第2話 親権

 調停を申し立てたのは、母と祖母だった。要求は、わたしの親権と、わたしが成人するまでの養育費。

 父からは、そこを争うつもりはなかったと聞いた。

 別れてしまうのなら、子どもは母親が育てたほうがいいのだと言っていた。それは、わたしも否定はしない。父を無責任だと罵るつもりもない。

 女性にとっては苦労を背負い込むことになるけれど、子どもにとっては、それが最適なのだ。


「うん、だから、ひなの親権を要求された時も、それでいいと思ってたんだ。ひなが成人するまでは、養育費も払いますって」

「今は、そんなこと言わないよね? お父さん?」

「当然!」


 父のその言葉を聞けて、わたしは、今の幸せを感じてる。

 この時も、何故、泥沼化したのか判らなかったそうだ。申し立てられた側は、申し立てた側の条件を、すべて承諾していたのだから。

 家庭裁判所の調停委員の人たちも、最後まで困惑し、迷ったそうだ。親権を父が持つという、例外的な判断をするのに。




「私たちは、奥さまにも確認したんです。ご主人さまの申し出を伝えた上で……」


 父を前にして、調停委員のひとりが話しだした。

 母はこれから、ひとりでわたしの面倒をみていかなければならない。その覚悟はお有りかと……。それに対して、経済的にどう……とか、母子家庭がどう……とか、仕事の面でどう……とか、答えたそうである。

 でも、そんなことは当然なのだ。この当時のわたしは、まだ三歳にもなっていない。そんな、乳飲み子とは言わないけれど、幼児をひとり、女性の細腕だけで育てていかなければならないのだ。簡単に覚悟できることではないことは、今のわたしには理解できる。

 言い訳が先なのが悲しかったけれど。


「娘が、面倒みきれないと言うのであれば、私が孫の世話をしてもいいと思ってます。養子として迎えて……」


 祖母は、援護射撃のつもりだったのだろう。でも、この言葉で、一瞬にして、調停委員たちの心証が悪くなった。

 それはそうだろう。目の前の公平な第三者は、母の覚悟を聞いたのだ。その母が、覚悟も持てず、祖母が割り込んできたのだから。


「私たちは、奥さまのお母さま有りきではないのです。奥さまは、おひとりでは育てられないと言いました。お母さまは、養子にして引き取ると言った。まだ小さなお子さまを育てていくのはたいへんなことです。そこに前向きになれない奥さまには、親権を渡さないことが懸命だと判断しました。お母さまは論外です。その点で、ご主人さまは、最初からお子さまのことを考えて、モノを仰っておられた。私たちは、親権はあなたが持つべきと判断いたしました」


 父にとっては、有り得ない判断だった。三人の調停委員に揃って、そう判断されたことが。




「お父さんは、わたしを引き取るのに抵抗なかったの?」


 父の話を聞き終え、食後のお茶を飲みながら、わたしから質問してみた。当時、父がどう思っていたのかが気になった。ドキドキしながら、父の返答を待つ。

 わたしが重荷になってなければいい。そう思いながら。


「う〜ん、抵抗はなかった、かな? 調停が決まるまでの三ヶ月は、ひなとずっとふたりだったわけだし……。でも、たいへんだなって思った」

「わたしが邪魔だったよね?」

「邪魔? なに言ってるんだ? これからのひなのほうがたいへん……だって思った。女の子が男親とふたりで暮らすんだ。経済的には、まぁ、なんとかなるけど、一緒にいてあげられる時間は少なくなる。これから、女の子は、親に話せないことがたくさん出てくる。男親なら尚更だ。そんな時に相談にも乗ってあげられない。そこに、世間体って言うモノがついて回る。爺ちゃんの時は、結果的に護ってあげられなかった。そんな理不尽がこれから、いっぱいやってくる」


 わたしは、邪魔じゃないって言われただけで嬉しかった。

 母に甘えられない分、父にたくさん甘えようと思った。




 次は、その爺ちゃん、父の父、祖父の話をしようか?

 普段は、孫のわたしをかわいがってくれる祖父。その祖父が豹変した。父が、仕事から帰ってくる前のことだった。

 祖父の暴力に、わたしは大きな声が怖くなった。

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