものように生まれつき薄茶色の地毛を染める様に指示されていたのだ。
どうやら体育教師は
だが
休み時間の半分を消費してしまい、チャイム直前にようやく更衣室での着替えを終えて自分の教室に戻ると、何やらノートに描かれた漫画が一枚一枚破られて黒板に張り出されていた。
嫌がらせだという事はすぐに察した。
下らないと思いながらもそのままにしておくのもどうかと思い、とりあえずは全て回収して枚数を把握した後、自分の机の中に入れておいて次の授業を受けることにした。
二、三限間の休憩時間は短いので行動を起こすには少し時間が足りず、これは席に座ったままやり過ごすしかない。
次の三、四限間の少し長い休憩時間こそ、クラスメートが何人も出入りすることもあり、チャンスである。
クリアファイルを購入したところで恐る恐る声を掛けてきた少女が一人。
小柄な彼女はクラスメートの
目立たず大人しい、よく教室で隠すように何かをノートに描いていた少女である。
「
どうやら彼女のもので間違いはない様だ。
それは狙い通りに行ったのだが、実際成功したのは
このまま持ち主が現れず
「勝手に持ち出したのは失敗だった、どうやって持ち主を探そうかと思ってたんだ。不安にさせてごめんね、返すよ。ページはわからないから自分で整理してくれると助かる。」
「あの、これは……。」
クリアファイルは目の前の少年が自腹を
それをそのまま受け取っても良いのだろうかという
「使えば良いんじゃない? その方が失くさないし読みやすいでしょ。まあ要らないなら悪いけど捨てといて。」
「え? でも……。」
「金持ちにコネがあるから気にしなくていいよー。」
去り
彼女は階段を上っていった
⦿⦿
「その金持ちというのは
階段を上った
隣のクラスで騒動があったことと、そこに
それに対し
「まあ早くに着替えないといけない理由、
ふふっ、と笑う
あの日以来彼女は肉体的な暴力こそ振るわないが、代わりにこういう嫌味をネチネチと言ってくるのだ。
「し、心外だな……。もう随分昔の事だろ?
否定はしているが
それに対し、
「その割にはあの後も、隙を見ては
うぐ、と痛い所を突かれた航はたじろぐ。
匂いを嗅ぐのは所有物ではなく座っていた椅子であったり、体操服そのものではなく袋を抱き締めるに留まる辺りに、彼の助平でありながら一歩踏み込めないヘタレな性根が垣間見える。
「そ、それだって最後は中二だろ……。」
「バレたのはね。いや、
「え……?」
「そういえば今朝も、電車が来てずいぶん経ってから声を掛けて来たわねぇ……。時間が空き過ぎて次の電車がもうすぐ来るところだったわ……。どうしてかしら、当ててあげましょうか。電車から降りたらホームのベンチに
真っ青になって無言で固まってしまう
図星であった。
「実はバレバレだとわかって良かったと思って、今まで見過ごしてあげた
そう言い残し、
同じくチャイムが鳴って初めて階段を上ってきた
四限は自習だったのが幸いである。
⦿⦿
放課後、下校途中の
「さっきから何を考えこんでいるの?」
二人はなんだかんだ言って共に下校している。
元々強烈なマイナスから始まった腐れ縁なので、ちょっとやそっとの事では切れないのだ。
「今日のことでさ、あ、
今日の嫌がらせが氷山の一角として、二学期が始まって一週間で表に出たという事は一学期以前から、下手をするともっと以前から行われていたとも考えられる。
今日したことはただ起きたことに対処したに過ぎず、根本的なことは何も変わっていない。
「どうしたものかね……。」
その内容を聞かされた
しかし、そういうお節介な人間だという事もよく知っていたので、今更止めようとも思わなかった。
今では、そのお節介が暴走して本人に危険が及ばないように、リスクを分散した方が得策だと考えていた。
「体育の時間一緒の
「そうだなあ。まずは実態を
「あまり人と仲良くなるのは得意じゃないから、フォローしてもらえると助かるわ。」
だがコミュニケーションが取れないわけではないことを
