第9話 小学六年 登校拒否の果てに

 小学二年生の時の事件は、当時のわたしから声を奪っていった。その声が、少しずつ戻り始めたのが、小学五年生の頃だった。

 新しい学年に上がり、クラス替えもあり、担任も変わり……、様々な環境が変化したのがよかったのだろう。

 喋ることができなくなる前のわたしは、体格が小さいというだけで、男勝りな女の子だったのだ。


 ただ、声が戻りだした頃から、わたしの体に異変がき始めた。当時、背中くらいまであった髪の中に、白髪しらがが混じり始めたのである。

 小さい時から、染めたわけでもないのに、濡れ羽色より栗色に近かったわたしの髪。その中に、長さは同じでも明らかに真っ白な髪が見つかったのだ。

 お風呂から上がって、髪を乾かしている時に、たまたま見つけたのだった。


「お父さん? こんな長い白髪が……」


 自分で、プチっと抜いたばかりの白くて長い髪を父に見せに行った。

 父は、「抜くと増えるって言われてるよ〜」と言いながら、わたしの頭を撫でてくれている。

 しかし、気にしだしたら止まらなくなるのである。日を追うごとに、わたしの髪の毛からは、白いそれが見つかることが多くなった。



 五年生の後半、この頃には、わたしの髪の中の白いモノは、鏡に映しただけでわかるくらい目立つようになっていた。

 そうなると、教室で伸びてくるのだ。斜め後ろの席から、男子の手が……。最初は、白髪が一本抜かれるくらいだった。


「白髪、抜いてやったぞ!」

「頼んでないでしょっ!」


 そんなやりとりが、暫く続いた。



 それは六年生に進級してもなくならなかった。クラス替えもないまま、同級生全員が揃って一学年上がったからだった。

 わたしは、この頃になっても、小さいほうに分類されていた。そして、六年生にもなると男子は力が強くなるのだ。

 わたしの髪を、奇異の目で見ていた男子たち。最初は、白い髪を一本だけ狙って抜いていたけれど、それが次第に、見境なく鷲掴みされるようになった。

 鷲掴みされた髪は簡単に抜けるわけもなく、わたしの頭はガクンガクンと揺さぶられる。拒絶しようとしても、男子の手からぬけだすことができないのだ。

 その男子に、頭を押さえながら、『痛いっ!』と叫んでも放してくれず、『放してよっ!』と言っても、ニヤニヤしているだけで、やめてくれなかった。

 わたしの髪を掴むという行為が、次第にクラス中で流行し、蔓延し始めた。

 

 担任の先生に相談してもダメだった。一度、クラスで、全員を対象にして注意はしてくれたが、その行為の現場に遭遇していなかったので、強くは言えなかったのだろう。

 当然、先生に言いつけたわたしは悪者に認定され、クラスで孤立していく。

 二年生の声がでなくなった時にも、クラスでの孤立は経験していたので、今回のこれは、わたしにとってはなんの問題もなかった。髪を掴まれることは、わたし自身が耐えられないほど、酷い虐めとは思っていなかった。

 でも、話しかけてはこないくせに、髪を掴まれることは無くならなかった。



 そして、ついに、クラス内での暴力に嫌気が差して、わたしは、突然、学校を休むようになる。

 寝る前はなんともないのに、朝起きると熱がでるのだ。登校寸前に、突然、酷い頭痛に襲われたこともあった。吐き気にも襲われたし腹痛にもなった。でもそれらは、学校の授業が始まった頃には、すっかり治るという、虫の良すぎる症状ばかりだった。

 今にして思えば、典型的な登校拒否。恥ずかしい限りである。


 この時のわたしは、父にクラスでの事情を話していたので、無理やり登校させられることもなく、学校にも毎日連絡をしてくれていた。

 父も最初は、わたしの症状に慌てたそうだが、それ以降は落ちついたものだった。父も、経験者だったそうだ。登校拒否の。『先生と話をしようか?』とも言ってくれたけど、それには、わたしが、待ったをかけた。どうせ、完璧な対応はしてもらえないだろうと理解していたからだ。



 わたしの登校拒否は、ここから三週間くらい続く。

 学校を休んでる間に、わたしの髪が白くなっていく理由が判明した。わたしの白い髪の異常な増え方を心配した父に言われて、病院で検査を受けることにしたのだ。幾つかの病院を受診して、最終的には、大学病院を紹介してもらった。

