第4話 虐待疑惑

 祖父が逮捕され、留置されている間に、わたしたちの新しい引越し先が決まった。

 保育所の迎えを、祖母に頼る可能性があったため、今まで住んでいたところから、二十分くらい離れたところだった。

 いつもは、可能な限り遅い時間まで保育所で預かってもらい、父がその時間を超える時だけ、祖母が迎えに来るようにしたのだ。

 ただ、あれ以来、そのまま祖父母宅には戻らず、わたしは、わたしたちの家に送り届けられた。そこから、父が帰ってくるまで、ひとりで留守番をすることを、わたしが選んだのだった。


 世間的には、鍵っ子ならぬ、軟禁娘ができあがった。




「お父さんが帰ってくるまで、ひとりで待ってる。爺ちゃんのトコは怖いからヤダっ!」


 そんなことを言った覚えがある。父は最初、困惑していた。当然である。未就学児が、夜遅い時間まで、ひとりで部屋にこもっているのだから。

 父は、隣近所に事情を説明して、様子を伺ってもらうということも考えたようだったが、引っ越してきたばかりで、それほど信用のおける人たちは、周囲にいなかったのだ。寧ろ、父が帰ってくるまで、わたしひとりを宣伝しているようなものだった。

 ただし、今回の騒動は、これが裏目にでてしまった。


「だいじょうぶ! お父さんが帰ってくるまで、起きて待ってるから……」


 わたしは、小さな胸を張って見せた。

 というよりも、父の顔を見ないまま寝てしまったら、二度と逢えない気がして眠れなくなっていたのだ。祖父の行動によって植えつけられたトラウマである。


 父は、わたしがひとりで留守番することに、いくつかの約束をした。

 部屋の電気とテレビはつけておくこと……や、ドアは開けないこと……、インターホンでの対応を迫られた時は、『父は今、手が離せない』と言うこと……。他にもいくつか。

 そして、固定電話の使い方を教わった。短縮ダイヤルに登録されていたのは三件。

 父の携帯、祖母の家、そして、警察だった。


 週に一度くらいの、わたしのひとりお留守番生活が始まった。

 父との約束の通り、保育所から祖母に連れ帰ってこられると、一緒に、窓の施錠を確認した。部屋の電気とテレビをつけて、中におとながいる雰囲気を装った。最初はできなかったけど、インターホンでの対応もできるようになった。


 わたしのひとりお留守番生活は、基本、玄関ドアから一番遠い、父の書斎と化した北向きの部屋で本を読むことだった。

 父は、結婚前から、結構多くの本を持っていて、新しい家にも持ち込んでいたのだ。

 祖父母の家でも、ひとりでおとなしくしてることが多かったので、小さな頃から読む事は苦にならなかった。この頃には、ひらがなを始め、カタカナまで読めた。数字も……。


 この事で、小学校に入って最初のうちは勉強にも困らなかった。しかし、ここで、別の事件が起こるのだが、それはまた後日のお話。




 その日も、保育所から帰ってきて、いつもの奥の部屋にこもった。

 父が普段使っている椅子によじ登るようにして座り、本を読み始めた。ただ、今日は、保育所で遊びすぎてしまったようだった。その体力的な疲労が、眠れないというトラウマの疲労を超えてしまったのだろう。

 椅子にもたれかかり、寝落ちしてしまったようだった。


 ふと、目が覚めた。

 これまでは、父がいない状態から帰ってくるまで、そして、安心するまでがわたしの記憶に残るのだ。

 でも、この日は状況が違っていた。目が覚めた時に、父がいない。外は真っ暗で、起きたばかりで時間を確認することも忘れていた。慌てた。


「お父さん……?」


 呼んでみても、返事があるわけがなかった。この時、冷静になれていれば、また、本の世界に戻れたのかも知れなかった。

 しかし、ちょっとしたパニックに陥っていたわたしに、そんなこと考えられるはずもなく。電話をすれば良かったことも忘れていた。

 部屋の中で泣き叫んでいた。




 相当、長い時間、泣いていたようだった。

 ドアが開く音が聞こえてきた。

 わたしは、泣きながら、そのドアに向かった。

 そこには、父と、おとながふたり。警察官だった。


 わたしがあまりにも激しく泣き叫んでいたので、近所から虐待ではないかと通報がされていたのだった。

 父が警察官に事情を説明している間、わたしは父に抱きついたままだった。


「感心はしませんね。こんな小さなお子さんをひとりで……」


 警察官が、父に向かって、厳しい表情で注意をしていた。わたしは、未だに、父に抱き上げられていた。そのままの体制で、父が警察官に頭を下げた。


 わたしの所為で、父が怒られた。わたしが、ちゃんとお留守番できなかった所為で、父が頭を下げている。わたしが寂しさに耐えられなかったから、父が……。


 わたしは……、絶対、泣かないって、自分に誓った。

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