とは言えやはり本人には不安があろうとは思ったので、ひとまず了承はしておいた。
⦿⦿
朝から変わらず非現実的な程どこまでも青い日本晴れの空。
それはまるで何らかの
まるでそこから降り注ぐものを
「やはり
そして彼女の様子を
突然、
訳の分からぬ
背中に何か柔らかいものが、触れるか触れないかの微妙な
「ごめん、このまま伏せてて!」
言い終わった直後、突然の揺れが辺り一面を襲った。
それは地震というより、この世界そのものが巨大な力に耐えかねて震えているようだった。
周囲の家屋では窓が割れたり、木の枝が折れたり、高所に置かれたものが落下したりしていた。
揺れは約二分間、散々周囲に恐怖を振りまいて
しかしそれでもなお
鍛えられたはずの体が、単なるひ弱なか細い体と大して変わらない、無力な有様である。
久しく忘れていたが彼女の
そうして暴れようとする
必然、体が密着する。
普段は素っ気ない態度なのに、彼女の距離感はよくわからない。
日頃から彼女をコソコソ助平な目で見ている
直接感じられる体の熱と、至近距離から
体が反れると共に、心地良い柔らかさが
おそらく、
「来る……。」
しかし
⦿
そしてそれは太陽の影となって現れた。
それはこの国に住まう者ならば誰もが見知った形をしていた。
世界に目を向けても実に多くの者が一度は目にしたであろう形をしていた。
地上からは裏返って見えたそれは、巨大な存在感を太陽光と共に
そして南東へと
世界中の人間にとって史上空前の何がなんだかわけがわからない状況であったのは間違いない。
しかし、意味不明な現象はここからさらに続く。
余りにも都合良く雲一つ無い空に映し出されたのは、軍服の様なものを着込んだ片眼鏡の女の巨大なバストアップだった。
見た目こそ若そうだが妙に貫禄のある女だった。
二十代後半に見えるが、雰囲気で倍は生きていそうだ。
見た目若く体格のある高圧的な女が
この映像の後、おそらく少なくない人間が彼女に壁際へ追い込まれたい、踏まれたい、などという
女は口を開き、極めて
「
そして馬鹿でかく空一面に響かせる「
それと同時に背景に
⦿
「何なんだよ今の……。まるで意味が分からない……。」
映像の途中で幾分か拘束の緩められた
一方
「ついに現れた……。偽りの
「それはともかくそろそろいいだろ?」
「あ、ごめんなさい……。」
音楽が終わり、再び元の雲一つない快晴の空が戻ってきたところで
しかし、
「どうしたの?
「うん、ありがとう。立たないというか、
「
「いえいえ、怪我しないように綺麗に転がしてくれたし、よくわからないけど危険から守ってくれたんでしょ? そこはもう全く気に病む必要は無いんです……。」
「あら御
「はい。まあ
「ああ、
「返す言葉も御座いません。どうか見放さないでください。」
「じゃあすぐ起き上がって。十秒以内。じゅーう、きゅーう、はーち、なーな…」
「ちょっ、待っ」「ろく、ご、よん」「速い速い速い!」
こうしてふざけ合っている様子は一見いつもとさして変わらない。
しかし、最早彼女の心が元通り日常に埋もれることはない。
同じ日常を過ごしていても、この日を境に一つの影が常に心に射すことになる。
西暦二〇二〇年九月八日、六十九年前日本の戦争に終わりが宣言された日。
時を超え、世界は日輪を
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・
西暦2003年(皇紀2663年) 11月19日生
身長 177㎝
体重 70㎏
血液型 AB(Rh-)
・
西暦2003年(皇紀2663年) 6月28日生
身長 166㎝
3サイズ B88 W55 H88
血液型 AB(cis)
次回は8月19日㈬更新予定。
読みにくい漢字、極端に変な文章、ルビの振り忘れ、誤字脱字等御座いましたらご連絡願います。
※カギ括弧内の句点については仕様です。最後の会話文に句点が付いていないのも仕様です。
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