 老化が普通より早く進行する病気や、色素が作れない病気などを疑われたが、それ用の検査をしても異常値は認められなかった。体そのものは健康体だった。

 結局、心因性による色素が抜けていく病気と診断された。『強い恐怖とかで一夜にして髪が白くなる、あれ……』、というのに近いらしい。初めて聞いた。

 先生から、わけのわからない病名を聞いたわたしは、『まさかぁ〜』と思っていたけれど、実際には、そんな症例は世界にはいくつもあるらしい。

 今のところ、命の危機には瀕していないだけで良しとしようと、この頃のわたしは楽観的だったようだ。



 そして、新たな事件が起きた。

 さすがに、三週間も学校を休んでいると、担任も心配してくれたのだろうと、最初は思っていた。

 わたしの家まで、朝、担任自ら迎えに来たのだ。しかし、熱っぽいわたしを引きずるようにして、無理やり登校させようとする担任。その力は強くて、とても振りほどけそうにはなかった。


『具合が悪いのは朝だけなんでしょう? 友だちと一緒にいたら、気づいた時には治ってるわ』


 今のご時世では、あり得ない対応である。仮病によるズル休みを匂わせただけでなく、ただ、自分の受け持つクラスから、長期欠席者を出したくなかっただけだったみたいだ。


 更に、この担任(教科は音楽、そして年配のベテラン女性教師)、わたしが友だちと一緒にいられるようにとのいらぬ配慮から、そして、クラスが一致団結できるように……と、朝の時間に全員で合唱をすることにしたという。わたしには完全な事後承諾、寝耳に水。余計なお世話にも程がある。

 しかし、この時の担任は、自分のとった対応に自信を持っていたようだった。わたしという登校拒否児童を更生させ、クラスをまとめ上げた。そして、そんなクラスには虐めなんか存在しない……と考えていたのだろうか? 自己満足に他ならない。

 担任が、そんな理由で始めた、朝の合唱は、わたしの所為せいということになっていた。こちらも、酷い言いがかりだ。そして、それは、担任には届いていなかった。


 担任の思惑とは反対に、わたしが登校拒否をする前まで、髪を鷲掴みしてくれた男子の暴力は無くならなかった。そこに、合唱開始の言いがかりが加わるのだ。次第に、その行為はエスカレートしていく。

 ただ、わたしの我慢は、そこが限界だった。難癖をつけながら、髪を掴む男子の手を、わたしの小さな手で握り返した。


「わたしの、この白い髪は、病気なんだって! 触った人に感染するんだって! わたしは女の子だから白くなったけど、男の子はハゲるんだって! よかったね、高校生くらいでツルツルだ! ほら、もっと触っていいんだぜ! ほらっ!」


 男子の握る力が弱くなった気がしたので、わたしが更に、その上から強く握りしめてやった。

 まぁ、まったくのハッタリなのだ。わたしの精神こころによる白髪化だから伝染性はあるはずもなく。嘘ばかり並べ立てているわたしは、それがバレないか気が気ではなかった。

 しかし、わたしの言葉を聞いていた周囲が、わたしたちから距離を取り始めるのが見えた。でも、誰も男子を助けようとしない。

 もうひと息だった。


「お爺ちゃんたちはハゲてる人のほうが多いだろ! オマエもそうなるんだよ! あと、三年くらいしたらな! わたしの仲間ができたよ、嬉しいな!」


 この時のわたしは、凄く悪い子の顔をしていたと思う。

 わたしの髪への抵抗がなくなったので、わたしも握りしめるのをやめた。男の子は、ソロソロとわたしから離れていくけれど、それに輪を掛けるように、同級生たちはもっと遠ざかっていく。同級生からは、『こっちくんな!』とか『あっち行け!』とか言われてるが、いい気味だ。

 そして、ついに陥落。泣きそうになっていた。



 そこへ、担任がやってきた。

 同級生たちが担任に、わたしの白い髪のことを聞いている。担任は、わたしの白い髪は病気の所為せいだとは言ったが、それ以上は言わなかった。言えるはずもない。わたしの個人情報だ。つることはないとは説明していたが、詳細を濁したために、完全に払拭はできなかった。わたしの『嘘』の勝ちだ。

 男の子は、蒼い顔をして震えていた。


 それから、わたしの周囲に同級生が集まることはなくなった。わたしは孤立することに抵抗を感じていなかったので、これはこれでよかったのだろう。

 ただ、無理やり、朝の合唱で歌わされたために、これ以降、『歌う』ことが苦手になった。

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